古文書解読に悪戦苦闘
こんな古文書に悪戦苦闘 2026.3.7 道楽で始めたはずの古文書解読に、今、悪戦苦闘している。 20年近く古文書の解読をやってきて、誰よりも時間をかけて古文書を読み、どんな古文書でも読んでやろうと、意欲はあるのだが、3月最後の、駿河古文書会の当番で、読み始めた課題が何とも読めない。たった3ページなのだが、悪戦苦闘している。 内容は、藤枝の青島で東海道の道端に捨てられた品々が、大問題を引き起こしたという話で、内容はそんなに難しくはないはずであった。 解読を困難にしている理由は、 1 印刷された影本の字が小さくて細かい。 2 虫食いのような傷で肝心な部分が読めない。 3 影本をきれいにしたために、肝心のかすれ部分などが消えてしまっている。 4 筆者の書き癖が尋常ではない。日本の文字とは到底思えないものもある。 5 固有名詞が多い。ここはいい加減な解読にならざるをえない。 自分なら絶対に課題文書にはしないだろうと思う。読むうちに嫌になって、ついつい自分が趣味でやっている、興味を呼びそうな古文書を 読める化して、 小冊子に作成する作業に逃げている。こちらの作業は自分としては読み返しになるのであるが、色々発見があって楽しい。 古文書で読めない部分は□□で残せはよいともいわれるが、 □□だらけでは文意もつかめなくなる。この頃は読めない部分は、前後関係で、自分ならこう書くと作文してしまう時もある。邪道かもしれないが、そうしないと先へ進めないからである。 さて解読中の文書、3ページの内、2ページまでは、一か所の除いて何とか曲りなりにも読んだ。3ページ目で、字がさらに細かくなって、固有名詞だらけになった。字が小さくなると文字がさらに省略されるから、読めなくなる道理である。 提出までにあと十日、毎日毎日その文字を眺めて暮らすことになる。何度も見るうちには何とかなるだろうか。こんな思いは20年で初めてである。