自分古文書(2)「赤い発光体」5
2025.7.25
朝、磐田のOさんと掛川図書館で、午後1時待ち合わせの約束をした。12時40分頃に着いたら、図書館が休館で駐車場にも入れなかった。そして、スマホを忘れたことに気付いた。今日はスマホを持たねばと思いながら、忘れてしまった。スマホを持つ習慣をつけていないと、必要な時にこういう事態になる。
駐車場入口の路上に車を止めて待った。途中、駐車場の出口も気になって、出口にも行ってみた。業者のトラックが一台止まっているだけで、Oさんの車は見当たらなかった。また駐車場入口に戻って、1時まで待ったが、諦めて家に帰った。
家にはOさんから電話が来ていた。何度か電話を貰っていたようで、電話を掛けて聞けば、業者の車と思って見過ごしたのがOさんの車だった。30分以上待ったという。まことに申し訳ないことをした。「スマホ不携帯」と「思い込み」、二重の失敗であった。待ち合わせはまた後日にしたが、Oさんは怒っているのだろうなぁ。
気を取り直して、自分古文書「赤い発行体」の第5回である。
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赤い発光体 5
「だいぶ酷いね。そうだいいものがある」
ナップサックを混ぜ返して、底からマーキュロクローム液を出して、側に置きながら言った。
「これを塗ってあげて」
「用意がいいわね」
終始、心配そうに見ていた『ヤッチャン』が、覗き込んでいた視線を私の方へ移して、マーキュロクローム液を取りながら言った。
「僕はめったに怪我はしないんだが、いつも母が用心のためと言って入れて置いてくれるんだ」
私は彼女たちに遠慮して、少し距離を置いた所で、崖の方を向いて坐った。もう用事はないのだが、マーキュロクローム液を貸しているからという口実で、崖下を眺めて待った。
崖の下には背の低い雑木林が広がっていた。雑木林は向こうほど低くなって、向かいの山との間に谷を成していた。中腹の一ヶ所からは、炭を焼くのか、煙が一筋昇っている。
彼女たちの騒ぐ声が聞こえて来た。
「痛い!もっとそっとしてよ。いっ、痛い!」
「辛抱しなさい。あなたが悪いのよ。下をよく注意しないで、上の方にばかり気を取られているから、落ちたりするのよ」
「あら!あなただって見ていたじゃない。私がたまたまこっちに居たから落ちたのよ。反対だったら、あなたが落ちているところだわ。少しは私に感謝しなさい」
「まあ、いいからいいから。さぁ塗るわよ」
「痛い。いたたた」
「まだ塗ってないよ。大袈裟ねぇ」
彼女たちが気にしていた上の方に視線をやると、四角錐の櫓の上半分が樹木の上に見えた。
どうやら治療が終わったらしく騒ぎが静まった。振り返って見ると彼女の白い足を赤いマーキュロクローム液が丸く染めている。それはちょうど青空に翻る日章旗を連想させた。『白地に赤く‥‥‥』という童謡を思い出して、何か心楽しくなって来た。ほんの少し前にあんなに苦悶していたことなどすっかり忘れてしまっていた。あたかも、あの記憶とそれに伴う自己嫌悪がすっかり消滅してしまったかのようであった。
「終わった?」
「ええ、どうも有り難うございました」
『タカチャン』なる女学生は足をいたわるようにして、マーキュロクローム液を返しながら、にっこりと笑みを浮かべた。私は冷静を装いながら受取り、ナップサックにしまい込んで立ち上がった。
「それじゃ、気をつけて降りて下さい」
「あの、お名前は何とおっしゃるんですか。お世話になって、名前も聞かなかったなんて、母に叱られるから」
それは、大立ち回りの末、悪漢から娘を救った若武者になったような錯覚に陥らせる言葉であった。筋書きからすれば、若武者は名も告げずに去っていくのであるが、何か去り難い気持もあって、そうは出来なかった。ここに居るには名前を言う方が都合が良かった。
「井川康夫、××高校三年」と話すと、聞くまでもなく彼女たちもめいめいに自己紹介をした。怪我をした『タカチャン』は『杉原多賀子』といい、『ヤッチャン』は『橘八重』と言った。二人とも××女子高校二年だと話した。××女子高といえば五年程前に私の町を見下ろす高台に開校した新しい学校であった。その女子高校が出来たため、わが××高校の女子学生がぐんと減り、ほとんど男子ばかりの殺風景な学校に変わってしまったという曰く因縁があった。
(つづく)
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