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「蕉園渉筆」(漢文)を読む(76)(東首)

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富士宮の 人穴浅間神社 人穴洞穴の入口 2026.10.04 昨日から作業を始めた、「冨士人穴物語」解読冊子、 浅間大菩薩の霊験譚「人穴草子」が元のようだが、幾つも類似本が出ていて、 「冨士人穴物語」もその一本のようだ。かつては参拝の記念に、土産として販売されていたとも聞いた。 舞台は、富士宮の 人穴浅間神社で、 ここには、犬涼み山溶岩流内にできた長さ約83メートルの溶岩洞穴「人穴」と富士講講員が建立した200基を超える碑塔等があるという。もっとも、自分は参拝したことはない。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文)  (東首) (()内の表題は自分が便宜的に命名。以下同じ) 相良鍋屋市兵衛夢一異人来揺醒曰、汝枕西方須起而東首、 夢中怯其眼目、擁被不応、異人手挙之、驚而寤呼燭照見則東首、 而非初所枕之方也 (解読) (東首) 相良、鍋屋市兵衛の夢に。一異人来り、揺 (ゆ) り醒 (さま) し曰 (いわ) く、 汝 (なんじ) 、枕西方 (まくらさいほう) 、 須 (すべから) く起きて東首 (とうしゅ) すべし。 夢の中、その眼目 (がんもく) に怯 (おび) え、擁被 (ようひ) して応じず。 異人の手、これを挙 (あ) ぐ。驚いて (目が) 寤 (さ) め、燭照 (しょくしょう) を呼び、 見るに則ち東首 (とうしゅ) 。 而 (しか) して、初所の枕の方に非ざるなり。 (語注) ※ 枕西方(まくらさいほう)➔ 西枕は「運気が下がる」「老け込む」などと云われる。 ※ 東首(とうしゅ)➔ 東に頭をむけて寝ること。東枕(ひがしまくら)。 ※ 眼目(がんもく)➔ 目。まなこ。 ※ 擁被(ようひ)➔ 夜具をまとう。 ※ 燭照(しょくしょう)➔ あかり。ともしび。 (続く)

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(75)蛇入穴

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昨日、静岡中央図書館内より 城北公園を眺める 2026.10.03 今日は土曜日なれども、何事もなく、雨は降らなかったが、家を一歩も出ずに終わった。 今日から、「冨士人穴物語」を解読冊子に加えようと、作業を始める。かつて読んで、その解読文を古文書会の仲間に見せたところ、間違いをたくさん指摘された。その御仁はその直後、まだ若くして亡くなられたと聞いた。何とも辛くて、その後「冨士人穴物語」は十年以上、段ボール箱の中に入れたままであった。それを思い出して、今日取り出して来た。亡くなった人は、名前はおろか、面影すら忘れてしまったが、「冨士人穴物語」のあらすじは覚えている。今日は3ページほど作業を終えた。まだ10分の1くらいかと思う。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 蛇入穴 朝比奈村民戸之女、樵於山野、忽然思睡、枕薪而臥、一蛇入阴中、 驚醒視之、入数寸、自以手抜之、後其隣邑女亦入陰中、拔之不脱、 医捕蝦蟇跨其上、不出終死云 (解読) 蛇入穴 朝比奈村、 民戸 (みんこ) の女、山野に 樵 (きこ) る 。 忽然 (こつぜん) 思睡 (しすい) 、 薪を枕にして臥す。 一蛇、阴 (陰) 中に入り、驚き 醒 (めざ) めこれを視る。 数寸入り、自ら手でこれを抜く。 後、その隣り邑 (むら) の女、また陰中に入り、これを拔き脱せず。 医 (医者) 、蝦蟇 (がま) を捕らえ、その上に跨 (また) がす。出でず、終に死すと云う。 (語注) ※ 民戸(みんこ)➔ 民家。 ※ 樵(きこ)る ➔ たきぎを切り出す。 ※ 忽然(こつぜん)➔ にわかに。突然。 ※ 思睡(しすい)➔ 強い眠気を覚えること。眠りたいと思うこと。 (続く)

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(74)(火事不能償)

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「浦止春」か「浦山春」か 2026.10.02 午後、駿河古文書会に出席した。課題を早く終えて、担当講師のO氏の御先祖が写された「小堀遠州、書き捨ての文」を解読された。O氏の御先祖は書家としても有名で、読んでも楽しい。中に一ヶ所、写真の部分があった。これをどう読むか。 O氏はこれを「浦止春」と読まれた。当て字と変体仮名「春(す)」で、「羨(うらやま)ず」の意味で読まれた。意味と読み方には異論はないが、文字は「浦山春」ではないかと思った。「止」と「山」は筆文字ではよく似ていて、どちらとも読めそうだが、「浦山敷(うらやまし)」の当て字の用例があるから、「浦山」に軍配を上げたい。 発言をしてみたが、同意は得られなかった。果たしてO氏の御先祖はどの文字のつもりで書かれたのであろう。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) (火事不能償) (()内の表題は自分が便宜的に命名。以下同じ) 下平川籏下士、本多氏采地也、里正頗富、邑主仮金数而不償、 去歳冬税吏又命之、辞以無見存銀、其夜誤失火、焼千金不能報状也 (解読) (火事不能償) 下平川、 籏下士 (はたかし) 本多氏采地 (領地) なり。里正 (村長) 頗 (すこぶ) る富み、 邑主 (名主) 仮金 (借り金) 数えて償 (つぐな) わず。 去歳 (去年) 冬、 税吏 (ぜいり) またこれを命ず。銀存 (あ) るを見ずに辞す。 その夜、誤り失火。 千金を焼き、報いる能 (あた) わざる 状 (じょう) なり。 (語注) ※ 籏下士(はたかし)➔ 下級の武士。 ※ 税吏(ぜいり)➔ 税務を扱う官吏。 ※ 状(じょう)➔ ありさま。ようす。 (続く)

【活動の記録】と【読了図書】9月1日~9月30日

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  脇の水路の土手で、誰が植えたものでもない 柿の木が実を五つばかり付けた 次郎柿のように見えるが、多分渋柿 誰も手を付ける人も居ないだろうから 取って干し柿にしようかと思う 10月、雨も止んでいよいよ干し柿の季節の到来である 2026.10.1 今日から10月。朝から珍しく快晴。 天候も少しは秋らしくなるのであろうか。 めっきり読書量が減った。時代小説を卒業したからだが、おかげで名古屋のアジア大会の色々な種目を見ている。日本人の活躍を見るのはやはり楽しい。 9月の 【活動の記録】と【読了図書】を記しておこう。   *******************************************************    【活動の記録】 9月1日    夜、 金谷宿大学教授会。 9月2日    夕方 、河村泰子先生通夜 。 9月4日    午後 、 駿河古文書会出席。 9月9日    午後 、まきのはら塾「古文書解読を楽しむ」 講座(講師)。 9月10日   午後、 掛川古文書講座受講。 9月12日   午後、「静岡の考古学と歴史」講座受講。 9月13日   朝 、 竹下大井神社清掃。後、竹下6班会合。 9月18日   午後 、 駿河古文書会出席。 9月19日    午前、 金谷宿大学「古文書に親しむ(初心者)」講座教授。         午後、金谷宿大学「古文書に親しむ(経験者)」講座教授。 9月26日   午後、 金谷郷土史研、「竹下村誌稿」講演会、第4回(講師)。 9月29日   午前、 斎藤医院、定期健診。 8月25日   午後 、 駿河古文書会基礎コース(講師)。 【読了図書】 読書:「 鋼鉄のレガシー 」  堂場瞬一 著 読書:「琉球布紀行」 澤地久江 著 【解読本】 蕉園渉筆(漢文)上      小島 蕉園著  (解読本11冊目) 現在作業中のもの   蕉園渉筆(漢文)の続き (当ブログに連載中)         

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(73)信書

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  脇の水路の土手で 早くもススキが穂を出していた 雨続きだけれども 季節は確実に進んでいるようだ 2026.9.30 昨日、定期受診で、夫婦でS医院へ行く。インフルエンザの流行が早まっていると 聞いているので、いつから予防注射が受けられるかと聴けば、まだ始まりで本格的流行には時間があると云い、10月半ば頃からと言う。去年も接種したので、次回11月の時に、接種を受けられるように予約してきた。インフルエンザには、今まで罹ったという、記憶も自覚も無いのだが、念の為である。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 信書 都下諸友所贈答書、相約以同紙長短均者、積為策子、 閑時灯火覧之、恰如相晤於一堂、亦旅況之一韵(韻)事也、 老杜句、家書抵万金、故人之書亦然、固題以抵万金 (解読) 信書 都下 (江戸表) 諸友、贈る 答書 (とうしょ) 、同紙長短、均 (なら) したものを以って 相 約 (やく) し 、 策子 (冊子) として積む。 閑時 (かんじ) 灯火にこれを覧 (み) る。 恰 (あたか) も一堂において相晤 (うちとけ) るが如し。 また 旅況 (りょきょう) の 一 韵 (韻) 事なり。 老杜 (ろうと) 句、 家書 (かしょ) 万金 (まんきん) に抵 (あた) る。 故人 (こじん) の書、 また然り。 固 (もと) より 万金 に抵 (あた) るを以って題 (しる) す。 (語注) ※ 答書(とうしょ)➔ 問い合わせに対する返答の書状。 ※ 策子(さっし)➔ 冊子。綴じ本(巻本に対して)。 ※ 旅況(りょきょう)➔ 旅のありさま。旅行中の状況。 ※ 韵(いん)➔ 「韻」に異体字。おもむき。ようす。風流。 ※ 老杜(ろうと)➔ 中国盛唐の詩人、杜甫の異称。晩唐の詩人、杜牧を小杜というのに対していう。 ※ 家書(かしょ)➔ 自分の家の蔵書。 ※ 万金(まんきん)➔ 多額の金銭。千金。 ※ 故人(こじん)➔ 古くからの友人。昔の友達。旧友。 (続く)

I氏開発の梨の新品種「富慈緑」

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高校の同級生、I氏開発の梨の新品種「富慈緑」 2026.9.29 明石在住の、高校の同級生I氏から手紙が来た。電話に出ないからと、手紙をくれたのだが、申し訳ない、スマホには自分で登録した以外の電話には出ないことにしている。もともと自分のスマホは、自分が掛ける時、専用と決めている。だから、普通、電話は家電話で受けている。随分身勝手な使い方と思うが、この年になって、新しいことが煩わしくなっているからである。それはさておき、スマホに出ないので、手紙が来た。 I氏は高校教諭から農業高校の校長まで勤め上げた方で、専門は「農業・園芸」、高校退職後、梨の新品種の開発に手掛けられ、 新品種「富慈緑」 を開発された。 梨には「青梨」と「赤梨」があり、故郷では梨といえば、「青梨」の「二十世紀」のことであったが、当地へ来て店頭を見ると、すべて「赤梨」であった。 「赤梨」の方が 「青梨」よりも糖度が高いから、 「二十世紀」は世紀の終わりとともに、見られなくなった。 しかし、青梨の青みがかった透き通るような黄色い肌、僅かな酸味とみずみずしさは、 懐かしい故郷の味である。その 「青梨」の 新品種「富慈緑」 は実に美しい黄緑色で、甘みと酸味が絶妙のバランスだという。 実は、そういう自分もまだ食べたことがない。「確か出来たら送るよ」と言ってくれたような気がするが。食べてみたいものである。

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(72)平田寺文書

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庭のホソバヒイラギナンテンの実 もう何十年も庭に在りながら その実をじっくり見るのは初めてである   2026.9.28 雨続きである。止みそうでなかなかさっぱりした晴れは続かない。専ら室内で古文書解読か、アジア大会の観戦の毎日である。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 平田寺文書 余嚮観平田寺所蔵、孝謙帝天平感宝詔書、寄諸友書中及此事云、 詔尾橘豊成名、書尤佳、蓋名所自筆也、白藤報曰、 豊成横萩右太臣而中将姫之父。此時未聞有橘姓也、 蓋別人矣、 是藤原豊成誤筆橘豊成也、他諸友無報、 独白藤詰之、可謂益友矣 (解読) 平田寺文書 余 嚮 (さき) 、平田 (へいでん) 寺所蔵、孝謙帝、天平感宝 詔書 (しょうしょ) を観る。 諸友への書中に寄せて、 この事云うに及ぶ。 詔尾 (しょうび) 、橘豊成の名、 書もっとも佳 (よ) し。蓋 (けだ) し、名自筆 (じひつ) の所なり。 白藤、報 (しら) せて曰く、豊成、 横萩右太 (大) 臣 にして中将姫の父。 この時、未だ橘 (たちばな) 姓に有ったとは聞かざるなり。蓋し別人なり。 これ藤原豊成、橘豊成と誤筆なり。他の諸友、報せなし。 独り白藤これを詰 (つ) める。可謂 (いわゆる) 益友 (えきゆう) なり。 (語注) ※ 嚮(さき)➔ 以前。 ※ 詔書(しょうしょ)➔ 律令制で、天皇の詔(みことのり)を記した文書。 ※ 詔尾(しょうび)➔ みことのりの終り。 ※ 横萩(よこはぎ)右大臣 ➔ 豊成は、別名「横佩(萩)大臣(よこはぎのおとど)」と呼ばれた。 ※ 益友(えきゆう)➔ 交わってためになる友人。 (続く)