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「蕉園渉筆」(漢文)を読む(49)甘草

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  甘草(かんぞう) (ネットより) 2026.9.4 午前中にまた訃報があった。大代のYT氏、享年78歳、会社では、サービス部門で機械の設置などに携わっていた。ご冥福を祈ります、合掌。しかし、逝くのが早過ぎる。 午後、駿河古文書会に出席した。この所、古文書会に欠席者が多いのが気になる。出席が20人を切るなど、心配である。基礎コースにはあんなに出席者がいて、熱心なのに、どういうわけだろう。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 甘草 昔仕田邸令甲陽日、閑地樹甘草、按国史上古 甲陽貢甘草故也、 当時邸献十数本於 太公 公種諸遠州采地、寄頓于相良邑正家、 余来覧之不得培方、 地亦不応之、凡甘草二三年一洗根、 製為薬品、更取新根種之、不然旧根尽腐朽、 新根亦不蕃殖、邑正不識之、欲閲年其大、 十数年未一穿云、甘草有二種、 南京所産大如煙管、 福州之産大可三四倍而南京之種為上品、 余所種即南京産、 欲其大豈可得哉、  太公聞地不応、客歳移於関東封内、不知能応否 (解読) 甘草 (かんぞう) 昔、 田 (安) 邸 に仕え、邸より 甲陽 に令 (れい) じられた日、 閑地 (かんち) に 甘草 を 樹 (う) えた。按 (あん) じるに、国史 上古 (じょうこ) 、 甲陽 (甲州) 、 甘草 (かんぞう) を 貢 (こう) ずる故なり。 当時、邸 (田安邸) 、十数本を太公に献ず。 公、諸 (もろもろ) を遠州の 采地 (さいち) に 種 (う) える。 頓 (とみ) に 、相良の 邑正 (むらおさ) 家 (け) に 寄せる。 余 (よ) 来り、 これを覧 (み) るに 培方 (ばいかた) を得ず。地 (ち) またこれに応ぜ ず。 二、三年に一度、根を洗い、薬品として製し、 更 (さら) に新根 (しんね) を取り 、 これを種える。 然 (しか) らざれば 、旧根 (きゅうこん) 腐朽 (ふきゅう) 尽くし、 新根また 蕃殖 (はんしょく) せず。 邑正 (むらおさ) これを識 (し) らず。年をへて、 その大なるを欲す。 十数年、未だ一度も穿 (うが) たずと云う。 甘草 、二種有り。南京産する所、 大きさ煙管の如し。...

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(48)御前崎難船/金谷原

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裏の雑木林(元畑)のオハグロトンボ おそらく10匹以上生息しているようだ 2026.9.3 少し涼しくなって、裏の元畑、今雑木林の出てみたらオハグロトンボが何匹も飛んでいた。この暑い夏、外へ出ることも少なくて、久しぶりに昆虫に出会った感じがする。いつもおなじみのゴキブリも、この春、夏は出会ったのが二桁には届かないのではないのか。この暑さにゴキブリも参っているなんてことはないか。 今朝、新聞の訃報欄に、元会社のOSさんの名前を見つけた。湯日だから間違いないと思っていたら、やがて、いつも訃報連絡をくれるK氏から、その電話があった。 思い出すのは、入社したばかりの頃、配属が決まるまで、何かと面倒を見て貰ったことである。 OSさんは 当時セールスの役職だったと思う。その後、部門は違ったが、裏表のない人だったと記憶する。享年90歳、冥福をお祈りします、合掌。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 御前崎難船 〇厩崎急灘、毎歳覆没之殃不知其数也、近年其最多矣者、 天明中一時覆七十五艘、享和中覆二十余艘、実諸州之患也 (解読) 御前崎難船 〇厩崎 (御前崎) 急灘 (きゅうだん) 、毎歳 (年) 覆没 (ふくぼつ) の 殃 (わざわい) その数知れざるなり。近年その最多なるは、 天明中、一時 (いっとき) 、 七十五艘覆 (ふく) す。 享和中、二十余艘覆す。実に諸州の患 (うれ) いなり。 (語注) ※ 急灘(きゅうだん)➔ 流れの速い瀬。早瀬。急湍。 ※ 覆没(ふくぼつ)➔ 船などが転覆して沈むこと。 (原文) 金谷原 金谷原周数十里、不宜樹芸、古来為閑地、諸州有牛馬市、 遠州無有焉、 余以原請之開地莫便焉、便買牛馬一也、 通財交易有無二也、諸国人馬、 馬輻湊澆糞不乏三也、 売秣飲食及宿人馬民得利四也、民由此成家開田圃五也、 立撲買課諸国来者六也、然而未得稟准 (解読) 金谷原 金谷原周 (まわ) り数十里、 樹芸 (じゅげい) に宜しからず。古来、 閑地 (かんち) たり。 諸州に牛馬市有り。 遠州には 無有 (むう) なり。余、原を以ってこれを請け、 地を開く、 便 (べん) なきや。   牛馬を買う便、この一なり。 ...

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(47)半左衛門善行

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  「蕉園涉筆(解読版)上」の表紙 2026.9.2 夕方、 河村泰子先生のお通夜に行ってきた。御主人は金谷郷土史研の前会長で、「現在、自分があるのは河村先生のおかげです」と話した。 さて、今日、 「 蕉園渉筆(解読版)(上)」の冊子化が完成した。ブログで紹介したものの大部分が収まることになるが、冊子化までには、あちこち訂正を加えた。このあと、 (中)、(下)と三冊で終わる。およそ3分の1くらい終わったことになる。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 半左衛門善行 波津邑、半左衛門家世里正、邑額三百余石、 皆其所有也、民家僅三十戸、 無尺寸之田、 寛政年、半左衛門留二百石余、分与於三十戸、 由此民挙励農事、 為部下第一之富邑、歴三十年 今戸数二百余家、男女九百余口云、 半左衛門死已数年、 子繁左衛門亦能教諭邑民、甲申冬具父子及邑民之状、 聞于 太公、公大感行賞賜、各有差、以励各邑 (解読) 半左衛門善行 波津邑 (むら) 、半左衛門、 家世 (かせい) 里正 (庄屋) 、邑 (むら) 額三百余石、 皆その所有なり。民家僅か三十戸、 尺寸 (せきすん) も無きの田、 寛政年、半左衛門、 二百石余を留どめ、三十戸に分け与え、 これにより、民 挙 (こぞ) って農事に励む。 部下 (ぶか) として第一の富む邑 (むら) 、三十年を歴 (へ) て、 今、戸数二百余家、 男女九百余 口 (くち) と云う。半左衛門死に已 (すで) に数年、 子、繁左衛門、 また能 (よ) く 邑 (村) 民を教え諭 (さと) す。甲申 (文政七年) 冬、父子具 (そろ) って 邑 (村) 民の状 (書状) に及び、 太公に聞こえ、公、大いに感じ 賞賜 (しょうし) を行う。 各 (おのおの) 差あり、以って各 (おのおの) 邑を励 (はげ) ます。 (語注) ※ 家世(かせい)➔ 代々続いてきた家柄。 ※ 尺寸(せきすん)➔ ほんのわずかの長さや広さであること。 ※ 部下(ぶか)➔ 支配、管轄下の地域の内部。部内。 ※ 口(くち)➔ 人数。人口。 ※ 賞賜(しょうし)➔ 功績などを賞して物を与えること。 (続く)

【活動の記録】と【読了図書】8月1日~8月31日

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サフランモドキ 年に何回も一斉に花を付ける どうやら球根が雨でしっとり濡れると 一斉に花芽を出すらしい 2026.9.1 今日から早くも9月である。夜、金谷宿大学教授会。発表会と来年度の諸手続きについて。今年度が始まったばかりの気がしていたら、もう来年度の話か。時間の経つのが恐ろしく早い。 8月の 【活動の記録】と【読了図書】を記しておこう。   *******************************************************    【活動の記録】 8月1日    午後、 金谷郷土史研、「竹下村誌稿」講演会、第2回。 8月2日    夕方 、竹下6班、会合 。 8月7日    午後 、 駿河古文書会。 8月8日    午後、「静岡の考古学と歴史」講座。 8月11日   午後 、 駿河古文書会基礎コース(講師)。 8月12日   午後 、まきのはら塾「古文書解読を楽しむ」 講座(講師)。 8月13日   午後、 掛川古文書講座受講。 8月15日    午前、 金谷宿大学「古文書に親しむ(初心者)」講座教授。         午後、金谷宿大学「古文書に親しむ(経験者)」講座教授。 8月21日   午後 、 駿河古文書会。 8月22日   午後、 金谷郷土史研、「竹下村誌稿」講演会、第3回(講師)。 8月23日   午前、 大代、河村家訪問。 8月25日   午後 、 駿河古文書会基礎コース(講師)。 【読了図書】 読書:「 街道をゆく30  愛蘭土紀行Ⅰ 」  司馬遼太郎  著 読書:「 決裂 」  堂場瞬一  著 読書:「 街道をゆく30  愛蘭土紀行Ⅱ 」  司馬遼太郎 著 読書:「 街道をゆく35 オランダ紀行 」  司馬遼太郎 著 読書:「 横浜共同租界 」  佐々木譲  著 【解読本】 現在作業中のもの   蕉園渉筆(漢文)       小島 蕉園著

「古文書に親しむ」の河村泰子先生の訃報

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2008-06-21 受講最初の日、 河村泰子先生 2026.8.31 今朝、静岡新聞の訃報欄で、河村泰子先生の訃報を知った。享年89歳。 20年前、河村先生の金谷宿大学「古文書に親しむ」講座を受講させて頂いたのが、自分の古文書解読の最初だった。 (この時のことを、その日のブログに書いている。最後に、その日の「かさぶた日録」を再録した。) あの頃、先生は70代に入ったかどうか、 自分は60代の初めで、まだ少し勤めを続けていた。 この時は一講座だけで、経験者も初心者も一緒であった。その後、何年か経って「初心者」コースも始められた。 受講してから8年経って、先生から、突然に「自分は2講座は無理になったので、経験者コースは、あなた あと やって」と云われた。当時、何でも頼まれたらNOと言わないことに決めていたので、あとさき考えずに「わかりました」と受けていた。 それから10年と少し経つが、人に教える立場になって、それが如何に大変な事かを思い知ることになる。何といっても受講者の誰よりも、講師が勉強しなければならないことに、気づいたのは後になってからであった。自分が今あるのは、あの時の先生の「 あなた あと やって 」の言葉だったと思う。 その4年後には、初心者コースも自分が受けて、先生は引退された。 先生が古文書に触れたのは、嫁いだ先に残された古文書を見たのが最初だったという。ただ何が書いてあるのか、ほとんど読めない。そこから、独学で古文書の勉強をしたと聞いた。そして金谷宿大学に講座を持つようになったという。 永い間有り難うございました。ご冥福をお祈りします。合掌。 ********************************** 2008-06-21 ブログ「かさぶた日録」より、最初の受講の様子 午後、金谷宿大学の「古文書に親しむ」という講座に出席した。毎月一回、年間10回の講座である。講習費用年4,000円を支払った。会社の先輩のMM氏がいて挨拶をした。講師は金谷在住の河村泰子氏。この講座では実際の古文書を皆んなで読み解いていくことを続けている。たくさんの人の目で見て行くと、判読できない文字が分かることもあるという。今年は新入生も入っていただいたが、特別に入門編というものもない。実戦の中で覚えて行くしかないようだ。 ただ、古文書を読み解く上での早見表の役割として...

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(46)本間蔚山

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  庭のデュランタ タカラヅカ、大きくなりすぎて 根元からバッサリ切り捨てたのだが 1年もしない内に新しく枝を伸ばして花を付けた 2026.8.30 今、 「 蕉園渉筆」を上中下、くらいに別けて冊子化しようと考えている。とりあえず(上)であるが、このブログで紹介した形が中心となる。とっつきにくい内容なので、写真なども入れて、楽しめるものとしたい。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 本間蔚山 下平川医生(本間二代)本間蔚山頗有利世之志、 隣邑上平川旱地、逐年困焉、 隔一山下平川水理甚便、 竊為隣邑謀、意匠已決、以費大而邑不給、歎息者久之、 里正来懇請数回、蔚山亦近時破産、不忍其懇請、 乃仮二百金劈山開渠通下平川水、 漑諸田畝民頼免古来之患、 蔚山之貧倍於往日云 (解読) 本間蔚山 (いさん) 下平川医生 (医者) (本間二代)、本間蔚山 (ほんまいさん) 頗 (すこぶ) る 利世 (りせい) の 志あり。 隣り邑 (むら) 、上平川旱地 (ひでりち ) で 逐年 (ちくねん) 困り、 一山 (ひとやま) 隔 (へだ) てた下平川、 水理 (すいり) 甚 (はなは) だ便 (べん) よく、 竊 (ひそ) かに隣り邑 (むら) のため 謀 (たばか) り 、 意匠 (いしょう) 已 (すで) に決め、 費 (ついえ) 大を以ってして、 邑 (むら) 給 (きゅう) せず。 歎息 (たんそく) はこれ久しく、 里正 (りせい) 来りて、数回 懇請 (こんせい) す。 蔚山また近時 (きんじ) 破産、 その懇請に忍 (しの) ばれず、 乃 (すなわ) ち、二百金 (二百両) を仮 (か) し、 山を劈 (さ) き渠 (みぞ) を開き、 下平川の水を通し、 諸 (しょ) 田畝 (でんぽ) を 漑 (うるお) し 、 民頼 (人々) の古来の患 (うれ) いを免ず。蔚山の貧 (ひん) 、 往日 (おうじつ) の倍になると云う。 (語注) ※ 利世(りせい)➔ 世の中に利益を与えること。世のためになること。 ※ 逐年(ちくねん)➔ 年々。 ※ 水理(すいり)➔ 地下水の通じる道筋。水脈。 ※ 謀る(たばかる)➔ ...

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(45)怪談/掛蘭

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着生蘭の一種、風蘭(フウラン) (ネットより) ただし、「掛蘭」が風蘭であった可能性は低い 2026.8.29 どこへも行かず、何事もなし。したがって、天気模様も知れない。冷房に頼っていると、今日の暑さ加減も分からない。これでは少しまずかろうと思うが‥‥‥ 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 怪談 雨宮廟令、中村斎宮、好怪談、所聞必記、 若 所疑名字所処其人不告者 不遠千里往窮之、積 年所致盈数十冊、 近梓其十一云、亦州之一奇人也哉 (解読) 怪談 雨宮廟令 (天宮神社) 、 中村斎宮 、怪談を好み、聞く所、必ず記 (しる) す。 若 (も) し疑しき所、 名字 (苗字) 、所処 (しょしょ) 、其人、告げざるもの、 千里を遠くとせず往き、これを窮 (きわ) める。 積年 (せきねん) 、 盈 (み) ち致すところ数十冊、近くその十一を 上梓 (じょうし) すと云う。 また州 (遠州) の一奇人なるかな。 (語注) ※ 怪談 ➔ 「事実証談」遠江国天宮神社神主、中村乗高が二〇年余の歳月をかけて採集した霊異記。 ※ 雨宮廟令(あまみやびょうれい)➔ 森の天宮神社神主。 ※ 中村斎宮(なかむらさいぐう)➔ 中村乗高神主。 ※ 積年(せきねん)➔ 積もる年月。長い年月。多年。 ※ 上梓(じょうし)➔ 書物を出版すること。( 梓(あずさ)は 印刷用の版木。 ) (原文) 掛蘭 掛蘭都人所罕観、遠州山中処々有焉、 嘗看岡豊洲所齎帰対州山中之種花之香之深夐別、 不知今殖否 (解読) 掛蘭 掛蘭 (かけらん) 、 都人 (とじん) 罕 (まれ) に観る所、遠州山中、処々に有り。 嘗 (かつ) て、岡豊洲が齎 (もたら) し帰ったところの、対州 (対馬) 山中の種を看 るに、 花の香りの深く 夐別 (けいべつ) なり。今、殖 (ふ) やしたか否かを知らず。 (語注) ※ 掛蘭(かけらん)➔ 着生蘭。樹木の幹・枝・岩肌に根を張って生きる蘭。 ※ 都人(とじん)➔ 江戸に住む人。都に住んでいる人。 ※ 夐別(けいべつ)➔ はるかに異なる。格別である。 (続く)