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「蕉園渉筆」(漢文)を読む(16)会典

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  大清会典 (ネットより写真拝借)   2026.7.25 写真は「蕉園渉筆」に出てくる「大清会典」である。日本にはたくさんあるが、中国では「文化大革命」で過去の書物は焼き尽くされたというから、、どれだけ残っていることだろう。何しろ、歴史は現政権が自分たちに都合のよいように作ってしまう国だから、過去の文献は邪魔にしかならないのだろう。中国で歴史の真実を知りたい見識ある人々は、日本に過去の書物を求めるという。日本にはまだまだたくさんの、漢文で書かれた昔の中国の書物が残っている。それを高価で買い取っていく中国人が多いと聞く。 「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せよう。 *********************************************************************** (原文) 会典 相良人、蔵大清会典、余嘗所覧、乾隆増補袖珍本、 細字磨減甚難読也、此則康熙初刻、魁本美板惜脱其半、 問之漂流船波及者云 (解読) 会典 (「大清会典 (だいしんかいてん) 」) 相良人、 大清会典 (だいしんかいてん) を蔵す。余、嘗 (かつ) て覧 (み) る所、 乾隆 (けん りゅう) 増補 袖珍本 (しゅうちんほん) 、 細字で磨 (す) り減 (へ) り、甚だ読み難きな り。これ則 (すなわ) ち 康熙 (こうき) 初刻、魁 (さきがけ) 本美板 (美版) 、 惜しむらくは その半ば脱 (ぬ) ける。これを問うに、漂流船、波及ぼすものと云う。 (語注) ※ 大清会典(だいしんかいてん)➔ 中国、清代の総合法典。清朝の制度・典礼を集めたもので、勅命によって編纂へんさんされた。 ※ 乾隆(けんりゅう)➔ 乾隆帝。清の第六代皇帝。清王朝の最盛期を創出する。 ※ 袖珍本(しゅうちんほん)➔ そでの中に入れて携えられるくらいの小型の本。ポケット型の本。 ※ 康熙(こうき)➔ 康熙帝。清の第四代皇帝。 ( 続く)

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(15)吏嗜文字罕

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庭のサルスベリ 酷暑の中、めげずに咲き出した   2026.7.24 午前中、S医院へ2ヶ月に一回の定期健診に行く。今日は透いていたので、少しばかり無駄話をする。ガンも医療が進んで、だんだん死の病ではなくなったように思えると話題を向けると、最近はお年寄りも元気なため、抗がん剤も高齢者にも使えるようになった。余命三ヶ月と言われた患者が10年以上永らえている例もあるという。ガンの薬も色々と出来ているようで、友人も薬を飲んでいるが、その高額にはびっくりする。多分開発費がとんでもなく掛っているのだろうがと話題を向けると、高額医療で大半が保険で賄えるのだが、今は医療保険制度が大変苦しくなっているという。年金基金は運用で大幅な収益を上げているようだが、年金受給が伴って増えるわけではない。それを医療保険制度の方に回せばよいなどと、思いつきを話したりした。まあ、無駄話である。 午後、大阪のKY氏へ、古文書解読版を今までに作成した10冊を送った。先日、見舞に行った時の約束を果たした。今度出来た「上越秋山紀行下巻」で10冊になった。思い立ってから一年ほどで10冊である。「はやくも」というか「ようやく」というか。 久しぶりに「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せよう。「蕉園渉筆」解読作業もかなり進んで、三分の一は終わった。 *********************************************************************** (原文) 吏嗜文字罕 余在甲州日、知与不知来乞字紙、追而思之、遺悪詩筆、 今遠人乞者又多矣、吏嗜文字者罕也 (解読) 吏嗜文字罕 (役人文字を嗜 (たしな) むは罕 (まれ) なり) 余 (よ) 、甲州に在 (あ) る日、知る (人) も知らない (人) も、 字紙 (じし) を乞い来たる。 追ってこれを思うに、悪しき詩や筆を遺した。今遠人 (遠州の人) 、 乞うものまた多し。 吏 (役人) 、文字を嗜 (たしな) む者、罕 (まれ) なり。 (語注) ※ 字紙(じし)➔ 揮毫した紙。(「揮毫」は、毛筆で文字や絵をかくこと) ( 続く)

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(44)終り

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猛暑の出石城 2026.7.23 静岡県海岸ウォークは伊豆半島に入って海岸は絶壁だらけで、海岸歩きにはなりそうにない。山へ登るハイキングコースを繋いで行くしかない。或いは車道を歩いてみても、海岸ウォークのこだわりは捨てなくてはならない。なんだかつまんなくなったのであろう。静岡県海岸ウォークはこの十九日目で止めてしまった。だから、今回の記録が最後となった。 静岡県海岸ウォーク、十九 日目を続ける。 *********************************************************************** 12:24 丸一不動明王(26,912) 井田の手前の路傍に身の丈1mほどの不動明王の石 像があり、『延宝九年正月八日、御石作師宮岡久三郎』とあった。顔を顰め たような素朴な形相で怖くない顔だった。 12:32  井田民宿入口(27,624) 井田の集落へ降りようかと迷ったが、地図には先で 再合流するする道も表示されてなく、あってもかなりの登りになりそうに思 えたので、先の事を考えてパスすることにした。 12:49 煌めきの丘(29,188) 地図で井田から県道に登るならばこの尾根だろうと思 った調度上の県道に沿って『煌めきの丘』と命名した展望台があった。そこ からは右側にそそり立つ紅葉の山が海へ落ち込み、左に駿河湾と富士山、手 前下に箱庭のような井田の集落が見えて、絵のような景色が眺められた。戸 田までは 6.8kmと道しるべにあった。『煌めきの丘』には下の井田の集落か ら登ってくる遊歩道が出来ていた。瞬間、井田へ下れば良かったかなと思っ た。 再度、近道かと思い『西伊豆歩道』の道しるべに従って山道へ入った。坂 道にこれはしくじったかと思ったが、途中道端へ放置されてた椎茸のホダ木 から椎茸が出ていた。無駄に腐らせるのは勿体ないから頂き家への土産とし た。道はすぐに県道へ降りて合流した。 13:42  夕映えの丘(34,346) 県道がやや下りになってきて、地図でこのカーブを曲 がれば戸田港が見えるはずと思ったところで、案の定、戸田港が見えた。す ぐに戸田港を見下ろす展望台があった。『夕映えの丘』と名付けられている ことからも、おそらく夕焼けが奇麗な展望台なのであろう。戸田港を抱くよ うに延びた御浜崎の砂州が逆光の...

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(43)

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故郷豊岡市出石町の辰鼓樓(しんころう) 2026.7.22 帰郷した昼、出石へ寄り、出石そばを食べた。帰郷の旅の話はまた。 朝から「蕉国涉筆」を読む。「甘草」「相良領主」少し長くて中々骨がある。 静岡県海岸ウォーク、十九 日目を続ける。 *********************************************************************** 10:36  大瀬 (18,501)  左右へ10回近く曲がる海岸沿いの道路を歩いて、大瀬の 集落に入った。が、何ということか。入る車の量でおよそ予想はしていたが、 そこはダイバーで溢れかえっていた。駿河湾の大瀬崎沖は水の透明度が高く てダイビングに適しているためダイバー初心者のメッカとなっているのだ。 海岸はまるで狭い陸地に上がったアザラシの群れのようなダイバーに埋め尽 くされていた。 10:48  大瀬神社(19,613) 我が物顔のダイバーを縫うようにして、形見の狭い思い をしながら大瀬神社に至る。急な石段を登った上に細かい彫刻の施された立 派な社殿があった。右手には富士山、駿河湾から太平洋が見えた。 11:00~11:14 大瀬崎灯台(20,331) 大瀬崎に立ち入るには入場料が 100円掛 かった。この小さな半島には昭和7年に天然記念物に指定されたビャクシン がある。ビャクシンは子供の頃、近くの公園に植わっていて、登って遊んだ ことのある木である。もともと日当たりの良い所を好むため山林や森の中に は育ち難い木といわれ、この海岸端の日当たりの良い所だから成長した。こ の小さな森に三百三十本以上のビャクシンがあるといわれ、そのうち捩じれ たような幹の、樹齢が千年を越すものが百三十本もあるという。さきほどダ イバーが群れていた辺りにも大きなビャクシンがあり、ウェットスーツを掛 けて乾かすのに使われていた。 大正天皇行幸記念碑もあった。また明治時代 に戸田から起こった山林火災に消失した巨大ビャクシンの根が今も焼け焦げ を残していた。その木は二千年以上の巨木であったという。現在の最大木は 御神木になっている『夫婦びゃくしん』で周囲7m、樹齢千五百年以上だと いう。確かに2本のビャクシンが一体化したようにも見える。 大瀬崎灯台のそばの、大きな角の取れた石が堆積した海...

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(42)

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  故郷で 左から、女房、長兄、長男、次兄、次兄の嫁さん 2026.7.21 19日、20日と、長男の運転で、女房と三人で、故郷の兵庫県豊岡市へ墓参りに帰郷していた。その分、ブログは二日間休んだ。 故郷の豊岡は、日本でも有数の猛暑地で、かつては日本で最高気温などと、全国ニュースで報道されていたけれど、猛暑を越して酷暑の時代に入って、全国に肩を並べ、追い越す酷暑、猛暑地がたくさん出て来て、ニュースになることはめったになくなったが、暑さが和らいだわけではなく、暑さは更に増していた。 機会があったら、ふるさとの話はまた書こう。 静岡県海岸ウォーク、十九 日目に入る。静岡県の海岸は伊豆半島をぐるりと廻って、熱海までつづくのだが、「静岡県海岸ウォーク」はこの19日目が最終日となった。 *********************************************************************** 静岡県海岸ウォーク19 ビャクシンの大瀬崎はダイバー溢れていた 木負-久連神社-江梨-大瀬崎-井田-戸田 平成7年11月18日(土)快晴にして無風 5:28 島田駅(万歩計 567) 長女は名古屋の病院へ就職が決まった。今は奈良へ 研修へ通っているという。 今日は1年半ぶりに海岸ウォーキングに出かける。『遠江三十三観音』か ら『東海道五十三次』と歩く仲間が出来てから、単独で出かけることがなく なった。交通の便が悪い大瀬崎から戸田の峠越えに二の足を踏んでいたこと もある。今回は意を決して、時間が掛かるのを覚悟で、島田駅発の一番列車 に乗ろうと朝暗いうちに長男に送ってもらった。 6:04 静岡駅 静岡駅で乗り換える時はまだ暗かったが、由比辺りですっかり明る くなった。伊豆半島が良く見えた。富士山は今年は雪が少ないのか5合目辺 りまでの雪が筋になって残っている程度であった。 6:55~7:20  沼津駅 (1,726) 駅前で少し迷った。バスは西武・富士急行・東海と 3社入っていてややこしかった。それでも昨日確認したのが東海バスだった のを思い出し、バス停を探し出した。バスは駅で5人乗り、終点までにさら に9人乗っただけであった。それらの人々は従業員なのか、殆どがマリンパ ークとシーパラダイスで降りて行った。 8:06  木負農協バ...

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(41)

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近所の道端のバラ 2026.7.18 午前、午後と金谷宿大学「古文書に親しむ」の初心者、経験者の2講座を実施した。解読版「上越秋山紀行(鈴木牧之著)」を受講者の皆さんに配った。今日はその(上)、(下)は来月に配布する。中々の重量で、運ぶに苦労した。 明日、明後日は出かけるので、「かさぶた残日録」を休む。 静岡県海岸ウォーク、十八 日目を続ける。 ***********************************************************************   11:50  静浦 (10,737) 土地の名は馬込、海岸を静浦海岸という。海岸からすぐの所 に瓜島という小さな島がありそれを防波堤でつないで漁港が造られていた。 続く獅子ヶ浜の防潮堤沿いに食堂を探すうちに、昼のサイレンが鳴った。 12:15  江の浦 (13,587) 大久保の鼻をぐるりと回った所が江の浦で、この入江を江 浦湾という。この辺りから先は観光地らしく落ち着きのない集落が途切れる ことなく続いていく。主要道沿いの歩道は歩く楽しみは少ない。 12:40 ~ 13:00 ラーメン丸味家 (15,856)  琮璉短いトンネルを抜けて、多比の集落 に入る。山側に多比神社を見てすぐの所にあったラーメン屋で味噌ラーメン を食べた。次の集落へのトンネルには歩道が無かった。海岸は進入禁止にな った岩場で通れそうにない。車がひっきりなしに通るトンネルを急ぎ足に抜 けて振り返ると山側にもう一本、自転車と歩行者専用のトンネルがあった。 13:11  狩野川放水路『口の橋』 (17,023) 狩野川は伊豆半島の真ん中を北へ流れ、 東西を山にガードされて、沼津でようやく駿河湾に出口を見つけている。そ の地形から、狩野川台風では大洪水をもたらし多くの人々の命を奪った。狩 野川放水路はその大洪水を教訓に、伊豆半島の根っ子で狩野川を短絡させて 江浦湾に放水するべく、水路を掘り山を穿って造られた。ここで3本のトン ネルで放水されている。・ 13:44  内浦重寺 (20,258) 静岡県栽培漁業センターの前を通った後、内浦重寺の集 落へ入る。眼前の淡島には淡島マリンパークがあり、海をまたぐロープウェ イで繋がっている。入場口の桜はすでに満開を越えて散り始めていた。この 所寒くて桜の開...

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(40)

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近所の道端のカンナ   2026.7.17 一日、明日の金谷宿大学「古文書に親しむ」2講座の準備で、忙しい。夕方まで掛かって準備は終えた。夜は、バレーボールと野球、あっちを見たりこっちを見たりと、これまた忙しい。男子バレーボールネーションリーグは日本は何と11戦勝。ネーションリーグで11連勝は初めてのことだという。野球は巨人の坂本がサヨナラホームランで終わった。出場機会はわずかなのに、今期2度目のサヨナラホームランである。何か持っている。 静岡県海岸ウォーク、十八 日目に入る。 *********************************************************************** 静岡県海岸ウォーク18 後半(伊豆編)開始早々牛臥山で迷う 沼津-牛臥山-御用邸公園-江の浦-内浦-長井崎-木負 平成6年4月3日(日)快晴 7:38 自宅(万歩計 0) 前回の海岸歩きから随分期間が空いた。一段落にしてし まったのが悪かったのか。ともあれ今日から後半の開始である。 7:48  金谷駅 璉先日竜爪山でお爺さんが下山中に孫を見失い、大捜索となる事件が 発生した。結局、沢に転落し死亡して発見された。電車の窓から竜爪山を眺 める内に、そのお爺さんの気持になって一首読んだ。 幼な孫 失いし山の 谷筋を 一人狂いて 捜しさまよう 8:47  興津駅 乗換た電車はハイキング姿の乗客でいっぱいだった。話を漏れ聞く に『東海道ウォークラリー』と気付いた。大庭さんから誘いのあったイベン トである。富士川駅でどっと下車した。 吉原辺りでも富士は霞んでうっすらと見えるだけであった。 9:30   沼津駅 (470) 沼津港行の伊豆箱根バスは駅正面のバス停ゾーンにあった。 ほとんどが伊豆半島東海岸に行く船に乗り継ぐ人たちなのだろう。バスの切 符と船の切符を同時に売る係員がいて乗り継ぎを確認している。ぼくの場合 は港までだからと断る。バスは待つ程もなく出た。 9:49   沼津港 (470) 魚市場を通り過ぎ狩野川河口へ出て遡上する。今日はうらう らと暖かく、ジャンバーが邪魔になりそうだ。 10:05   港大橋 (2,185)  橋を渡って対岸へ、高い防潮堤の内側を河口へ歩いた。 ...