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「蕉園渉筆」(漢文)を読む(19)奸通

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イオンモール熊本の大爆発の跡 2026.7.29 熊本の大地震は一夜明けて、その被害がかなり大きなものであったことが判明した。中でも、イオンモール熊本の大爆発は防げた被害だったと思う。だんだん真相が明らかにされると思うが。 「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せる。 今日の奸通(姦通)の話しは、姦通があったら、亭主は二人並べて斬殺することが認められていた。しかし、斬殺することはまれで、金7両でなかったことにする内々のルールがあった。そんな前提で読まれたい *********************************************************************** (原文) 奸通 上庄内邑、三五郎者、通同邑宇右衛門妻、 夜窺夫出、来同枕席、夫鶏鳴帰家、竊逐之不去、妻亦不懼、 姦夫公然曰、癡漢与妻乎、将刃乎、不得已併殺之、 豈非陥溺人心之甚者乎 (解読) 奸通 (姦通) 上庄内邑 (むら) 、三五郎は、同邑 (むら) 宇右衛門妻と通じ、 夜、夫、出るを窺い、 同 枕席 (ちんせき) に来たる。夫、 鶏鳴 (けいめい) に家に帰る。 これを竊 (ひそか) に逐 (お) うも去らず。妻もまた懼 (おそれ) ず。 姦夫 (かんぷ) 公然 (こうぜん) 曰 (いわ) く、 「 癡漢 (ちかん) に妻を与えるか、将 (はたまた) 刃 (やいば) か。」 已むを得ず、これを併 (あわ) せ殺す。 豈 (あに) 、 陥溺 (かんでき) 人心の 甚 (はなはだ) しからずや。 (語注) ※ 枕席(ちんせき)➔ 寝室。ねや。 ※ 鶏鳴(けいめい)➔ 一番どりの鳴くころ。夜明け。明け方。 ※ 姦夫(かんぷ)➔ 他人の妻と密通する男。間男。 ※ 公然(こうぜん)➔ おおっぴら。あけすけ。 ※ 癡漢(ちかん)➔ 愚かな男。ばかもの。痴漢。 ※ 陥溺(かんでき)➔ 酒色にふけること。理性を失って遊びなどに熱中すること。 ※ 豈~(あに~甚しからずや)➔ どうして。甚だしくないことがあろう。(反語表現) ( 続く)

処方箋に期限があるとは知らなかった

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  夕方の熊本地震の震源と震度 (ネットより) 2026.7.28 処方箋には期限のあることを知っていましたか。 金曜日、S医院に行き処方箋をもらってきた。その日に薬局に行き、薬をもらってくれば何も問題はなかったのだが、帰りに「まんさんかん」(農協直売所)に寄り、昼食を買ってきたところ、朝から食事を抜いてきたこともあり、薬もまだ余裕があったので、薬局はまた後にして、家に帰って少し早いが昼食にすることを選んだ。 午後は暑くて外へ出る気にならず、土曜、日曜は薬局が開いているかどうか、分からないので止めて、月曜日に行こうと思った。で、その月曜日、薬局へ行かなければと、思い出したのは午後五時前だった。明日でいいやと、暑さも和らいだ今朝、薬局に行く。 「今日、ギリギリセーフですね」「何、処方箋に期限があるの?」「期限が四日と小さい字だけれども書いてある」「もう何十年も薬局に来ているけれど、期限があるなんて知らなかった」「まてよ、四日の期限はもう過ぎている。期限は発行日を含めて四日だから、金土日月までで、火曜の今日は期限切れで使えません。最悪、保険もきかなくなりますよ」 おどされて、S医院へ電話をしようと、ポケットを探るまでもなく、携帯は不携帯である。薬局の電話を借りて、S医院に対応を頼んだ。しばらく待つうちに、先生へ聞いて頂いたようで、電話が来て、S医院まで来るように言われた。 S医院では、有効期限を28日までと書き加えるだけであった。その位なら自分でも出来そうだ。しかし、S医院から薬局に戻る途中、少しばかりニヤついている自分に気づいた。これは今日のブログの話題になる。 処方箋に期限があるなんて、それも発行日も含めて四日だとは、今まで誰も教えてはくれなかった。処方箋に小さな字で書かれた注意書きなど、誰が見るだろう。薬局へ渡ってしまえば手元に残らない書類なのだから。聞けば問題があって付け加えられた期限だという。それ以前は薬局が医者に電話で確認すればOKだったのだそうだ。 利用者に周知せずに、一方的にルールを変えるなど、あってはならないと、文句も思いついたが、一つ勉強になったと前向きにとらえることにした。ブログの題材にもなったことだし。 夕方、激しい夕立、何度も近くへ落ちたような雷鳴、しかし、ここは近くに高い製茶仕上工場があって、そこの避雷針がすべて引き受けてくれるから、...

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(18)送蝗/為天狗

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虫送り (ネットより) 昔、「雨ごい」と違い「虫送り」の効果は少なかったようだ   2026.7.27 暑い毎日が続いている。この頃は冷房の効いた部屋にこもって、 「蕉園渉筆」の解読にいそしんでいる。古文書の解読とは違って、中々文意を掴むのに苦労している。 「蕉園渉筆」の原本は見れないので、もっぱら、静岡県史と相良町史に載っている、漢文のままの資料のコピーをいただいて、それをもとに解読しているのだが、この二つの資料が微妙に違っている。どちらを正解とすべきか、解読が出来て、内容が理解できる方を正解とするしかない。だから、あちらを見たり、こちらをみたりで、少しずつ前へ進み、何とは半分くらいまで進んだ。原文と解読文を載せていて、B4の用紙で40枚を越えた。何とか涼しくなる前の、室内作業で終えればと思っている。 「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せる。 *********************************************************************** (原文) 送蝗 諸県、送蝗、用鐘鼓、近時少年輩競求大鐘、 棚草村少年新造之、大過於他方、里正招而視之、 少年誇曰、諸県無有焉、里正曰、実然也、 如汝愚亦無有焉、奪而不与 (解読) 送蝗 (いなご送り) 諸県 (あがた) 、蝗 (いなご) 送り、鐘鼓 (鐘や太鼓) を用いる。近時、少年輩 (やから) 、 競い 大鐘を求む。 棚草村少年、新たにこれを造る。他方 (一方) では大過 (たいか) なり。 里正 (村長) 招いてこれを視る。 少年誇り 曰 (いわ) く、「諸県 (あがた) 、有ること無し。」 里正曰く、「実 (まこと) に然り なり。 汝 (なんじ) の如き愚 (おろか) もま た有ること無し」と 、奪いて与えず。 (語注) ※ 県(あがた)➔ 地方。いなか。 ※ 蝗送り(いなごおくり)➔ 虫送り。農作物、特に稲の害虫を追い払う行事。たいまつをともしたり、鉦・太鼓をたたいてはやし、村境まで送って行く。 ※ 大過(たいか)➔ 大きなあやまち。大変な失敗。 (原文) 為天狗 相良民、給事其家、嘗欲為天狗、毎上高山、 跳下試之、数歳去而不知其所行也 (解読) 為天狗 (天狗に為る) 相良民 (みん) 、その家に事 (つか) え給い、嘗 (かつ) て天狗に為るを欲す。高山に上...

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(17)雄鷲/神祖手植梅

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鷲の親子 (写真はネットより拝借)     2026.7.26 午前中に、大阪のYK氏より、一般向け用に解読した古文書、10冊の受領とお礼の電話が来た。本人は今は細かい文字は読めないようで、その分、奥さんが読んで話してくれることを期待したい。奥さんいわく「ちょっとのぞかせて貰ったが、まるで江戸時代のドラマを見ているよう」とは、少し世辞が過ぎる。たくさんで申し訳ないが、面白そうなものだけでも、是非読んでいただきたいと思う。 「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せる。 *********************************************************************** (原文) 雄鷲 浅場邑民、射殺一雄鷲、其夜懐臥新生児、 夢䳄鷲来欲奪児、抱住緊急、寤而視之、児已死矣 (解読) 雄鷲 浅場 (浅羽) の 邑民 (ゆうみん) 、一羽の雄鷲を射殺す。その夜、臥す新生児を懐 (おも) う。 夢に、䳄鷲 (めすわし) 来り欲し、児 (こ) を奪う。緊急 (いそいで) 抱住 (だきしめ) る。 寤 (さめ) てこれを視るに、 児 (こ) 已 (すで) に死せり。 (語注) ※ 邑民(ゆうみん)➔ 村人。 (原文) 神祖手植梅 中泉庁事、階前有大梅樹、神祖所手植、幹周囲六七尺、不高甚、 枝東西張径七間許、成船形、梢三叉共立如帆、 香異凡梅云、惜花時、不過之也 (解読) 神祖手植梅 (家康手植えの梅) 中泉庁事 (役所) 、 階前 (かいぜん) 、大梅樹有り。神祖 (家康) 手植の所、幹周囲六七尺、 甚だ高からず。 枝東西張、径 (けい) 七間ばかり、船形になる。梢 (こずえ) 三叉 (みつま た) 、ともに帆の如く立つ。 香り 異凡 な梅と云う。花時を惜しむこと、これに過ぎざ るなり。 (語注) ※ 階前(かいぜん)➔ 階段の前。庭先。 ※ 異凡(いぼん)➔ 並外れている。非凡である。 ( 続く)

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(16)会典

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  大清会典 (ネットより写真拝借)   2026.7.25 写真は「蕉園渉筆」に出てくる「大清会典」である。日本にはたくさんあるが、中国では「文化大革命」で過去の書物は焼き尽くされたというから、、どれだけ残っていることだろう。何しろ、歴史は現政権が自分たちに都合のよいように作ってしまう国だから、過去の文献は邪魔にしかならないのだろう。中国で歴史の真実を知りたい見識ある人々は、日本に過去の書物を求めるという。日本にはまだまだたくさんの、漢文で書かれた昔の中国の書物が残っている。それを高価で買い取っていく中国人が多いと聞く。 「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せよう。 *********************************************************************** (原文) 会典 相良人、蔵大清会典、余嘗所覧、乾隆増補袖珍本、 細字磨減甚難読也、此則康熙初刻、魁本美板惜脱其半、 問之漂流船波及者云 (解読) 会典 (「大清会典 (だいしんかいてん) 」) 相良人、 大清会典 (だいしんかいてん) を蔵す。余、嘗 (かつ) て覧 (み) る所、 乾隆 (けん りゅう) 増補 袖珍本 (しゅうちんほん) 、 細字で磨 (す) り減 (へ) り、甚だ読み難きな り。これ則 (すなわ) ち 康熙 (こうき) 初刻、魁 (さきがけ) 本美板 (美版) 、 惜しむらくは その半ば脱 (ぬ) ける。これを問うに、漂流船、波及ぼすものと云う。 (語注) ※ 大清会典(だいしんかいてん)➔ 中国、清代の総合法典。清朝の制度・典礼を集めたもので、勅命によって編纂へんさんされた。 ※ 乾隆(けんりゅう)➔ 乾隆帝。清の第六代皇帝。清王朝の最盛期を創出する。 ※ 袖珍本(しゅうちんほん)➔ そでの中に入れて携えられるくらいの小型の本。ポケット型の本。 ※ 康熙(こうき)➔ 康熙帝。清の第四代皇帝。 ( 続く)

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(15)吏嗜文字罕

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庭のサルスベリ 酷暑の中、めげずに咲き出した   2026.7.24 午前中、S医院へ2ヶ月に一回の定期健診に行く。今日は透いていたので、少しばかり無駄話をする。ガンも医療が進んで、だんだん死の病ではなくなったように思えると話題を向けると、最近はお年寄りも元気なため、抗がん剤も高齢者にも使えるようになった。余命三ヶ月と言われた患者が10年以上永らえている例もあるという。ガンの薬も色々と出来ているようで、友人も薬を飲んでいるが、その高額にはびっくりする。多分開発費がとんでもなく掛っているのだろうがと話題を向けると、高額医療で大半が保険で賄えるのだが、今は医療保険制度が大変苦しくなっているという。年金基金は運用で大幅な収益を上げているようだが、年金受給が伴って増えるわけではない。それを医療保険制度の方に回せばよいなどと、思いつきを話したりした。まあ、無駄話である。 午後、大阪のKY氏へ、古文書解読版を今までに作成した10冊を送った。先日、見舞に行った時の約束を果たした。今度出来た「上越秋山紀行下巻」で10冊になった。思い立ってから一年ほどで10冊である。「はやくも」というか「ようやく」というか。 久しぶりに「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せよう。「蕉園渉筆」解読作業もかなり進んで、三分の一は終わった。 *********************************************************************** (原文) 吏嗜文字罕 余在甲州日、知与不知来乞字紙、追而思之、遺悪詩筆、 今遠人乞者又多矣、吏嗜文字者罕也 (解読) 吏嗜文字罕 (役人文字を嗜 (たしな) むは罕 (まれ) なり) 余 (よ) 、甲州に在 (あ) る日、知る (人) も知らない (人) も、 字紙 (じし) を乞い来たる。 追ってこれを思うに、悪しき詩や筆を遺した。今遠人 (遠州の人) 、 乞うものまた多し。 吏 (役人) 、文字を嗜 (たしな) む者、罕 (まれ) なり。 (語注) ※ 字紙(じし)➔ 揮毫した紙。(「揮毫」は、毛筆で文字や絵をかくこと) ( 続く)

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(44)終り

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猛暑の出石城 2026.7.23 静岡県海岸ウォークは伊豆半島に入って海岸は絶壁だらけで、海岸歩きにはなりそうにない。山へ登るハイキングコースを繋いで行くしかない。或いは車道を歩いてみても、海岸ウォークのこだわりは捨てなくてはならない。なんだかつまんなくなったのであろう。静岡県海岸ウォークはこの十九日目で止めてしまった。だから、今回の記録が最後となった。 静岡県海岸ウォーク、十九 日目を続ける。 *********************************************************************** 12:24 丸一不動明王(26,912) 井田の手前の路傍に身の丈1mほどの不動明王の石 像があり、『延宝九年正月八日、御石作師宮岡久三郎』とあった。顔を顰め たような素朴な形相で怖くない顔だった。 12:32  井田民宿入口(27,624) 井田の集落へ降りようかと迷ったが、地図には先で 再合流するする道も表示されてなく、あってもかなりの登りになりそうに思 えたので、先の事を考えてパスすることにした。 12:49 煌めきの丘(29,188) 地図で井田から県道に登るならばこの尾根だろうと思 った調度上の県道に沿って『煌めきの丘』と命名した展望台があった。そこ からは右側にそそり立つ紅葉の山が海へ落ち込み、左に駿河湾と富士山、手 前下に箱庭のような井田の集落が見えて、絵のような景色が眺められた。戸 田までは 6.8kmと道しるべにあった。『煌めきの丘』には下の井田の集落か ら登ってくる遊歩道が出来ていた。瞬間、井田へ下れば良かったかなと思っ た。 再度、近道かと思い『西伊豆歩道』の道しるべに従って山道へ入った。坂 道にこれはしくじったかと思ったが、途中道端へ放置されてた椎茸のホダ木 から椎茸が出ていた。無駄に腐らせるのは勿体ないから頂き家への土産とし た。道はすぐに県道へ降りて合流した。 13:42  夕映えの丘(34,346) 県道がやや下りになってきて、地図でこのカーブを曲 がれば戸田港が見えるはずと思ったところで、案の定、戸田港が見えた。す ぐに戸田港を見下ろす展望台があった。『夕映えの丘』と名付けられている ことからも、おそらく夕焼けが奇麗な展望台なのであろう。戸田港を抱くよ うに延びた御浜崎の砂州が逆光の...