豊岡高校17期生、「傘寿」最後の同窓会
山陰線車窓から緑いっぱいの「保津峡」 2026.6.12 二日間、ブログを休んだ。 12日(土曜日)、朝から、久しぶりに新幹線「こだま」に乗る。京都は外国人であふれていて、高い聞きなれない言葉が飛び交っていた。日本人ばかりなら、どれだけ込み合っていても、この喧騒はないと思う。 京都で1時間半ほど待った。山陰線は、さすがに喧騒から外れて静かになったが、急に暑さを感じるようになった。ホームに風が通らないようだ。折り返しの車両が入ると騒がしくなり、やはり外国人が目立つ。特急「きのさき」は全車指定で、今日はよく透いていた。1時半発で故郷へ向かう。久しぶりの山陰線は緑で溢れて、途切れることが無かった。きっと外国からくれば、おどろくに違いない。それでもこの車両は静かだと思って、トイレに立った時、振り返って見たら、その多くは座席を一杯まで倒して寝ていた。多分、目的地は終点の城崎温泉に違いない。 江原駅にはホテルのバスが待っていた。同級生と言っても9クラスもあって、すでに50年以上経ち、見たことのない顔ばかりで、この後も知った顔はほとんど無いのだろうと思うと、先が思いやられる。バスの隣りの席の男性は、往時、陸上に一生懸命で、と当時の話を始める。先生の名前もよく覚えていて感心するが、静岡へ来て、故郷のことは思い返す機会がほとんどなかった自分には、全く共通項がない。 ホテルは山の中にあって、たくさんの同級生で賑わっていたが、やはり知った顔はほとんどなかった。高校で仲良くした人たちは、鬼籍に入ったり、病いを得て、同窓会には出席できないようで、同窓会で知り合いに会えないのは寂しい限りで、それが出席を迷った原因でもあった。覚悟はしていたが、やはりと思う。 指定された部屋に荷物を置いて、円テーブルがいくつか島になった会場に入った。席についても、円テーブルを囲む人たちに、知り合いは一人もおらず、どこか知らない土地の老人会に出たようなイメージであった。 きょろきょろと見まわす内に、同窓会出席を勧め、帰りに大阪のK氏を見舞おうと、動機づけをしてくれたⅠ氏と、先程廊下で向こうから挨拶してくれたGさんを見つけた。Gさんは小学校のN瀬学級で一緒だった女性で、そのクラス会で何度も同席していた。 ”ひょっとこおどり”(ピンボケごめん) 翌日車に乗せて頂いたN氏(パワーに脱帽) クラス会は、主催側が色々と企画し...