「新訳蕉園小筆」(昭和25年ガリ版刷り)を入手
手に入った、「新訳蕉園小筆」表紙 表紙はボロボロだが 中身はしっかりと読める 2026.10.14 午後、まきのはら塾「古文書解読を楽しむ」講座へ行く。昨夕、今日の資料を印刷して、最後の資料を9部印刷したところで、インク切れで止まってしまった。注文中のインクはまだ届かない。受講者11人中、9人までの参加なら資料が間に合うと思い講座に出た。二人欠席で、ぴったり間に合った。 欠席を喜んでは駄目だが、今日はほっとした。夕方にはインクが届いていた。 先月、年齢的に通えなくなったと、退会されたMさん、それまでの資料を受講者の一人に届けて頂いたのだが、帰りに、戦後間もなく(昭和25年)、ガリ版刷りの「 新訳蕉園小筆 」を預かってきたと、写真の資料を渡された。Mさんは自分より御高齢で、この講座の前にも、昔この地であった講座を受講されていたと聞いていたから、その当時、手に入れられたものと思われる。 今、まさにこの講座で掲載している漢文の「 蕉園小筆 」を、75年前に読み下し、解読された資料である。存在することは承知していて、自分も見てみたいと思っていたものが、思いがけなく手に入ったのである。不思議な縁である。ゆっくり読んでみようと思う。 *********************************************************************** 今日のまきのはら塾の講座の最初に、皆さんに配った、 「富士の人穴物語」の解読版について、案内するに、次のような話をしようと考えていた。 「富士の人穴物語」の終りに、地獄、極楽を案内してくれた浅間大菩薩から、ここであった話は、何年か口外することは御法度になっている。それを破ると危機が聞いた相手にまで及ぶから十分気を付けるように、と言われた。その法度を人穴より出て、すぐに破ってしまった。鎌倉幕府二代将軍源頼家公に、せがまれて話してしまったのである。頼家公は間もなく病を得て亡くなってしまう。 この 「富士の人穴物語」の解読はもう十何年か前に行い、駿河古文書会で知り合った方に提供して読んでいただいた。まだ解読が未熟で、たくさんの間違いの個所を指摘されて、やや腐って、そのままにしていたところ、その方は古文書会に出て来られなくなり、しばらくして外の方に聞いたところ、亡くなられたと聞いた。 あれからもう十何年経っている。...