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自分古文書(20)ファミリー山行(15)岳山

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庭のツルヒメソバの花 雑草として繁茂している  2026.11.08 夜中1時過ぎ、正確には午前1時4分頃、ぐらり、がたがたと地震があった。携帯が騒ぎ出し、町の同報無線が地震発生を知らせるのはそのあとであった。昨夜は夜遅くて、その時間は布団に入って本を読んでいた。 早速、起きてテレビを点けると、震源地は静岡県西部で、最大深度は愛知県で震度5強、震度5弱の所も愛知県と静岡県で何か所かあった。先日、誰とであったか、生まれてこの方、大きな地震(震度5以上)にはあったことがないなどと話したばかりであった。島田市の震度は3で、当地もその位の揺れであったと思う。 まあこれ位なら被害もないと、改めて寝床に着いた。 「 ファミリー山行 」の続きを載せる。 *********************************************************************** ファミリー山行  (15) 岳山585.2m ー  無名の山で、地名を勝手に命名!   ー 月 日   昭和59年11月4日(日) 天 候   快晴 。 同 行   長女 行 程   自宅( 9:25)マイカー ➡  大代栗島林道( 9:37) ➡      富士見平 ( 10:25) ➡  岳山登山口( 10:55 ) ➡    パノラマ台 ( 11:05) ➡    岳山山頂( 12:00) ➡ パノラマ台 ➡ ( 12:15~12:50 ) ➡    474m峰 ( 13:20) ➡  粟ヶ岳・倉真林道( 13:50) ➡  安田 ( 14:10) ➡    自宅 ( 15:45)     感 想    知られていない山。地図に名前すら無い山。しかし、金谷や島田から 見ると、粟ヶ岳と八高山の間にあって、独立した気になる山容を現して いる。いつか機会があったら登ってみたいと思っていたが、昨日思い立 ち、晶子を連れて出かける。  大代の栗島まで妻に送って貰い、林道を歩き出す。大きくヘアピン状 にカーブする道を、茶畑の中を短絡して時間を稼ぐ。さらに高圧線の手 前で林道を逸れ、茶畑と杉林をほぼ真っ直ぐに登る。斜度は緩やかで、 林の中は暗いが道が無くても歩き...

自分古文書(20)ファミリー山行(14)千葉山

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落葉の季節になって、 木陰模様が美しい (昨日、静岡城北公園にて) 2026.11.07 午前中に生保の女性が見えて、長年続けていた生命保険が終わったと、最後のわずかなお金を受け取るようにと、話があった。勤め始めたばかりの、会社の寮に来た生保のおばさんに勧められて始めた生命保険だから、もう60年近くなり、80歳で終わることになった。この間に、お金はせっせと収めたが、とうとう一銭も頂くこともなく終った。おかげで事故も病気もなくて過ごせたと思えば、安いものである。まあ、生保にとっては良い客だったのだろう。 「 ファミリー山行 」の続きを載せる。 *********************************************************************** ファミリー山行  (14) 千葉山  478m (2回目) ー  切り株型展望台&どうだん原のまどろみ   ー 月 日   昭和59年10月10日(水) 天 候   くもり。 同 行   妻・長女 ・ 次女 行 程   金谷( 11:00 )【マイカー】 ➡  後畑口( 11:15) 【マイカー】 ➡   駐車場( 11:20 ) ➡  展望台( 11:30) ➡  智満寺( 12:00 ) ➡    千葉山山頂( 12:30) ➡  智満寺( 13:00~13:40 ) ➡ 後畑分岐( 14:00) ➡   どうだん原(14:20~14:40) ➡  駐車場( 15:00 )【マイカー】 ➡ 金谷 ( 15:30 ) 感 想    朝、思い立って千葉山へ出かける。長男は友達と魚釣りに出かけた。 千葉山へは昭和58年2月以来の2度目である。前回工事中だった展望台 は立派過ぎる位に出来上がっている。大木の切り株型の展望台へ登ると 低い山ながらぐるりと展望がきく。 山道にはアキチョウジやスズコウジュの紫の花が咲いている。また、 オシダ・シノブシダ・ヤブソテツ・カニクサなどのシダが目立つ。夏休 みの長女の宿題のために覚えた名前である。 智満寺にはさすがにシーズンで、中・老年の仲間同士や家族連れが10 数組いる。山頂まで足をのばし、十本杉の9本まで確認する。智満寺に 戻り、天神屋で調達した昼食を食べた後、晶子とキャッチボールする。 帰りにどうだん原...

自分古文書(20)ファミリー山行(13)氷ノ山

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今日の静岡城北公園から、初雪の残る富士山   2026.11.06 午後、静岡へ行き、駿河古文書会に出席した。 「 ファミリー山行 」の続きを載せる。今日の氷ノ山(ひょうのせん)は我が故郷の但馬の最高峰で、鳥取県との県境にある。尚、中国地方では「山」を「せん 」と呼ぶことが多い。特に高い山は。「大山(だいせん)」はその代表である。氷ノ山の記録は少し長い。 *********************************************************************** ファミリー山行  (13) 氷ノ山1、510m ー  真夏、氷の山に夫婦だけで初登山   ー 月 日    昭和59年8月16日(木) 天 候   晴れ時々霧 。 同 行   妻 行 程   豊岡( 6:10 )マイカー ➡ 福定(駐車場) ( 7:20 ) ➡  布滝 ( 7:55 ) ➡     地蔵堂(跡) ( 8:30 ) ➡  氷ノ山越 ( 9:25~9:42 ) ➡ こしき岩 ( 10:25 ) ➡     氷ノ山 ( 10:40~11:30 ) ➡(道を間違う) ➡  氷ノ山 ( 12:30 ) ➡(古生沼)➡   千本杉 ( 12:40 ) ➡  神大ヒュッテ ( 12:50 ) ➡ 東尾根(13:55)➡   東尾根登山口(14:15 )➡  福定(駐車場) ( 15:20 ) ➡ 豊岡 (16:50 ) 感 想    故郷の最高峰、山陰・山陽では大山 (1712) に次ぐ第2の山。昨年登 るつもりが台風のため断念した山。今年はどうしても登りたかった山。   長男や子供たちを誘ったが行かないという。長男は行く気があるよう だったが、結局不参加。単独行も止むなしと準備しかけたところ、妻 が行こうかと言う。思ってもみなかったが、悪い案ではない。子供た ちは豊岡の甥たち(長男にはいとこたち)に任せて、初めての夫婦だけの山行を楽しむのも良 い。妻は早速準備を始めた。靴は長男用に持参したキャラバンシューズ がピ ッタリ合った。ザックは豊岡より借り、ズボンは夜、買ってきた。 前日かなりの雨があったが、朝はよい天気になった。前日までの暑さ に比べて、早朝のためか秋のような涼しさで...

自分古文書(20)ファミリー山行(12)神尾山

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チゴユリ (往時は我が家の庭にも咲いていた) 2026.11.05 午前中、牧之原市の牧之原史料館のH氏に電話をした。役付きになって、H氏とも久しぶりの電話である。今朝の静岡新聞の小島蕉園の書の展示の報道があって電話したのだが、今は予算の立案時期のようで、今週は忙しそうで、時間を取ってもらうことは出来ないようであった。来週は講座があるので、その後でも顔を見てきたいと思う。 「 ファミリー山行 」の続きを載せる。 *********************************************************************** ファミリー山行  (12) 神尾山551m ー  全山、萌え立つような新芽が   ー 月 日   昭和59年4月30日(月) 天 候   晴れたり曇ったり 。 同 行   妻・長女・次女 行 程   金谷( 9:50 )マイカー ➡  地蔵峠 ( 10:10 ) ➡      神尾山第1鉄塔 ( 11:20 ) ➡  神尾山第2鉄塔 ( 11:40~12:20 ) ➡    地蔵峠( 12:50 ) マイカー ➡ 金谷( 13:10 ) 感 想    昨日は日直で、今日は代休の意味で有休を取る。天気も良いので子供 を連れて、山菜採りを兼ねて、神尾山へ出かける。神尾山-経塚山へは これで3回目になる。僕はカメラでもっぱら春の花を撮ろうと思う。 アセビの新芽が真っ赤で美しい。ツツジが遅れている今年、その赤が 随分目立つ。途中椎茸の朽ちたホダ木がある辺りにワラビが沢山あり、 一仕切りワラビを摘む。 第1鉄塔より福用方面を見晴らす。全山、萌え立つような新芽・新緑 で本当に素晴らしい。ウグイスをはじめ、幾種類かの小鳥が鳴く。カメ ラに収めた花は、 チゴユリ ・フモトスミレ・コキンバイなど。 第2鉄塔から金谷方面を見晴らしながら、お弁当を食べる。やや雲が 広がり寒くなってきたため、同じ道を下山する。途中春蘭を見た。花が 頭をもたげた所で、ほんの道端にあったけれど、大丈夫だろうか。 地蔵峠でタラの木を1本見つけた。タラの芽はすでにほうけていて、 摘むほどでは無かった。結局ツツジは数本赤い蕾を付けたものがあった だけで、花はまだしばらく先のようだ。 費 用   なし ( 「 ファミリー...

自分古文書(20)ファミリー山行(11)経塚山(2回目)

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近所の排水溝の土手の向こう側に 何やら球根がいくつも見えた 一月半ほど前には、ヒガンバナが咲き誇っていたところだが 幾つか芽を出し始めてい る   秋に花を咲かせ、花が終わってから芽を出す 外の草花とは真逆である そこが彼の生きる場所なのだろう しかし、冬を迎えるに、球根が露出していて大丈夫なのか 2026.11.04 アメリカの中間選挙、上院、下院ともに、民主党が過半数を取り、共和党は大敗した。さて、この後、トランプ大統領はどう動くのだろう。80歳、自分より三日後れのトランプ大統領、任期もあと二年、もう金儲けは要らないだろう。   「 ファミリー山行 」の続きを載せる。 *********************************************************************** ファミリー山行  (11) 経塚山(2回目)  669.9m ー  神尾山北側の展望台を発見   ー 月 日   昭和58年11月23日(水) 天 候   快晴、風なく暖かい。 同 行   長男 行 程   金谷( 13:00 )【マイカー】 ➡ 地蔵峠( 13:20 ) ➡  神尾山(14:15) ➡    経塚山山頂( 15:00) ➡  地蔵峠( 16:00 ) 【マイカー】 ➡  金谷( 16:20 ) 感 想    午前中にサッカーの練習を終えた長男を連れて、神尾山から経塚山へ 出かける。地蔵峠に車を置き、勝手を知った道を登り始める。下って来 る夫婦と子供2人の家族と挨拶を交わし一息に登る。所々にリンドウの 紫が見られる。長男は元気について来る。経塚山との分岐より随分手前 に、笹藪を切り開いた道があり、それを北へ20m程入ると送電線鉄塔の 下へ出る。斜面の茅が広く刈り取られ、北側の展望が開けていた。福用 の集落から川根筋の山々が見える。前回の時は気付かずに通り過ぎた所 だ。左手には経塚山から八高山へ尾根が続いている。 元の道に戻り、一担鞍部へ下りて次の鉄塔へ尾根を伝って行く。そこ からは南東の展望が素晴らしい。しかし今日は前回よりやや霞んでいて 富士山もかすかに判別出来る程度である。 来た道を引き返し、経塚山への分岐から経塚山を目指す。始めはイバ ラに悩まされたが、すぐに快適な林間の尾根道を伝う。こ...

自分古文書(20)ファミリー山行(10)高草山(2回目)

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ご近所のシロヨメナの群 落 2026.11.03 アメリカの中間選挙、今日投票で、明日には結果が出る。民主主義の理想形として、世界から憧れをもって見られていたアメリカが、トランプ大統領によって、すっかり変わってしまった。アメリカが、ロシア、中国、北朝鮮のならずもの国家に数えられてしまうのか。アメリカの有権者の見識が試されている。 「 ファミリー山行 」の続きを載せる。 *********************************************************************** ファミリー山行  (10) 高草山 501.4m (2回目) ー  冠雪の白峰三山を遠望   ー 月 日   昭和58年11月20日(日) 天 候   快晴、風はほとんどなく暖かし。 同 行   義父・妻・長女・次女 行 程   金谷( 10:15 )マイカー  ➡ 石脇( 10:45 ) ➡   高草山( 12:15~13:45 ) ➡  石脇( 15:00 ) マイカー ➡  金谷( 16:00 ) 感 想    昨年、11/21 長男と長女を連れて登った山で、2度目である。 今回は 石脇の登り口までマイカーで行く。見覚えのある登山道を辿る。茶畑の 中の南に面した山道は風も無くて大変暖かだ。次女は所々に急坂があ って大変かと思われたが、それほど苦もなく登る。妻は手を引きた がったが、一人で歩かせるようにさせる。 頂上には今年も静岡の50~60人の一団が昼食中であった。昨年よりも 空気が澄んでいるせいか、富士山も良く見え、南アルプス白峰三山が雪 を頂いて遠望された。北西の方向には左から粟ヶ岳・タケ山・八高山・ 千葉山などお馴染みの山々が霞んで見える。そのはずでそれらの山々か らは必ず高草山が見えたのだから。尾根を北へ50m位行くと三角点があ り、『ラバウル航空隊戦没者の慰霊碑』があった。昨年はここまで足を 延ばさなかった所だ。さらに北へ尾根伝いの道が続いていた。いつか辿 ってみたい道である。 下りは調子良く下ったが、登りよりも南寄りの道を下ってしまった。 しかし、こちらの方が道はよく、麓へ下りたら車まで少し歩かねばと思 っていたところ、登山口の奥の林叟院へ下って来た。途中、蜜柑畑にカ ラスウリが沢山あり、蜜柑泥棒と間違われないよう...

自分古文書(20)ファミリー山行(9)石谷山

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山名由来の「びく石」、ちなみに「びく」は  「出家得度して具足戒ぐそくかいを受けた男子。修行僧。」 尼さんを比丘尼(びくに)というが 尼さんをびくと誤用することが多いという。 2026.11.02 午後は雨、静岡の「大道芸」も雨にたたられているのだろうか。女房が雨戸を早く閉めてしまったので、当家は随分夜の訪れが早い。 「 ファミリー山行 」の続きを載せる。 *********************************************************************** ファミリー山行  (9) 石谷山 (びく石) 527m ー  次女、初山行に少し愚図る   ー 月 日    昭和58年10月23日(日) 天 候   くもりのち晴れ。 同 行   妻・長女・次女 行 程   金谷( 9:35 )マイカー  ➡ 市之瀬( 10:40 ) ➡    石谷山山頂( 12:00~13:20 ) ➡  市之瀬( 14:30)マイカー  ➡   金谷自宅( 16:00 )   感 想    妻、次女(5歳)とは初の山登りである。長男はサッカーで同行出来ない。僕自身、7月の白馬岳以来の山登りである。8月の氷ノ山は台風、 9月の倶留尊山も雨、10月の山伏も雨、といずれも雨にたたられ中止し ている。今日は来週予定の山伏の足慣らしである。びく石はダイラボウ 伝説のある山で、一度登ってみたいと思っていた山である。 車を市之瀬の茶工場の側へ駐車、吊り橋を渡って山道に入る。沢に沿 った林間の道、沢を渡る度に小さな木の橋がある。次女は恐いとその 度に立ち止まる。這いずって渡ったり、なだめすかして渡らせたり、前 途多難である。疲れを感じるあたりに木のベンチがあり、その度に休憩 しながら、次女のペースに合わせて登る。長女は高草山に続いて、山 道から外れ、花摘みに行く。暗い杉林を抜け水場を通りススキを分けて行 くと、右手に見上げるような大岩が3つも4つも聳えている。どの岩に も苔と蔦がびっしり生えている。その鼻を廻るとすぐ頂上だ。 山頂は広いが大岩がごろごろしていて、ダイダラボッチが琵琶湖から富士山 に運ぶ途中に落とした岩だとの伝説がある。山頂には子供を含めて20~ 30人の登山者がいた。岩と遊び、ゆっくり昼食後...