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自分古文書(17)東海道五十三次ウォーク(静岡県二十二宿)(19)

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現在の十石坂観音堂(藤枝市岡部) 御堂の右手 路傍の石仏、墓石などがここへ集められた  2026.3.19 今日は、明日、駿河古文書会、明後日、金谷宿大学「古文書に親しむ」2講座のそれぞれ準備に一日掛ける。明日は春休みで、名古屋のかなくんたちが来ると電話があった。 東海道ウォーク、六日目を続ける。 ************************************************************************* 国道一号線のトンネルの上を山道で越す。下から車の騒音が立ち上がってくる。 その辺りの道端で、A四番四枚の書類を拾った。「ふれあい見つけ旅(東海道五十三次シリーズ)鞠子~岡部~藤枝宿」という題名の、東海テレビの取材タイムスケジュールであった。一番組を四日間掛けて収録するらしく、今日の十一時ごろ、この辺りを取材していて書類を落としたようだ。書類が少し湿気ていただけだったから、もう雨は止んでいたのだろう。時間的には、今は丁字屋に取材に向かっているようだ。丸子から藤枝の間を行ったり来たりの取材で、それを一つのストーリーに繋ぐと、雨が降ったり止んだり、見る方からすると随分不思議なお天気模様になる訳である。放映は7 月30日だという。ひげ題目の碑を見て、間もなく岡部側に下った。そこに『東海道参勤交代の道』のサインがあった。 丸子宿  2km   → 【岡部町 東海道参勤交代の道】  →  岡部宿  2km 『蔦の細道』は木和田川沿いに登っていくのだが、その入口に広い駐車場と休み処『ほそみち』とネーミングされた休憩舎と、トイレが出来ていた。そこで『東海道』スタンプ『岡部宿』を押す。涼しい風が通り、去りがたくて、ゆっくりと休息する。水飲み場で水をがぶのみした。吊り橋まで行くと、沢が石組みで整備され、水が広がって流れて、涼しい風はここを渡って来るようだ。 東海道スタンプ「玉露の里」 蔦の細道の出口に坂下延命地蔵尊のお堂と『蘿径記』の碑がある。『蘿』とは蔦のことで、蔦の細道の謂われを記録した碑文である。 国道一号線を渡って、日陰を右へ左へと選びながら岡部宿へ歩を進める。道路から石段を二十段ほど上がった所に、十石坂観音堂があった。この観音堂は西行と縁があるという。傍らに石仏が集められ祀られていた。馬頭観音も幾つ...

自分古文書(17)東海道五十三次ウォーク(静岡県二十二宿)(18)

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「御羽織屋」前にて 2026.3.18 午後、金谷郷土史研究会があった。今日は、今年度活動の報告と、来年度の活動についての打ち合わせであった。 東海道ウォークの六日目を続ける。 ************************************************************************* 道の付け替え工事が進んでいる宇津ノ谷に入る。自動車道から旧街道に入る分岐に『宇津ノ谷』のサインがあった。 丸子宿  0.8km   → 【静岡市 宇津ノ谷】  →  岡部宿  3.2km 両側の古い家並の門口に、旧屋号が『丸子屋』『伊勢屋』などと板に書かれて標示されていた。その一軒の『御羽織屋』では、小田原征伐の折りに、秀吉から羽織を賜ったという。中を見学させてくれるというので、先日見たばかりという鈴さんを残して、中に入る。今日はお祖母さんがいないからと嫁さんが案内してくれた。「・・・だそうですよ」というのが口癖の、抑揚のない口調で説明してくれた。 秀吉から馬の草鞋を所望されて、主人は草鞋を三脚分差し出した。なぜ三脚分かと聞かれて、後はお帰りに差し上げますと。帰りを約束するのは勝利を前提にしている。縁起が良いと秀吉を喜ばせたという。帰りに立ち寄った秀吉から、礼にと着用の陣羽織を拝領した。 その陣羽織はガラスケースの中にあった。外側は和紙製、内側に絹を使い、綿を入れてあるという。その後、徳川家康をはじめ、有名人が沢山訪れ、昔は縁起が良いと、この羽織に腕を通したという。そのためかなり擦り切れている所も目立つ。 この羽織の逸話は、おそらく馬の草鞋が三脚分しかないための言い訳として、その場の機転で発した言葉だったのだろう。秀吉も三脚しか無い言い訳であることを百も承知で、それを戦の勝利に結び付けた機知とユーモアを解して喜んだのであろう。ともあれ、褒美としてこの部落は長い期間、諸役を免じられたという。 最後に、この『御羽織屋』で宇津ノ谷名物の『十団子』を買って出てくると、鈴さんは濡れた靴と靴下を脱いで、日向に出してのんびり干していた。 部落の出口に再度『宇津ノ谷』のサインがあった。これより峠道は山道となる。山道とはいえども参勤交代も通った道であるから、2メートルほどの幅を保っている。      丸子宿  1.1km   ...

【活動の記録】と【読了図書】2月15日~3月15日

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車に高齢者マークを付けた 2026.3.1 7 もう、3ヶ月足らずで80歳になる。先日の 自動車免許の高齢者講習で、高齢者マークを付けるように言われた。高齢者マークは前々回、最初の 高齢者講習の時に購入してあったが、付ける機会を逸していた。もう80歳になるのだから、堂々と付けようと思った。だが、駐車場はマークの付いた場所には、抵抗があって、まだ止めていない。 金谷宿大学の成果発表会が済んで、行事が一段落した気分になっている。そこで、この一ヶ月の 「活動の記録」と「読了図書」を記そうと思う。   *******************************************************     【活動の記録】 2月18日   午後、金谷郷土史研究会、 「大地震能記」をテーマに話す 2月21日   午前、 金谷宿大学「古文書に親しむ(初心者)」講座教授。         午後、金谷宿大学「古文書に親しむ(経験者)」講座教授。 2月24日   夜、金谷宿大学教授会。 2月25日        午後、 まきのはら塾「古文書解読を楽しむ」 講座講師。         2月11日分の実施。  3月2日   新居の旅館「あさしお」に一泊  3月9日   午前、自動車免許高齢者講習 3月11日        午後、 まきのはら塾「古文書解読を楽しむ」 講座講師。 3月12日   午後、掛川古文書講座、予定表へ記載を忘れて欠席。   3月13日   午後、金谷宿大学発表会会場準備。 3月14日   午前、金谷宿大学発表会にてミニ講座実施。         午後、 「 駿遠の考古学と歴史」講座受講。 3月15日   午後、金谷宿大学閉・開 講 式、片付け。   【読了図書】 読書:「 本所おけら長屋(十九)」  畠山健二  著 読書:「本所おけら長屋(二十)」 畠山健二 著 読書:「本所おけら長屋外伝」 畠山健二 著 読書:「灰は灰 新宿探偵鬼束啓一郎」 香納諒一 著 読書:「やっぱり犬は知っている」 大倉崇裕 著 読書:「おれは一万石」 千野隆司 著 気忙しかった割りには、ここへ...

自分古文書(17)東海道五十三次ウォーク(静岡県二十二宿)(17)

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丁子屋 2026.3.16 金谷宿大学成果発表会も無事終わって、ほっとしたせいか、今朝はよく寝られて目が覚めたら10時前であった。 東海道ウォークの六日目を続ける。 ******************************************************************************** とろろ汁の丁字屋の藁葺の店に入ると、団体と間違われ奥へ案内されそうになった。とにかく『東海道』スタンプ「丸子宿」を押すことが先決と、案内所で店を広げる。箱根から押して来たと話すとお褒めとねぎらいの言葉が番頭さんからあった。 スタンプ「とろろ汁」 鈴さんの意見で、入口の『芭蕉さんの部屋』の囲炉裏端に席を取る。黒光りする梁には「ちょうな」の痕も残っている。囲炉裏には火が入っていた。とろろ汁セットの『丸子』を注文した。とろろ汁、麦飯、味噌汁、むかご、お新香。ところが、食べている所を団体さんや個人客が、とろろ汁を横目で見ながら、次々と通る。まるで客寄せマネキンになったみたいだ。 とろろ汁を食べ終わって、案内所で関連書籍を見ると、由比の倉沢の望嶽亭藤屋主人の画集が出ていた。かつて訪れたおり、画集を出すと言っていたが、実現したようだ。臼さんは口語訳の東海道中膝栗毛を読んだが、大変面白かったと話す。そこへ初老のご夫婦がスタンプを打ちに寄った。聞くと箱根から打ち始めて、丁度我々と同じ進行であった。なお今日はここで帰ると話す。 店の外には、芭蕉の句碑や一九の歌碑が残っている。 梅若菜 丸子の宿の とろろ汁    芭蕉 けんかする 夫婦は口を とがらして 鳶とろろに すべりこそすれ  一九 一九の歌は膝栗毛の丸子宿の段で、茶店の夫婦の夫婦喧嘩の巻き添えで、とろろ汁を食い損ねた場面の、直後の一首である。 土産物店で鈴さんと和さんは蕗の佃煮を買う。鈴さんの話だと、脱サラで始めた人がいるという。道路を隔てた丸子川の橋の袂に『丸子宿』のサインがあった。 府中宿  4.4km   → 【静岡市 丸子宿】  →  岡部宿  7km 国道沿いの三キロほどの道のりは、余りに暑くて苦行に近かった。しかし、日傘を差すと少しは違うからと、勧めてみたが誰も乗ってこなかった。確かにこの姿で日傘を差せば、恰好よいとは決して言えない。 蔦の細道入口のバス停で一休みす...

金谷宿大学成果発表会あれこれ

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金谷宿大学成果発表会の展示 2026.3.15 昨日、今日と、金谷宿成果発表会が夢づくり会館であった。 展示は、いつも通り、面白古文書12月の昨年1年分の発表と、ミニ講座の内容の展示、および、今回は「竹下村誌稿」の解読版の紹介をして、同誌稿の見本を置いた。 土曜日の朝の「古文書に親しむ」のミニ講座は、来年度、初心者コース及び経験者コースで手分けして取り組む、掛川各和村の「喜三太さんの記録」の、はしがきを解読紹介した。解読が30分ほどで終わってしまったので、自分が古文書解読を勉強して、講師までやるようになった経緯を話した。さらに、自分が解読して、金谷郷土史研究会が活動の一環として発行してくれた「竹下村誌稿」の紹介に時間を使った。 20人ほどで聞いてくれたのだが、会場が大ホールで、聴いてくれた大半が、その舞台で引き続き行われる発表の見学者で、どこまで聞いてくれているのかが、その手ごたえが伝わってこない。講座をやるには会場が大きすぎる。あとで、学長さんが声を掛けてくれたので、何とかならないかと、来年からの善処をお願いした。 今朝の「駿遠の考古学と歴史」のミニ講座では、「竹下村誌稿」の歴史家からみる評価、および宣伝をしていただいた。一つ、著者が誌稿を書く上で、参考にされた参考文献が「竹下村誌稿」の解読版から落ちている点の指摘があった。その参考文献を見ると、著者が勝手に書いたものではなくて、文献を読み込んで書いていることがよくわかる。これはもう、村長さんの余技ではではなくて、立派な学者の姿勢だと著者の渡辺陸平氏を褒めて頂いた。後刻、金谷郷土史研究会事務局のNさんとも話して、その部分を追加で添付しようかと話す。 自分は、みんなが読めるよに解読しようと、自分のブログで毎日少しづつ作業したのだったが、解読版の出版について、その構成は、事務局に任せてしまった。もっと、色々な人の意見を聞いて発行すべきだったか、と反省した。 会場の片づけを始めていると、一人の男性が筆で書かれた影本部分を見ていて、「これは外国語か」と聞く。もちろん「日本語の筆文字だ」と答えると、「こんな字が読めるのか」と聞く。「勉強すれば読めるようになる」と答えると、「あなたが先生か」と言葉を残して立ち去って行った。こういう人も多いのだろうと改めて思い知らされた。 これで、今年度の活動も、あと講座それぞれ1回を残すばかり...

自分古文書(17)東海道五十三次ウォーク(静岡県二十二宿)(16)

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  夢づくり会館 こんな広い会場でミニ講座 本当はやりにくい 2026.3.14 朝から夢づくり会館で「古文書に親しむ」のミニ講座を行った。午後は会場を移って「駿遠の考古学と歴史」講座へ出席した。参加者は20名ほど。昨夜、熟睡できず、今日は妙に眠く、頭もぼんやりしている。 東海道ウォークは六日目に入る。最近、「遠州三みち」が日本風景街道として、塩の道、旧東海道、太平洋岸自転車道を、との新聞報道があった。自分は以前からこの三つの道には注目していて、旧東海道は、今連載しているようにすでに歩いた。太平洋自転車道路は、「静岡県海岸ウォーク」として、自転車道よりもっと海岸寄りを一人で歩いた。この 東海道ウォークの連載が終わったら、それを連載しようかと思っている。塩の道は相良海岸から掛川まで歩いているが、その先は中断したままになっている。この三つの道は出来れば皆さんにも、ぜひ歩いてみて貰いたい。色々の発見があると思う。 ******************************************************************************** 丁字屋でとろろ汁の客寄せマネキンになる 府中宿 → 丸子宿 → 岡部宿 日時 平成7年7月14日(金) 雨の後、晴れて暑くなる 一昨日、出雲へ出張した。仕事を済ませた後、帰りの飛行機の時間までに、斐川町の荒神谷遺跡に行き、古代蓮と大量出土した銅剣・銅矛・銅鐸を見学した。古代蓮は古代遺跡から大賀一郎博士によって出土した2000年前の蓮で、田圃に植えられ、今花盛りであった。荒神谷遺跡では、祭祀に用いられたものであろうか、古墳でもない所から358本の銅剣をはじめ、桁違いの量の銅器が出土した。その出張で新幹線の冷房がきつく、上着を持って行かなかったため、風邪を引いてしまった。コンディションは最悪であるが、一汗かけば風邪も吹っ飛ぶだろうことを期待して、出掛けることにした。 天気予報がかんばしくなく、午前中の降水確率は50%だという。しかし雨が降るくらいの方が暑くなくて良いと思った。静岡駅駅頭に立つといきなり雨が降り始めた。傘を指しての出発となる。新築の静岡中央郵便局に寄る。音楽ホールも兼ねているというが、入った所が吹き抜けになっていて演奏会も出来るようだ。茶壺型にデザインされた風景入日付印を貰う。 御...

自分古文書(17)東海道五十三次ウォーク(静岡県二十二宿)(15)

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現在の駿府城巽やぐら(ネットより借用) 右手に工事中だった東御門も見える   2026.3.13 午後、金谷宿大学発表会の準備で、夢づくり会館へ行く。一時間ほどで展示を行い、準備を終える。一人手伝いに来てくれた。 東海道ウォーク、五日目を続ける。いよいよ、東海道ウォークも駿府に入る。 ******************************************************************************** 上空高い所を通る東名高速を潜る。秋葉山常夜燈を見つけて、この道が間違いなく旧東海道であることを確認した。 マンションなどが出来て、区画整理で道が変わっていた。少し迷ってひとまず草薙球場前に出た。球場前の広場には、戦前の日米野球で対決した幻の名投手沢村投手とホームラン王ベーブルースの像が相対していた。等身大に作られているのであろう。自分の背と比べると、沢村投手は一.七五メートルぐらい、ベーブルースは二メートルほどに感じられた。広い道を地下道で渡った。臼さんと和さんは高校野球の静岡大会で度々来ていて、この辺りには詳しいようだ。 JR東海道線端に旧東海道記念碑があった。旧東海道は鉄道の敷設によりここで途切れてしまっている。我らは地下歩道を北側に抜けて旧東海道に戻った。 工事中の橋の脇の仮橋を渡ってすぐの、中村記念病院前に、古庄のサインがあった。中村記念病院は当社で検診をお願いしている病院だと鈴さんがいう。検診車がこんな所から来ていたのである。 江尻宿  6.1km   → 【静岡市 古庄】 →  府中宿  3.3km 足が異常にだるくて、護国神社の裏口で休む。長い間、花粉症が酷くて表に出なかったから、かなり足が弱っているのであろう。元気の良いのは鈴さんだけであった。 もう一度JR東海道線を地下車道付属の歩道で、南側に潜り戻して曲金に出る。そこで曲金のサインを見つけた。 江尻宿  8.5km   → 【静岡市 曲金】 →  府中宿  0.9km 遠くから見えた木立を目指し、静岡県の巨木にも入っている大楠群がある軍神社に立ち寄った。軍神社に入る車一台がやっと入れるほどの横町に、アスファルトに大きく「三〇キロ」の速度制限が書かれていた。これを通り抜けるには、一〇キロほどの時速で、そろりそろり...