自分古文書(18)小澤寛峰著「島田市北方の山々」(8)終り
千葉山智満寺本堂 (ネットより拝借) 2026.5.6 お昼前、初馬から孫が二人来る。次男は今日は野球だといい、来られなかった。 早速昼にパスタを作る。この頃はもっぱら簡易な造り方で、乾麺100gに付、水300ccをフライパンに入れ、乾麺は半分に折って入れる。塩を少し入れ、10分位煮ると水を吸って、水が無くなる直前、市販のパスタの元を投入、混ぜれば出来上がり。今日はミートソースで、トマトを細かく切って途中で投入、少し味が薄いと思えば、ケチャップを入れる。手元のあるものなら何でも、煮れるタイミングで投入する。今日はトマトに加えて、ムキ冷凍エビやら、刻んだ椎茸やら好きに入れた。 パスタが柔らかくなったかどうかだけは気を付ける。出来たら途中はフライパンに蓋をすればよい。吹いたら蓋を取る。十数分で出来て、無駄な御湯は出ないから合理的である。テレビでこの方法を知り、最近はもっぱらこのように作る。おおむね好評である。 米が高くなってから、昼はもっぱらこんなものである。 「 島田市北方の山々 」 の最終回を載せよう。 *********************************************************************** もはや今の車道を引き返すようにして南下する以外にはなかった。誰かに尋ねたくとも山の中である。家もなければ人も見えない。そんな時に限って、又、車も通らない。詰まるところ、だいぶ戻った所へ、今度は本当の、智満寺へ行く車道と合っしていたのであった。その道は二年前に夜道を下った所で、感じとして覚えがあった。そこからは智満寺はそう遠くはなかった。 これは後にさとった所であるが、「案内書」に云った道は、本道の右手ならぬ左手の尾根道であった。こちらには地図にもちゃんと径が描いてあるのであった。自分も以前に、そこへ赤線を付して、計画した径なのであった。(しかし又、この地図にある径では、近道にはならないから――307米峯を越える ――もっと麓の小径があるのか。 ) 案内書の「近道」に連られて、誤読して迷った。以上が経緯であった。 智満寺へは、今回は待望の正面から上ったのであった。先回にざっとしか見なかった宝物殿を再見するのも、今回の眼目であったけれど、時間の方も気になり、又の楽しみにして奥の院へ...