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自分古文書(16)遠江三十三観音巡礼(22)

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  今滝寺、現在のイヌマキの山門 (ネットより拝借)   2026.2.4    まきのはら塾「古文書解読を楽しむ」講座の展示物の準備で一日忙しかった。  今日は 遠江三十三観音巡礼の最終日である。前回から一ヶ月と少し経っている。   巡礼団天ざるで完歩打ち止めを祝う    遠江三十三観音巡礼⑩ 第三十二番 今滝山今滝寺 ~ 第三十三番 佐束山岩井寺 日 時  平成六年十二月三日(土) 天候 晴れ季節風強し 今年も暖冬模様の中、今朝は北風が強くて冷えるとの予報に、セーター1枚余分に着込んだ。いよいよ今日が遠江三十三観音巡礼の最終日となった。一年掛からない予定が約二年掛かってしまった。その間いろいろなことがあって、しかし四人とも何とか今日を迎えることが出来た。打ち上げをどこでやろうとそんな話題は楽しい。 駅裏の長光寺に花輪が沢山並んでいる。O製材所の社長さんの葬式だと聞く。会長さんはいつも良い姿勢で散歩しているのを見掛けていたが、亡くなったのはその息子さんだという。最近逆縁の例を良く耳にする。長寿社会は意外と危ういのかもしれない。 鈴さんが散歩ラリーで買った金谷宿の木札をナップサックに付けている。300円もするなら印刷ではなく焼き印にするべきだと話す。 掛川駅直前で鈴さんが集印帳を忘れたと言い始めた。かつて自分にも一度前科があり、その折は運良く最初のお寺で買い求めることが出来た。バスは出たばかりで待ち時間もあったので、コピーを取ろうということになった。 緑の窓口で暇そうにしている若い駅員にコピーを頼んだところ、迷惑そうな顔をする。どこか近くにコピーをしてくれる所はないか、と質問を変えると、コンビニに行けば良い、と即座に返事が返って来た。コンビニとは思いつかなかった。若い人達にとっては常識なのだろう。世代の差を感じる。駅前のローソンに行くと、コピー機が生憎と故障だった。駅裏にセブンイレブンがあると聞き向かう。「これっしか処」で再度聞くと日産レンタカーを紹介してくれる。駅前広場の向かい側の店先に「コピーサービス」の看板もあった。一枚と知るとサービスにしてくれた。お蔭で更に一バス遅れて二〇分待った。今日も前途多難を思わせる出来事であった。 【歩程】第三十二番 - 今滝寺へ、西へ2.2キロ 大東北公...

ミニ講座のテキストを作成

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  ミニ講座テキストを作った  2026.2.3 この2月と3月に、まきのはら塾、金谷宿大学ともに、講座の発表会がある。今年は、まきのはら塾でも、ミニ講座を開くので、今日はミニ講座共通のテキストを作った。今年は趣向を変えて、来年度、三講座に分けて、140ページの及ぶ「喜三太の記録」を読み上げる計画を立てているので、「喜三太の記録」の「はしがき」をミニ講座で読んでみようと思った。 このはしがきは、内容は難しいことは書いてないが、変体仮名が多用された文になっている。「喜三太の記録」の本文は普通の古文書なのだが、喜三太さんはおそらく勉強された方なのであろう。見事に変体仮名を使いこなして、はしがきが書かれている。初めての人にこれをぶつけるのはどうかと思ったが、難しい分、誰でもわかるように、テキストに工夫を凝らしてみた。これで、初心者でも変体仮名混じりの文を読んでもらえそうか、試しにやってみようと思う。 喜三太さんは江戸時代の末期、金谷宿の商家の次男坊だったが、掛川の各和村の主だった農家に婿に行く。昔は村方三役には、読み書きが出来なければ、いくら家柄が優れた大百姓でも、庄屋(名主)、組頭、百姓代の三役には付けない。喜三太さんは読み書きができる所から、婿さんに選ばれたのであろう。時を置かずに、各和村の組頭と百姓代を兼ねる役に付いている。  村では日照り、蝗害、塩害、など農業の苦難が訪れる。火事や地震や大風(台風)などの災害も起きる。役人からは幾つも御触れが出される。それらをつぶさに記録していて、当時の百姓たちの暮らしが知れて、大変に興味深い。 ****************************************************************** 昨日、会社時代の同僚だったTさんの訃報に接した。昔から心臓が悪くて、ペースメーカーを付けていると聞いたことがある。享年は77歳だと改めて聞いた。お葬式には出ないけれど、冥福をお祈りします。 

自分古文書(16)遠江三十三観音巡礼(21)

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宝珠山盛岩院青木寺 2026.2.2  今週は多忙を極める。次の土日が、まきのはら塾の講座の発表会で、今年は展示以外に、会場で一時間のミニ講座を開く。その準備がまだ出来ていない。 ブログのテーマを考える余裕がない。それで、遠江三十三観音巡礼9日目の巡礼の記録をのせることになる。  【歩程】第 三十 番‐盛岩院へ、西へ6.5キロ 正林寺の広い駐車場に車は一台も無かった。腰を据えて昼食にする。食事後、しばらくアスファルトの上に横になる。こんな場合でもなければ、こんな所で寝るなんて思いもよらないことである。 小笠の町中から牛渕川の土手に出る。草がきれいに刈られて気持がよい。少し下流に関があって水が淀んでいる。こんな所でゆっくり釣りでもすれば気持ちが良いだろうと話す。上空には鳶や鳩、春でもないのに揚げ雲雀が囀り、セグロセキレイがアキアカネを追っている。自然界では既に冬に備えて懸命な準備が始まっている。 菊川ともう一本水路を渡り盛岩院に至る。観音堂で写真を撮った後、ご朱印を請う。若い奥さんが押してくれる。幼稚園年長組の慣れっこい男の子が「なにしてるの」と聞いてくる。側には布袋さんや「木魚に凭れ居眠る小坊主の肩にネズミの像」などの、今風の石像が何体か祀られていた。「木魚・・・・」の像は故郷の五月雛飾りの中にあった。 第三十番 曹洞宗 宝珠山 (ほうしゅざん) 盛岩院 (せいがんいん)                       青木寺 (あおきでら)       雪 見よと たれいそぐらん いそ山の 松の葉こゆる 沖つ白波 【本尊】聖観世音菩薩   【所在地】大東町岩滑(いわなめ) 【歩程】第 三十 一番‐菊水寺へ、北西へ1.1キロ 盛岩院のある岡を下って、岡沿いに少し歩いた所に菊水寺はあった。といっても、ここは観音堂だけが、人家の間の道を少し登った所に立っていた。ご朱印は手前の新築中の家に置かれていた。 紅梅山菊水寺 第三十一番 曹洞宗 紅梅山 (こうばいざん) 菊水寺 (きくすいじ)       岩滑や 春のあしたに 来てみれば 梅の 梢 に うぐいすの声 【本尊】千手千眼観世音菩薩   【所在地】大東町岩滑 【歩程】大東北公民館バス停へ、西へ3.6キロ 菊水寺のご朱印を頂いた家の奥さんにバス道を聞いたが、土方まで...

五年目の「面白古文書12月」完成

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    完成した「面白古文書12月」の令和7年版 2026.2.1   今日から2月、今年ももう一ㇳ月経ってしまった。月日の経つのがどんどん早くなる。今日、漸く昨年分の「面白古文書12月」が完成した。これで令和3年から5年続けたことになる。面白古文書を60本読んできて、小冊子が5冊になった。 古文書講座は中々ハードルが高いと思われる方に、一つでも面白い、古文書も楽しいと思ってもらえればと、毎月の講座の最初に、短かくて興味深い古文書を、「面白古文書」として読んできた。これは自分の三講座、共通のものである。 ことしの12ヶ月、以下へ表題たけでもしめしてみよう。     ミニ講座より 二宮尊徳逝去を知らせる手紙    R7年1月 芭蕉の句の軸    R7年2月 伊佐新次郎 書    R7年3月 漱石の書簡(断片)    R7年4月 安政江戸大地震の瓦版    R7年5月 織田信長朱印状    R7年6月 「亀の歌」本居宣長讃    R7年7月 「一寸高の役」掛川大庭家文書    R7年8月 久能寺妙楽院古文書    R7年9月 近藤勇の処刑の瓦版    R7年10月 年始田中藩役人宅への誘い    R7年11月 うそ・まこと見立て勧め    R7年12月 内山真龍自画像 「ミニ講座」というのは、金谷宿大学の成果発表会で、一時間だけの体験講座を開いていて、その短い教材をこれへ収録している。今年は、まきのはら塾の発表会でも、ミニ講座をやろうと計画している。 古文書以外にも、瓦版、軸物、書簡など、何でも読んでやろうと、取り組んできた。60本もやるとテーマは尽きてくるが、それは良くしたもので、色々な方からこれは面白古文書にどうか、などと、提供を受ける。又博物館に行けばテーマになりそうなものを集めるようにしているし、いよいよ困ったらネットを覗けば未解読の面白古文書向きの画像がいくらでも見つかる。 手あたり次第ではなくて、色々有名な方の手になる古文書、地元で貴重と思われる古文書など、一応は選んでいる。  今年のテーマだけみても、二宮尊徳、芭蕉、漱石、本居宣長、近藤勇など、誰もが知ってる有名人もあるが、 伊佐新次郎、内山真龍は当地では知っていてほしい偉人である。   どこまで続けられるか分らないが、10年続けられたら大したものだ...

自分古文書(16)遠江三十三観音巡礼(20)

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  正林寺門前   2026.1.31   観音巡礼が、再開されたのは前回から10ヶ月後のことであった。理由は本文に記している。ともあれ9回目の巡礼の記録を載せよう。     巡礼団無常の此岸で巡礼を再開する   遠江三十三観音巡礼⑨   第二十九番 国源山正林寺 ~ 第三十一番 紅梅山菊水寺 日 時  平成六年十月三十日(日) 天候 曇りのち、時々晴れ 天気がはっきりしないのは南方海上の台風の影響らしい。前回の巡礼の直後、鈴さんに娘さんの急逝という不幸があって、10ヶ月という長いブランクになった。この間に、鈴さんは定年を迎え退職された。そして、今回、ようやく再開に至った。巡礼もあと二回で満願となる。 昨日、長島ジャイアンツが西武を破り日本一となった。前評判では西武が断然有利で、第一戦は大勝した西武だったのに、一寸先は闇が世の常である。明日あることを当てにせず、今日歩くことで心の安らぎを得られれば、信仰薄き我ら巡礼団にとって、それが最大の御利益である。ともあれ今日も元気に漫遊巡礼が続く。 【歩程】第二十九番‐正林寺へ、南へ10.4キロ 菊川の町を通り過ぎ、東名のインターの先で左へ折れる。菊川を渡った所に「菊川文化会館アエル」の大きな建物が見え、その前の広場で産業祭が準備されていた。巡礼中の我らは世事には係わることなく先を急いだ。 40分歩いて最初の休憩を取る。臼さんは雉打ちに行く。歩き始めると腸の調子がよくなるためか、臼さんの恒例行事である。横地城跡はここから2.5キロ行った山の上にある。時間があれば行ってみたい場所である。 丹野川は奥の丹野池を源にしている。この辺りでは有名な大きな溜池である。西側の山には「善勝寺の楠」と呼ばれる巨木がある。山にそれらしき樹相が見える。いずれそこへも来ることになる。橋を渡ったところで休憩を取り蜜柑を食べた。ここまで来れば正林寺もそれほど遠くない。かなりの歩きを覚悟していた割にははかどった。 丹野の丹は赤、あるいは辰砂と言う硫化水銀で、昔は朱色の塗料に使われていた。この先に「赤土」や「赤土原」の地名もあり、昔は辰砂を産したのかもしれない。調査してみたい。 前の坂道を「塩買坂」というと案内板にあった。正林寺は今川義元の祖父の義忠の終焉の地だといい、今川氏の菩...

古文書「喜三太の記録」を来年度のテキストに

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  古文書「喜三太の記録」テキスト表紙  2026.1.30 25日の北原先生の講演会の折り、先生から借りて来た、「喜三太の記録」という古文書を、今、古文書講座のテキストにすべく、作業をしている。  昔、北原先生の講座を受け始めて間もないころ、その抜粋を教材に使われて、興味深いと記憶に残っていた。今度、自分の講座でテキストに使いたいと思った。そして講座で使用が終わったら、その解読読み下し版を小冊子にして、皆さんに読んでもらいたいと思った。 北原先生は自分で保管するコピーを、原文所有の掛川図書館に許可を得て、貸して下さった。手にしたコピーは実に71ページまであり、コピー一枚には2ページずつコピーされているので、原文では142ページになる。思った以上のボリュームに驚く。これをテキストに使うと2年以上、3年くらいかかる量である。 ともあれ、テキストにするために、作業を進めて、9割ほど出来たが、この量では、自分が担当する2講座か3講座に分けて読んで行こうかと考えている。何とか一年で解読を終えてしまいたいと考えている。 テキスト化する作業を進めながら、気付くと内容を読み出している自分に気付く。今は解読作業ではないと気付き自分に言い聞かせ、作業に戻る。中々前へ進まない訳である。 金谷宿の商家から掛川の各和村の大きな農家へ婿に入った喜三太さんが日々発生する出来事を、テーマを付けて記録したもので、時代の動き、街道の出来事、火災・風水害・地震などの災害の記録、農家で起きる出来事など、多彩な内容である。 自らも病を得て、村役人を退役願いを出したり、快癒して復役したり、法多山の旅の記録も面白いし、秀逸なのは安政の大地震の記録である。これは、山崎久磨麻呂さんの「大地震能記」に匹敵するほど詳しい。読むのを自分で楽しみにしているが、これは4月からの新年度の講座用のテキストなのである。 

時代小説はもう卒業か

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  時代小説のまとめ売り何てあるんだ (メルカリより) 2026.1. 29     元来読書好きではあったが、現役のころには、時代小説を読まなかった。何か浮世離れしているようで、時代小説は引退してから読もうと、老後の楽しみに取って置いた。  引退してから、色々やりたいこともあって、それほど暇になったわけではないが、時代小説を自分の中で解禁した。主に文庫本だけれども、買って読むわけではなくて、その大半を図書館から借りて読んだ。購入して読むと、お金が掛かるだけではなくて、どうしても本が溜まってしまう。我が家には今まで購入してきた本が山になっている。これ以上は増やしたくなかった。  それから時代小説をどれくらい読んだことだろう。数えたことはないが、1000冊をはるかに超えて、1500冊ぐらいは読んだと思う。それぞれがそれなりに面白くて、遠い昔の江戸時代の話しだと思うと、どんな内容であろうと、無責任に、気が楽に読める。それに退職して始めた古文書解読の趣味、同じ江戸時代で何かと参考になった。  以下へ読んできた作家の中、読んだ本の冊数の多い順に、並べてみると、  佐伯泰英、風野真知雄、藤井邦夫、鈴木英治、鳥羽亮、稲葉稔、坂岡真、池波正太郎、佐藤雅美、藤原緋沙子、小杉健治、倉坂鬼一郎、井川香四郎、上田秀人 50冊以上読んだ作家だけでも、これだけ上げられる。これだけで1300冊位にはなるだろう。 さすがに図書館の在庫も、自分の気に入るものは、少なくなってきた。  ところが昨年、時代小説の作家が立て続けに亡くなった。     上田秀人    2025年 3月27日死去      藤井邦夫    2025年10月12日死去、    宇江佐真理  2015年11月7日死去   何れも顔も見たことのない人たちだったが、小説を通じて、かなり深い付き合いだったように思っている。遠い知り合いが亡くなった気分である。楽しんできた、その作家の作品はもう読めないのだと思うと、がっかりであった。 最近、そろそろ時代小説も潮時かと思うようになってきた。年明けて、図書館へ行くことも、がくんと減り、一ヶ月でほんの数冊しか読んでいない。時代小説を読むことを減った分、何かやることを考えねばなら...