「蕉園渉筆」(漢文)を読む(88)松魚
松魚(鰹魚烏帽子)、つまり「かつお」 毛利梅園著「梅園魚品図正」より(江戸、天保6年) 字は細かくて読めないが、「松魚」の所は判る 2026.10.21 午後、金谷郷土史研究会の例会。Hさんに寄り、江戸初期、11年の東海道、その主に島田側の調査の報告がなされた。11年だけの東海道になかなか400年も経った現在、その痕跡を捜すのは大変である。その重要な痕跡は「一里塚」の存在なのだろうが、郷土史家の先輩たちが想像した径も、中々納得しがたいようであった。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 松魚 〇癸未歳自初夏至秋末、相良之海出松魚十倍於常年、余在江都不嗜松魚、 初来試喫之、味与江都別、作鱒紅色之鮮、最可賞也、 松魚江都所鬻産於相州、 三四月初出者購以数金、都人嘗新為栄、 貴家相競、貧者典衣而食、遠州掛川駅、 距相良一日程、逓送松魚嘗新為栄、 稍与都人似矣、一民典衣而食、余鱠少許、 夸餽諸隣人、喜謂、独嘗之不情也、 乃招其旧知、署案買酒、待弄紅鮮、 旧知来見其不多、以為主人既飽、 卒下箸一口喫二三臠、見之意頗忿、 傾杯已亦喫一臠、客又一口喫尽、 興趣索然、於是忿形色、切歯扼腕、大声成勢、 欧撃知旧然後快然忿解稍愧走入別室、 知旧始識其待、己不喫、自忍海窟辱去、 余泊駅時逆旅主人話之 (解読) 松魚 癸未 (文政六) 歳、初夏より秋末に至り、相良の海、 松魚 (しょうぎょ) 常年の十倍 出 (い) づ。 余 (よ) 、江都 (江戸) に在りて松魚を嗜 (たしな) まず。 初来 (しょらい) これを 試喫 ( しきつ) す。 味 (あじ) 江都 (江戸) と別して、鱒 (ます) の紅色の鮮 (あざや) かさを 作 (な) して、最も賞 (め) でるべきなり。 松魚 (鰹) 、江都 (江戸) で鬻 (ひさ) ぐ所、相州に産し、三、四月初出 (しょしゅつ) もの、 数金 (両) を以って購 (あがな) う。 都人、新しきを 嘗 (な) め 、 為栄 (いえい) す。 貴家相競 (きそ) い、貧者 典衣 (てんい) して食う。 遠州掛川駅、相良 に一日程 距 (へだ) つ。 遠州掛川駅、相良に一日程距 (へだ) つ。 逓送 (て...