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証券会社の若者と話す

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  五木寛之、佐藤優の対談「一寸先は闇」 2026.5.21 午前中、証券会社の担当が来た。わずかな資産であるが、その運用を顔の見える会社へ移して一年ほどになるが、毎月のように自宅へ寄って状況を話してくれるので、大変安心である。手数料は安くても、顔の見えない所ではどうしても不安だった。 訪問してくれても、市場の状況を聞くだけで、まあ、こんなひどい世界だけれども、詐欺だらけの社会だけれども、運用は順調であった。 昨日の金谷郷土史研の話をしていたら、担当が言うに、最近会社で、上司と後輩の三人で実施した有料の投資講座は、お金をもらっての講座だったので、大変緊張したと話す。自分の担当は一時間ほどだったが、大変だった。若い時からいい経験をしているね。自分も2時間しゃべって帰ると疲れて、30分ほど昼寝だよ。金谷宿大学は、午前、午後で、2講座、合わせて4時間しゃべって帰ると、さすがにぐったりする。 担当とは50歳以上、年の差があるが、さすがはプロで、話を逸らすことがない。興味があるかないかは別にして、相手の方を向き、話をしっかりと聞く姿勢が大切だと思う。況や、半世紀も年が違う年寄とは、話を合わせるに難しいと思うが、知らないことが多くても、姿勢さえ間違わなければ、分かってもらえると思う。 自分がこの頃読んだ「一寸先は闇」という対談本の話をしていて、五木寛之と佐藤優、両作家の名前は知らなかった。内容は、マフィアの親分が世界政治を動かしているような世界になって、我々が尊敬し、あこがれたアメリカは一体どうなってしまったのだろう。国際機関、国際法、自分の国の法律や憲法まで無視するような大統領、それを選んだアメリカ国民が、次も小トランプのような大統領を選んでしまうようならば、世界は、人類は、終わりなのかもしれない。ロシア、中国のふるまいを、アメリカが牽制するのではなくて、仲間になってしまう世界である。 そんな話はよく分かってくれて、何とか自分が生きているうちは大丈夫だと思っていますという。私が言うならともかく、君の命はまだ50年以上ももあるんだよ。そうですねえ、頑張って生き延びるつもりです。答えになっていない。

五和村の薦被り騒動(金谷郷土史研)

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「竹下村誌稿」解説講座 第一回 この後講師は変わりますが、4、5回実施する予定です 2026.5.20 午後、金谷郷土史研究会で出かける。来月から始まる「竹下村誌稿」解説講座について、事務局のN氏から説明があった。一連の事務打ち合わせのあと、自分が解読して、古文書が読めなくても、読める小冊子「薦被り騒動」を教材に、文化13年、五和で起きた百姓一揆の話をした。この話は、竹下村誌稿にも載っておらず、地元の人も知っている人は全くいないのではないかという、郷土の騒動である。 文化13年、大風雨で、水害や汐風を受けての塩害などで、凶作となり、年貢が納められないと、何度も役所へ書類により注進を行ったが、一時、見舞金のような形で、御手当米が村々へ出されたが、これではとても年貢を納められないと、年貢の一割をこの先10年返済として、減免して貰いたいというのが五和村々の願いであった。しかし、役所から受け入れられず、直訴することになった。 この年、志太郡と遠州一円、凶作で、自分が資料を見たものだけでも、遠州森町、島田の細島や湯日など、田中、掛川、横須賀などの藩で百姓一揆が起きている。とくに、島田の細島村では、田中藩に年貢減免の直訴をして、減免は認められたけれども、首謀者として、細島村の庄屋増田五郎右衛門は処刑されてしまった。その生家跡、井戸、義人碑、墓、記念碑が、今「しまだ市民遺産」に登録されている。他の直訴に及んだ村々も、いずれも首謀者が処罰されている。 さて、五和の場合は、11月11日夜、大代川川原に五和の村々の本百姓の人々が集まり、そのまま掛川城下へ夜っぴて歩いて向かった。城下へ入る手前の本所村で、待ち構えた五和村々の村役人の人たちが、直訴に向かおうとする数百人の 本百姓の人々 を押しとどめ、直訴をしたら誰かが犠牲になる。ここで帰れば御構いなしだ。要求は他の村々と同等に叶えれるようにするからと説得し、人々を村々へ引き上げさせた。 結果、惣庄屋の嶋村庄屋、儀右衛門のみ、お叱りという事で済み、誰も犠牲者はなくて済んだ。その一部始終の記録が、嶋村の山田家の文書に残っているという話であった。 途中で直訴を断念したために、だれも犠牲者を出さずに済んだ。見方を変えてみれば、この五和地区は、田んぼ作りにとって最も重要な水は、大井川からいただいていたので、心配はなかった。往時は大井川の水はダムもな...

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(7)

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正面に礫 (つぶて) 島 2026.5.19 鈴木牧之著の「上越秋山紀行(上巻)」解読作業中。半分くらいまで来たか。 小島蕉園著の「 蕉園渉筆」解読を始める。全文漢文に付き、どこまでやれるか。 明日は金谷郷土史研究会、文化13年、五和で起きた百姓一揆について、古文書で読み解いたことを、自分が2時間かけて話す予定。準備する。 静岡県海岸ウォーク三日目続く 。 *********************************************************************** 14:29  礫 ( つぶて ) 島前の鼻( 32,014 ) 自転車道が再び始まる。海上に礫島が見えて くる。鼻の岩場にカメラが2台、空を向いている。いぶかりながら通り過ぎ た自転車道の陰に、防寒着を着た青年がいた。「お宅のカメラ? 何を撮っ ているの?」と聞くと、「日の出から日の入りまで、1時間ごとに太陽を撮 っているのだ」という。世の中には変わった人も多い。この鼻を回った所か ら東名高速の浜名湖橋が見えてきた。あの近くまでが今日の行程である。 「日の出から日の入りまで、1時間ごとに太陽を撮 っているのだ」   14:37  首無し弘法( 32,806 ) 岩場の上に僧形の石像が一体、首無し弘法という。 崖崩れで首が失われたまま祀られていたが、最近首が付けられたそうだ。  句碑が一つ。      夕東風 ( ゆうこち ) に  漁夫のおき去る  集魚灯             卓志 14:50  弘法ノ鼻( 34,400 ) 弘法堂があり、傍らに“瀧水 ( たまみず ) ”が落ちている。 ラジウム冷泉で万病に効くという。一口飲むが生温くて止める。 15:05  蒔田( 35,730 ) 自転車道は浜を誠実に辿って続く。ここまでもそうであっ たが、道の回りはゴミ捨場のように汚い。なぜ水辺を汚すのだろうか。牡蠣 殻はまだ許せるが、わざわざ蜜柑の枝を積み捨てたり、くず蜜柑を山にして 捨てたり、湖から流れ着いたプラスチックも多い。正面に巨大なリゾート高 層マンションが何棟も建っている。バブルが弾けた現在、それらのマンショ ンはゴーストタウンにならなければ良いが。 15:29  津々川戸( ...

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(6)

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  猪の鼻と式内猪鼻湖神社 2026.5.18 静岡県海岸ウォーク三日目続く 。 *********************************************************************** 12:01  浜名湖周遊自転車道( 16,066 ) 街中の標識に導かれて、浜名湖周遊自転車 道に入る。『弁天島まで48km』とある。海辺に付けられた快適な道にグン グンピッチが上がる。海を西側に見るようになり、急に風が増す。身を切る ように冷たい。曇ると風花も舞う。 津々崎の 村社-弁財天 12:20    村社-弁財天( 18,275 ) 津々崎の先端に弁財天が祀られている。村社で鳥 居と祠があるから、他の諸神と合祀されているのだろう。歌碑が一つ。      遠つあふみ 井の花の湖 ( うみ ) は  夜もひるも          うなてり すなり ほがらかにして      田辺友三郎 ※『うなてり』は波立つ海面がきらめく様か? 12:31  津々崎橋( 19,380 ) このあたり、何万羽という水鳥が集まっていた。湖に 流れ込む細い溝にまで上っている。電車や車が騒音を立てて通っても気にし ないのに、人影を見ると目敏く逃げ出す。歩くにつれて岸にいた何百羽とい う水鳥が一斉に沖へ泳ぎ出すのは壮観である。句碑が一つ。      藺 ( い ) を干して    この村にわが    みよりあり          富安風生 13:00    東急 リゾートタウン浜名湖( 22,737 ) 別荘地帯に入って自転車道は丘に上がる。 メイン道路以外は全て徒歩も自転車も進入禁止で避けて歩く内に、有料道路 に出て、それを強引に渡った所、反対側の海岸に出てしまった。山の中の農 道を辿って、迷いながらも、西側の海岸の自転車道に戻る。自転車道は何処 を通ってきたのか海岸に続いていたのにはがっかりした。西風が強く、ウイ ンドサーフィンで遊ぶ人達が物凄いスピードで走る。 14:00  式内猪鼻湖神社( 29,310 ) 岩場に作った海運の無事を祈る神社で、猪鼻瀬 戸の安全を守っている。釣り人がいた。「何が釣れるんですか」と聞くと、 「何も釣れな...

最後の同窓会に出席のハガキを出した

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ケヤキの緑いっぱいの静岡城北公園 (一昨日) 2026.5.17 四月の初めだったか、故郷から同窓会の案内が来た。6月の12日に行われる、母校豊岡高校の「17期傘寿同窓会」の案内である。もう最後の同窓会になると記されていた。月半ばは、毎月自分の実施講座や受講講座が立て込んでいて、出席できないだろうと、まだ先のことながら思っていた。 高校時代の親友ともいうべき友の多くが、鬼籍や施設に入ってしまって、同窓会では会えないから、もういいかなぁとも思っていた。 しばらく前に、明石在住のI氏から、自分が同窓会に出席することと、同窓会のあと、帰りに共通の友人KY氏の所へ見舞いに行こうと、誘われてもいた。少しその気になったが、脳梗塞のKY氏、向こうが見舞いを受ける状況かどうかもわからない。当日前後、講座受講の予定も2つばかりあり、そちらも断らねばならないから、出席は見送ろうと思っていた。 ところが、出席回答の期限が来て、主催側のKT氏から是非にと改めて勧誘の電話をいただいた。みんなに電話されているのかもしれないが、わざわざ電話をいただいたことに恐縮し、KY氏の見舞いはともかく、行ってみようかと思い直した。 そして、関連講座二、三に欠席の段取りをして、時間を作り、今朝KT氏に出席の電話をした。 そのあと、I氏へも出席のことを電話で話し、KY氏へは連絡してみて貰えることになった。本人がゆるせば、見舞いにも行って来ようと思う。 傘寿といえば、いつこの世におさらばしても不思議ではない年齢である。仲の良かった友達もいなくて、淋しい思いを確認する会になってしまうかもしれないが、 まあ、出席してみよう。 出席のハガキは二日遅れながら、今日出してきた。

「油〆」って何のこと

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これはすごい 静岡城北公園のサツキ(昨日) 2026.5.16   午前、午後と、金谷宿大学「古文書に親しむ」初心者講座、および、同経験者講座を実施した。昨夜、寝つきが悪くて、今日の2講座は今までになく疲れた。 昨日、駿河古文書会で、「油〆」という言葉が出て来た。江戸御三卿 の 田安家五代 慶頼と婚姻 する 閑院宮孝仁親王の三女 睦宮光子が江戸へ下向される時、駿府の町通過の際、物静かにするように 御触れが出た。その中に「 油〆 候儀、無用たるべき事」との言葉が出た。 自分は初めてみる言葉なので、事前にネットで時間をかけて調べた上で、「 油〆 」とは何のことかと質問した。答えられないようだったので、自分が調べたことを話した。 往時、油屋さんでは商談がなった時、手締めとして両者で「 シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャン、シャン、シャン、シャン!」と、最後の「シャン」を二つ余分に打って祝った。最後の三つが「あ・ぶ・ら」を意味すると、手締めをやって見せて披露した。 それが騒々しいと、ここでは、通過されるまで「無用たるべきこと」とされたのであろうと説明した。 きっと、みんな面白がってくれるだろうとの思惑であった。 ところが、会長さんから、「『油〆』は油を搾る作業で、「 キュー 」というような不快な音がでるので、それを無用にしたのだ」との意見が出た。当会では会長さんの発言が絶対なので、話はそこで終わってしまった。反論すべきだったのだろうが、自分も黙ってしまった。 昨日帰宅後、今日の2講座の準備が終わってから、色々と調べてみた。まだ納得していなかったのである。会長さんの「キュー」という不快な音説、この説によれば、少なくとも駿府の町内で油が搾られていたことになるが、どんな油にせよ、消費地である駿府に材料(なたねなど)を持ち込んで油を搾る作業が行われていたとは思えない。どんな油でも生産地に近い場所で搾られ、油だけが消費地へ樽などに入れられて運ばれたはずである。つまりは駿府で 「キュー」などと不快な音が日常的に出ることは考えられないのではなかろうか。 一方、手締めが、商談がまとまる度に繰り返されていたとすれば、その習慣を色々な店がまねをして、手締めすることが駿府の町で流行っていたとすれば、御触れで触れたくなるであろう。 ちなみに、自分は御触れをいくつも見ているが、禁止...

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(5)

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猪鼻瀬戸と 新瀬戸橋 2026.5.15 午後、駿河古文書会で静岡へ行く。今日は明日の準備で忙しく、書き込みはパスする。 その代り、静岡県海岸ウォーク三日目に入り続ける。 *********************************************************************** 静岡県海岸ウォーキング3   浜名湖周遊自転車道路ひた歩き 藤江 ➔ 洲ノ鼻 ➔ 新瀬戸橋 ➔ 三ヶ日 ➔ 猪ノ鼻 ➔ 佐久米 平成4年2月22日(土)晴れ時々曇り、風強く冷たし 7:45  自宅(万歩計    0 ) 昨夜は総務部・企画管理部合同のボーリング大会で、 “さがみ”で食事後、藤枝ボールへ行く。成績は 10 人中3位 (121-147) で気 を良くする。今朝、 アルベールビル冬季オリンピックで伊藤みどりの銀メダル の報を聞く。 自分も意欲がもりもりと湧いて来る。本日の目標は藤江から三ヶ日を通って 佐久米までである。女房に駅まで送って貰う。 8:04  金谷駅 ( 477 ) ➔ 8:42-8:46 浜松駅 ➔ 9:05   鷲津駅( 1,000 ) 9:37  藤江 ( 1,799 ) 寒 い中で時間があったので次のバス停まで歩き、西鷲津か らバスに乗る。藤江には今朝は水鳥がほとんどいない。 9:53    洲ノ鼻 ( 3,341)  前回対岸から見た洲ノ鼻の先端まで簡単に出れた。積ま れた牡蠣殻を一つ拾う。先端を回ると、赤い新瀬戸橋が見えてくる。ここで 松見ヶ浦ともお別れである。 10:23   新瀬戸橋( 6,706)  砂利の浜を歩いたり、海辺の道路に上がったりして、 ピッチを上げる。新瀬戸橋のたもとを横切り、もう一つ細い橋も横切って猪 鼻湖岸に入る。猪鼻湖は目の前の幅 200m 足らずの猪鼻瀬戸だけで浜名湖と通 じている。 10:45   尾奈駅( 9,332)  木造の学校のような建物で、階段を上がった所に改札が あるようだ。階段の途中まで上がり覗いたら、中年の女性が掃き掃除をして いた。缶コーヒーを買い、水辺で餌を採るカモメの飛び群れる浜で飲んだ。 11:40   三代 ( みよ ...