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自分古文書(20)ファミリー山行(11)経塚山(2回目)

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近所の排水溝の土手の向こう側に 何やら球根がいくつも見えた 一月半ほど前には、ヒガンバナが咲き誇っていたところだが 幾つか芽を出し始めてい る   秋に花を咲かせ、花が終わってから芽を出す 外の草花とは真逆である そこが彼の生きる場所なのだろう しかし、冬を迎えるに、球根が露出していて大丈夫なのか 2026.11.04 アメリカの中間選挙、上院、下院ともに、民主党が過半数を取り、共和党は大敗した。さて、この後、トランプ大統領はどう動くのだろう。80歳、自分より三日後れのトランプ大統領、任期もあと二年、もう金儲けは要らないだろう。   「 ファミリー山行 」の続きを載せる。 *********************************************************************** ファミリー山行  (11) 経塚山(2回目)  669.9m ー  神尾山北側の展望台を発見   ー 月 日   昭和58年11月23日(水) 天 候   快晴、風なく暖かい。 同 行   長男 行 程   金谷( 13:00 )【マイカー】 ➡ 地蔵峠( 13:20 ) ➡  神尾山(14:15) ➡    経塚山山頂( 15:00) ➡  地蔵峠( 16:00 ) 【マイカー】 ➡  金谷( 16:20 ) 感 想    午前中にサッカーの練習を終えた長男を連れて、神尾山から経塚山へ 出かける。地蔵峠に車を置き、勝手を知った道を登り始める。下って来 る夫婦と子供2人の家族と挨拶を交わし一息に登る。所々にリンドウの 紫が見られる。長男は元気について来る。経塚山との分岐より随分手前 に、笹藪を切り開いた道があり、それを北へ20m程入ると送電線鉄塔の 下へ出る。斜面の茅が広く刈り取られ、北側の展望が開けていた。福用 の集落から川根筋の山々が見える。前回の時は気付かずに通り過ぎた所 だ。左手には経塚山から八高山へ尾根が続いている。 元の道に戻り、一担鞍部へ下りて次の鉄塔へ尾根を伝って行く。そこ からは南東の展望が素晴らしい。しかし今日は前回よりやや霞んでいて 富士山もかすかに判別出来る程度である。 来た道を引き返し、経塚山への分岐から経塚山を目指す。始めはイバ ラに悩まされたが、すぐに快適な林間の尾根道を伝う。こ...

自分古文書(20)ファミリー山行(10)高草山(2回目)

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ご近所のシロヨメナの群 落 2026.11.03 アメリカの中間選挙、今日投票で、明日には結果が出る。民主主義の理想形として、世界から憧れをもって見られていたアメリカが、トランプ大統領によって、すっかり変わってしまった。アメリカが、ロシア、中国、北朝鮮のならずもの国家に数えられてしまうのか。アメリカの有権者の見識が試されている。 「 ファミリー山行 」の続きを載せる。 *********************************************************************** ファミリー山行  (10) 高草山 501.4m (2回目) ー  冠雪の白峰三山を遠望   ー 月 日   昭和58年11月20日(日) 天 候   快晴、風はほとんどなく暖かし。 同 行   義父・妻・長女・次女 行 程   金谷( 10:15 )マイカー  ➡ 石脇( 10:45 ) ➡   高草山( 12:15~13:45 ) ➡  石脇( 15:00 ) マイカー ➡  金谷( 16:00 ) 感 想    昨年、11/21 長男と長女を連れて登った山で、2度目である。 今回は 石脇の登り口までマイカーで行く。見覚えのある登山道を辿る。茶畑の 中の南に面した山道は風も無くて大変暖かだ。次女は所々に急坂があ って大変かと思われたが、それほど苦もなく登る。妻は手を引きた がったが、一人で歩かせるようにさせる。 頂上には今年も静岡の50~60人の一団が昼食中であった。昨年よりも 空気が澄んでいるせいか、富士山も良く見え、南アルプス白峰三山が雪 を頂いて遠望された。北西の方向には左から粟ヶ岳・タケ山・八高山・ 千葉山などお馴染みの山々が霞んで見える。そのはずでそれらの山々か らは必ず高草山が見えたのだから。尾根を北へ50m位行くと三角点があ り、『ラバウル航空隊戦没者の慰霊碑』があった。昨年はここまで足を 延ばさなかった所だ。さらに北へ尾根伝いの道が続いていた。いつか辿 ってみたい道である。 下りは調子良く下ったが、登りよりも南寄りの道を下ってしまった。 しかし、こちらの方が道はよく、麓へ下りたら車まで少し歩かねばと思 っていたところ、登山口の奥の林叟院へ下って来た。途中、蜜柑畑にカ ラスウリが沢山あり、蜜柑泥棒と間違われないよう...

自分古文書(20)ファミリー山行(9)石谷山

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山名由来の「びく石」、ちなみに「びく」は  「出家得度して具足戒ぐそくかいを受けた男子。修行僧。」 尼さんを比丘尼(びくに)というが 尼さんをびくと誤用することが多いという。 2026.11.02 午後は雨、静岡の「大道芸」も雨にたたられているのだろうか。女房が雨戸を早く閉めてしまったので、当家は随分夜の訪れが早い。 「 ファミリー山行 」の続きを載せる。 *********************************************************************** ファミリー山行  (9) 石谷山 (びく石) 527m ー  次女、初山行に少し愚図る   ー 月 日    昭和58年10月23日(日) 天 候   くもりのち晴れ。 同 行   妻・長女・次女 行 程   金谷( 9:35 )マイカー  ➡ 市之瀬( 10:40 ) ➡    石谷山山頂( 12:00~13:20 ) ➡  市之瀬( 14:30)マイカー  ➡   金谷自宅( 16:00 )   感 想    妻、次女(5歳)とは初の山登りである。長男はサッカーで同行出来ない。僕自身、7月の白馬岳以来の山登りである。8月の氷ノ山は台風、 9月の倶留尊山も雨、10月の山伏も雨、といずれも雨にたたられ中止し ている。今日は来週予定の山伏の足慣らしである。びく石はダイラボウ 伝説のある山で、一度登ってみたいと思っていた山である。 車を市之瀬の茶工場の側へ駐車、吊り橋を渡って山道に入る。沢に沿 った林間の道、沢を渡る度に小さな木の橋がある。次女は恐いとその 度に立ち止まる。這いずって渡ったり、なだめすかして渡らせたり、前 途多難である。疲れを感じるあたりに木のベンチがあり、その度に休憩 しながら、次女のペースに合わせて登る。長女は高草山に続いて、山 道から外れ、花摘みに行く。暗い杉林を抜け水場を通りススキを分けて行 くと、右手に見上げるような大岩が3つも4つも聳えている。どの岩に も苔と蔦がびっしり生えている。その鼻を廻るとすぐ頂上だ。 山頂は広いが大岩がごろごろしていて、ダイダラボッチが琵琶湖から富士山 に運ぶ途中に落とした岩だとの伝説がある。山頂には子供を含めて20~ 30人の登山者がいた。岩と遊び、ゆっくり昼食後...

【活動の記録】と【読了図書】10月1日~10月31日

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庭のサルスベリも落葉  先日まで白い花をいっぱい付けていた サルスベリ早くも落葉と 季節が飛ぶように過ぎてい く 2026.11.1 11月、今年も残す所2ヶ月である。10月もあわただしく過ぎて行く。 女房が別の冷蔵庫に入れていたご飯があって、堅くなってしまったというので、それでは粥にしようと、鍋に入れ、水を加え、サツマイモと塩昆布を細かくして入れ、堅くなったご飯を砕きながら、温めて粥にしようと、人生で初めての粥造りをした。ご飯は砕くと米粒が周りに飛び散るほど固くなっていた。作り方がこれで良かったかどうか。 仕上げに味が塩昆布だけでは薄いので、塩を少し加えて完成である。まあ、何とか食べられるくらいにはなって、夕飯に食べた。 お米は高くなって無駄には出来ない。ちなみに、今日夕方、買ってきた米は、5キロで、2590円だったか。それでも随分値下がりした。 10月の【活動の記録】と【読了図書】を記しておこう。  *******************************************************   【活動の記録】 10月2日    午後、 駿河古文書会出席。 10月10日   午後、「静岡の考古学と歴史」講座受講。 10月14日   午後、まきのはら塾「古文書解読を楽しむ」講座(講師)。 10月16日   午後、 駿河古文書会出席。   10月17日   午前、金谷宿大学「古文書に親しむ(初心者)」講座教授。         午後、金谷宿大学「古文書に親しむ(経験者)」講座教授。 10月21日   午後、金谷郷土史研定例会。 10月24日   午後、金谷郷土史研、 「竹下村誌稿」講演会、第5回(終)。 【読了図書】 読書:「 御林守河村家の歴史 」  河村隆夫  著 読書:「 明鏡 東京湾臨海署安積班 」  今野敏  著

自分古文書(20)ファミリー山行(8)経塚山

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裏の畑のピラカンサスの実 植えたわけでもないのに、大きく育ち 我が物顔に実を付けている   2026.10.30 先日、吉田の古本屋Tさんから借りて来た書簡を、漸くコピーし始めた。一通でB4に二段で2ページになった。画像の加工をし始めたが、慣れた加工ソフトは、前のパソコンとともになくなってしまったので、新しいやり方を見つけ、更にそれに慣れるために半日かかって、漸く一通だけ加工出来た。 早速解読をしてみるが、駿河の田中城から千葉までどのように移動して行ったのか、知れて大変興味深い。これは歴史に1ページを加える価値があるかもしれない。ただ10数通ある書簡を同様の処理をするかと思うと気が遠くなる。まあ、コツコツとがんばろう。   「 ファミリー山行 」の続きを載せる。 *********************************************************************** ファミリー山行  (8) 経塚山  669.9m ー  4時間、単独、スピード山行   ー 月 日   昭和58年2月27日(日) 天 候   快晴、風はなく春近しの感あり。 同 行   なし、単独 行 程   五和駅( 7:47 ) ➡ 神尾駅( 7:54 ) ➡  地蔵峠( 8:10 ) ➡   神尾山との分岐( 8:55) ➡  福用との分岐( 9:05) ➡    経塚山山頂( 9:25~9:40) ➡  福用分岐( 9:50 ) ➡ 神尾山分岐( 10:05 ) ➡   神尾山(10:23) ➡  神尾山下鉄塔( 10:30) ➡ 林道( 10:45) ➡   長者ヶ原( 11:15 ) ➡  自宅( 11:50) 感 想    O さんが午後来るので、午前中で行って来れる経塚山へ挑戦する。 神尾の駅から登って、長者ヶ原経由、自宅まで4時間で歩こうと思う。 スピードを要するので、初めて単独行とし、三脚を持った。 神尾駅のすぐそばから地蔵峠への登りに入る。登り始めて間もなく、 崖崩れで道が無くなっていた。そのまま急斜面の杉林を直登する。15分 で県道へ出る。地蔵峠の少し手前で切り割り道路が出来、登り口はその 北側にコンクリートの石段から始まった。 急登にややへばりが来る。先程の道な...

自分古文書(20)ファミリー山行(7)千葉山

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ファミリー山行の千葉山、道端で出会った 小さな黄色い花、キジムシロ   2026.10.30 明石在住のいとこの一人息子、家族はおらず、一人暮らしで、今日の電話では頸椎がゆがんで、しびれが出るようになり、老人施設の空き待ちをしていると聞いた。自分より8才も若いのに、つらいことだと思った。 いつからか、自分より若い人との付き合いを、心がけているつもりだけれども、自分より若い人たちが、先に人生のゴールを迎えるのを見るのは、これも辛いものである。 「 ファミリー山行 」の続きを載せる。 *********************************************************************** ファミリー山行  (7) 千葉山  478m ー  『千葉の十本杉』揃い踏み   ー 月 日   昭和58年2月20日(日) 天 候   晴れ、風強く寒し。 同 行   義父・ 長男 行 程   金谷( 9:25 )【マイカー】 ➡ 天徳寺登り口(丁仏参道)( 10:08 ) ➡   千葉山門前( 11:20 ) ➡  智満寺( 11:45~12:45 ) ➡ 千葉山山頂( 13:04 ) ➡   智満寺( 13:30 ) ➡  後畑分岐( 13:50 ) ➡  どうだん原(14:06~14:20) ➡   柏 原( 15:00~15:10) ➡  千葉山ハイキングコース登り口( 15:30) ➡    横岡( 16:30) 感 想    第1級寒気団がやって来ているため、妻・長女・次女はリタイ ヤー。その代わり、天徳寺まで車で送ってくれる。義父の覚えで天徳寺 よりいきなり尾根へ、急な登りである。風邪気味で全身がだるくきつい。 尾根へ出た所で丁仏参道に合流する。一丁毎に地蔵仏が続く。『天保』 年号も見えるから古い千葉山への参道である。気持の良い尾根道が農道 に合流し、さらに尾川からの舗装道路と合流すると、間もなく千葉山智 満寺の門前に出る。地蔵仏は33番まで続いた。 門前の岩本商店で甘酒をいただき、しばし休憩。古い急な石段を一息 に登る。茅葺きの仁王門・中門をくぐり、本堂をカメラに収める。お寺 の法事で千手観音などの見学は出来なかったが、歴史を感じさせるお寺 だ。庫裏へ行く途中に天然記念物の大銀杏...

自分古文書(20)ファミリー山行(6)湖西連峰

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神石山から浜名湖の風景 もっとも最近の写真(ネットより) 2026.10.29 この約一年に制作した「解読一般向け冊子」11冊を、大学の時の友人二人、及び明石在住のいとこ(故人)の息子に、レターパックで今日送付した。いずれも古文書解読の経験のない、ただ歴史には興味がありそうな人たちである。読んでくれるだろうか。 「 ファミリー山行 」の続きを載せる。 *********************************************************************** ファミリー山行  (6) 湖西連峰 426.9m ー  おわりは藤蔓の輪で汽車ごっこ   ー 月 日    昭和58年2月6日(日) 天 候   午前中快晴、午後やや雲が出る、風が少しあるが当たらねば暖かし。 同 行   義父・ 長男・長女 行 程   金谷駅 ( 8:18 ) ➡  新所原駅 ( 9:37~9:40 ) ➡  湖西連峰入口 ( 10:00 ) ➡     嵩山(169m) ( 10:40 ) ➡  梅田峠 ( 11:00 ) ➡  仏岩 ( 11:20 ) ➡   第2鉄塔 ( 11:35 ) ➡  神石山(324m) ( 12:00~12:45 ) ➡    多米峠 ( 13:35~13:40 ) ➡  400m ピーク ( 14:05 ) ➡  石巻分岐 ( 14:25 ) ➡    富士見台(415m) ( 14:50 ) ➡  割れ岩 ( 15:10 ) ➡  426.9mピーク ( 15:20 ) ➡    浅間神社 ( 15:35 ) ➡  本坂峠 ( 15:45 ) ➡  本坂バス停 【バス】( 16:20 ) ➡   三ヶ日車庫前 【バス】 ( 16:40 ) ➡  浜松駅( 18:05~18:20 ) ➡    金谷駅( 19:05 ) 感 想   今日は愛知県との県境の山、湖西連峰に挑む。快晴だが霞のかかった ような天候であまり展望は期待出来ない。新所原駅の駅頭から見ると、 それほど高くない山並みが続いている。 一番手前の鞍部に向けて雑木の道を登る。林道を横切って踏み跡を辿 るうちに不明になる。沢の方へ下...