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高市自民党が大勝した日、パソコンが壊れた

2026.2.16 高 市自民党が大勝した日、パソコンが壊れた。総選挙の感想でも書こうかと思ってパソコンを立ち上げようとしたところ、立ち上がらない。息子に話しても、マザーボードが壊れたのだろうというだけ。十何年か毎日使用したのから、よく持った方であろう。次の日にパソコンショップに行く。ソフトが古すぎるから、データーはどうなるか判らないなどと、おどされた。現金なもので、新しく購入するというと、データーの移行もやってみると、請け合ってくれた。 今はパソコンも今値上がりしていて、20万円の出費であった。更新作業に一週間かかるといわれ、何とか早くお願いしたいと頼んで、四日目に出来上がってきた。何とか設置して使おうとしているが、今までと勝手が違って、なんとも使い辛い。慣れるまでにはしばらくかかりそうだ。 この四日間、自分が何とパソコンに依存して暮らしていたかを思い知らされた。パソコンがなければ何も始まらないのだ。水曜日はまきのはら塾の古文書講座だったが、資料ができずに四方山話で済ませ、その分2週間後に講座を行う事にした。木曜日は掛川の古文書講座受講、金曜日は静岡の 古文書講座受講、いずれも予習は出来ずに受けて、復習もできなかった。 幸い、冬季オリンピックを日永テレビ観戦をして過ごした。日本はメダルラッシュで、間もなく今までの冬季大会での記録を破りそうだという。 そうそう、高市自民党だが、高市人気と敵失で、誰も想像していなかった大勝となった。勝つとは予測はしていたものの、ここまでとは思わなかった。面白いもので、高市人気は、高市総理を一言でも批判すると、批判した党の票を減らすのである。これだけの国民の期待を受けて、高市総理も大変である。 写真の撮り込み方がわからない。ただいま研究中。 

パソコンが壊れて

  パソコンが壊れて入れ替え、復旧に今日までかかった。勝手が違ってまだまだ戸惑っている。今までの調子が戻るには、少し時間が掛かりそうである。

まきのはら塾「古文書解読を楽しむ」、ミニ講座を実施

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まきのはら塾「古文書解読を楽しむ」講座 発表会展示   2026.2.7  今日、明日は、まきのはら塾発表会で、会場の相良総合センターのい~らに詰めることになる。10時過ぎに会場に行き、「古文書解読を楽しむ」講座の展示コーナーに詰めた。 会場は段々見学者が増えてきたが、なかなか古文書コーナーに足を止めてくれる人が少ない。興味を持ってくれる人がいれば、体験教室のことを案内して受講してもらおうと待ち構えるも、難しい。お昼までに一組の夫婦のみ体験講座を受けてくれることになった。 体験教室案内展示 午後1時から一時間、体験講座を実施した。聞いてくれたのは、講座の現受講者が賑やかしに三名参加してくれた外は、その夫婦二人だけで、五人の受講者に一時間、古文書解読の話をして、喜三太の記録「はしがき」を読んだ。  何とか夫婦連れの女性の方が興味を持ってくれて、受講の申し込みをしてくれそうであった。それでも、10人や20人受講者あるだろうと、資料は30部用意したが、期待外れであった。 一つには、一時間と限ってのミニ講座のやり方が、塾側にも理解がなくて、体験教室にくれば、講座で何をするのかを、随時説明してくれるという方式としか、塾側でも理解していなかったようだ。従って、ミニ講座の放送案内もされずに、宣伝が行き届かなったと反省している。ミニ講座を終えて出て来たところ、聞いてみたいと思っていた方だろう、「古文書講座があったようで、終わったみたい」との声も聞こえて来た。  来年、もしやるならば、塾側ともよく話して、ミニ講座と体験教室の違いを理解してもらい、案内放送をしてもらうなど、人集めの方法を考えなければなるまい。 ともあれ、今は一仕事終えてほっとしている。 

静岡市から牧之原市へ多忙な一日

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    相良総合センター い~ら 2026.2.6   昼食に、少し早めに自作のトマトスパゲティを作って食べ、静岡へ向かう、今日は駿河古文書会の日で、二時から四時までは、静岡城北公園内の静岡市立中央図書館の会議室で、講座を受講する。 今日の課題は幕末の島津久光の奉書など、牧之原市の方が書き写したもので、コピーの状態が良くない上に、細かい文字でいつもより沢山ある。講師も大変苦労されたようであったが、講座のテキストにはふさわしいものとは思えなかった。少なくともしっかり読めば意味が理解できるものでなければ、勉強する甲斐がないよう思える。色々と意見を出したくても、答えが出ないようなものでは、意見の出し様がない。つまりは、こういう講座のテキストには相応しくない課題に思えた。 自分なら決してテキストには選ばない古文書である。もっとふさわしい古文書を探す努力が必要かと思うがどうだろう。静岡から少し離れれば、例えば、焼津、藤枝、島田などには、まだまだ読まれていない古文書はたくさんあると思う。講座のテキスト集めの作業が必要なのではなかろうか。 そんなわけで、4時には10~15分残して終わる古文書会が、終わって時計を見たら、4時10分を過ぎていた。大変だ、牧之原市の相良総合センター「い~ら」には人を待たせている。 慌てて、車を出し、東名を静岡から牧之原へ走り、牧之原から相良のい~らまで、とばしたがけれども、ほぼ一時間かかってしまった。約束は4時半から5時の間が、5時10分を過ぎてしまった。 まきのはら塾の発表会が明日、明後日にあるため、「古文書解読を楽しむ」講座の展示を手伝ってもらうべく、二人の受講者に声をかけていた。長く待たせてしまったが、帰らずに待っていて頂いた。展示はお蔭で30分ほどで終わった。ありがとうございました。 家に着いたのは午後6時をかなり回っていた。久しぶりにこんなにバタバタとした。歳を取るとこれだけのことでも、身体に応える。だが、まだまだ、 明日は展示と一時間の体験講座が待っている。

自分古文書(16)遠江三十三観音巡礼(23)最終回

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佐束山岩井寺 2026.2.5     この土日と、まきのはら塾発表会で、展示と体験講座の準備に今日まで掛かった。明日は駿河古文書会で、終わり次第、東名で牧之原へ走り、展示をして土曜日に備える。忙しくなるので、今日午後、衆院選の期日前投票を終えて来た。 *******************************************************************  遠江三十三観音巡礼は今日で終わりだが、このメンバーで、今度は東海道を歩くことになる。   【歩程】第三十三番‐岩井寺へ、北へ4.5キロ バス道には出ないで、田畑の中の道を迷って遠回りしながら歩く。掛川市との町境にトンネルがあった。トンネルを抜けると、春の立山バス登山道の雪壁のように、道路の両脇が激しく迫り聳えた、カーブした道に出た。壁は落石防止のためコンクリートが吹きつけてあって自然の谷ではないのだが、異様な光景に皆で記念写真を撮る。 岩井寺は里から少し登った山の上にあった。山門が赤く塗られた装飾的な建物で、江戸時代のものに思えた。後で聞くに創建後300年経つという。 第三十三番 真言宗 佐束山 (さづかざん) 岩井寺 ( がんしょうじ)       山高き 峰のいおりに すむ人は 雲にはつせの 風をまつらん 【本尊】如意輪観世音菩薩 【所在地】掛川市上内田岩井寺 案内を請うと、出てきた老婆がご朱印を押してくれる。美味しいお茶を勧めながら、「住職が亡くなったばかりで、今日で二 タ 七日・・・・」と話し始めた。90歳でさすがに外へは出ることはなくなっていたが、お寺では直前まで元気にお勤めをしていた。この十四日には檀家葬が予定されている。息子は勤めがあって掛川に住んでいるが、来年三月に定年で戻ってきてくれる。もう少し生きていてくれたら良かったのだが。今はひとりで・・・・、と話しながら涙を流す。寂しさに我々のような通りすがりの訪問者にさえ、そんな話をしてしまう。そんな気持ちが痛いほど分かった。 住職は小夜の中山の久遠寺の住職を兼ねていたが、最近はほとんど向こうのお寺には行かなかった。昔はバスを乗り継いで、トンネルの所から久遠寺まで歩いて登ったものだ。住職を兼ねてから長かったから、檀家葬には中山からも沢山来てくれると思う。...

自分古文書(16)遠江三十三観音巡礼(22)

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  今滝寺、現在のイヌマキの山門 (ネットより拝借)   2026.2.4    まきのはら塾「古文書解読を楽しむ」講座の展示物の準備で一日忙しかった。  今日は 遠江三十三観音巡礼の最終日である。前回から一ヶ月と少し経っている。   巡礼団天ざるで完歩打ち止めを祝う    遠江三十三観音巡礼⑩ 第三十二番 今滝山今滝寺 ~ 第三十三番 佐束山岩井寺 日 時  平成六年十二月三日(土) 天候 晴れ季節風強し 今年も暖冬模様の中、今朝は北風が強くて冷えるとの予報に、セーター1枚余分に着込んだ。いよいよ今日が遠江三十三観音巡礼の最終日となった。一年掛からない予定が約二年掛かってしまった。その間いろいろなことがあって、しかし四人とも何とか今日を迎えることが出来た。打ち上げをどこでやろうとそんな話題は楽しい。 駅裏の長光寺に花輪が沢山並んでいる。O製材所の社長さんの葬式だと聞く。会長さんはいつも良い姿勢で散歩しているのを見掛けていたが、亡くなったのはその息子さんだという。最近逆縁の例を良く耳にする。長寿社会は意外と危ういのかもしれない。 鈴さんが散歩ラリーで買った金谷宿の木札をナップサックに付けている。300円もするなら印刷ではなく焼き印にするべきだと話す。 掛川駅直前で鈴さんが集印帳を忘れたと言い始めた。かつて自分にも一度前科があり、その折は運良く最初のお寺で買い求めることが出来た。バスは出たばかりで待ち時間もあったので、コピーを取ろうということになった。 緑の窓口で暇そうにしている若い駅員にコピーを頼んだところ、迷惑そうな顔をする。どこか近くにコピーをしてくれる所はないか、と質問を変えると、コンビニに行けば良い、と即座に返事が返って来た。コンビニとは思いつかなかった。若い人達にとっては常識なのだろう。世代の差を感じる。駅前のローソンに行くと、コピー機が生憎と故障だった。駅裏にセブンイレブンがあると聞き向かう。「これっしか処」で再度聞くと日産レンタカーを紹介してくれる。駅前広場の向かい側の店先に「コピーサービス」の看板もあった。一枚と知るとサービスにしてくれた。お蔭で更に一バス遅れて二〇分待った。今日も前途多難を思わせる出来事であった。 【歩程】第三十二番 - 今滝寺へ、西へ2.2キロ 大東北公...

ミニ講座のテキストを作成

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  ミニ講座テキストを作った  2026.2.3 この2月と3月に、まきのはら塾、金谷宿大学ともに、講座の発表会がある。今年は、まきのはら塾でも、ミニ講座を開くので、今日はミニ講座共通のテキストを作った。今年は趣向を変えて、来年度、三講座に分けて、140ページの及ぶ「喜三太の記録」を読み上げる計画を立てているので、「喜三太の記録」の「はしがき」をミニ講座で読んでみようと思った。 このはしがきは、内容は難しいことは書いてないが、変体仮名が多用された文になっている。「喜三太の記録」の本文は普通の古文書なのだが、喜三太さんはおそらく勉強された方なのであろう。見事に変体仮名を使いこなして、はしがきが書かれている。初めての人にこれをぶつけるのはどうかと思ったが、難しい分、誰でもわかるように、テキストに工夫を凝らしてみた。これで、初心者でも変体仮名混じりの文を読んでもらえそうか、試しにやってみようと思う。 喜三太さんは江戸時代の末期、金谷宿の商家の次男坊だったが、掛川の各和村の主だった農家に婿に行く。昔は村方三役には、読み書きが出来なければ、いくら家柄が優れた大百姓でも、庄屋(名主)、組頭、百姓代の三役には付けない。喜三太さんは読み書きができる所から、婿さんに選ばれたのであろう。時を置かずに、各和村の組頭と百姓代を兼ねる役に付いている。  村では日照り、蝗害、塩害、など農業の苦難が訪れる。火事や地震や大風(台風)などの災害も起きる。役人からは幾つも御触れが出される。それらをつぶさに記録していて、当時の百姓たちの暮らしが知れて、大変に興味深い。 ****************************************************************** 昨日、会社時代の同僚だったTさんの訃報に接した。昔から心臓が悪くて、ペースメーカーを付けていると聞いたことがある。享年は77歳だと改めて聞いた。お葬式には出ないけれど、冥福をお祈りします。