竹下村誌稿の事
2025.6.12
「竹下村誌稿」 の解読版が出版された。「竹下村誌稿」及びその解読版について、「解読者からひと言」として書いているので、その紹介に替える。
解読者からひと言
私事であるが、金谷町竹下区(現、島田市)に引っ越して、もう50年経つ。竹下区は、南に国道一号線、北に新東名高速道路、西に大代川、竹下区の真ん中を南北に国道473号線と大井川鉄道が並行して通り、地区を東西に分断している。400年前、瀬が変わりして、大井川の流れが東へ移り、それまで、大井川の本流であった河原が 新田開発され、横岡新田、牛尾、竹下、番生寺、島の五つの村(後の五和村)ができるが、竹下村はそのほぼ中央に位置する。
高々400年の歴史、現在でも300戸少々しかない小さな村に、「竹下村誌稿」という細かい活字で320ページに及ぶ大著があるのを知ったのはいつのことであったか。「竹下村誌稿」という本は、大正13年5月発行の竹下村の地誌である。往時、五和村内の竹下在住の、五和村の村長も勤められた渡辺陸平氏が、集められた大量の史料をもとに、編集発行せられたものである。
図書館から借りてきた「竹下村誌稿」は戦後に町で復刻されたもので、竹下区民には所蔵されている方も多いと聞く。しかし、発刊してから100年近く経ち、活字とは云え、旧漢字、旧かなづかい、句読点もなくて、漢文や古文書は生のまま掲載されて、現代の人にはとても読めないものになっていた。
退職後、古文書解読を趣味としていたので、その勉強の一環として、この本を現代の若い人でも読めるようにしてみようと思った。当時、毎日書いていた、自分のブログ「かさぶた日録」に、解読を毎日掲載しはじめた。 句読点を付け、新漢字、現代かなづかいに直し、格調高い原文の味を損なわないように、意訳はせず、その代わり、(注)をたくさん付けた。ただし、漢文や古文書は読み下して、読み易くした。
そして、五年前に、一年と三ヶ月掛って解読を終えた。いま、この解読文を書籍化しようという動きがある。ただ解読しただけの自分の名前が出るのは気恥ずかしいが、若い人たちに竹下区の成り立ちを知っていただけるならば、本望である。
戦国時代が終わり、平和な江戸時代の初めに出来た竹下区には、おそらく紛争による一滴の血も流れていない。竹下区の住民にとって、それは誇るべきことだと思う。
金谷郷土史研究会の発行で、一冊2000円で販売されるというが、売れるものだろうか。A4版で423頁のズシリと重い大作である。
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