自分古文書(2)「赤い発光体」6

” 赤い発光体 ”
(ネットから部分拝借) 
2025.7.31 

昨日の津波警報は注意報となり、その解除は今日まで掛かった。昨夜は興が乗って、一冊朝まで掛かって読み終えてしまった。だから、今日は一日、朝寝、昼寝で過ぎた。

自分古文書「赤い発行体」の第6回を載せる。次回で終りとなる。

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 赤い発光体 6

 いつか、彼女たちに別れの言葉を言ったことなどすっかり忘れて、側の草の上に腰を下ろしていた。彼女たちはよく笑い、よくしゃべった。話題は最初のうちは各々の趣味についてであったが、多賀子が読書が趣味だと聞いてから、いつか小説に話題が変わり、本を読んだときの感動などの話になった。八重は川端康成の『伊豆の踊子』を読んだ時、踊子の純情さに心を打たれたと言った。多賀子は谷崎潤一郎の『細雪』の、源氏物語を思わせる美しい流れるような文章が素晴らしかったと話した。いずれも公式通りの感想ではあったが、彼女たちの言葉に偽りはなかった。私も夏目漱石の『草枕』の非人情の精神に魅力を感じると語った。

 ふとしたことから先生の悪口へ話が落ち、わが校の男子と××女子高校の女学生の怪しげな噂から、映画俳優の顔の善し悪しの話に落ちてしまった。初めの内はよくしゃべっていた私も、話が落ちてくるにつれて黙りがちになり、ついに会話がぷっつりと途絶えてしまった。沈黙の後、気不味い空気を破るように多賀子が切り出した。

 「もうそろそろ下らなくっちゃ。井川さん!私、まだあんまり足が大丈夫じゃないんです。下まで一緒に降りてくれませんか」

 私は喜んで一緒に降りることを承知した。

 「降りるなら、頂上まで登って向こう側から下った方が良い。道もいいし距離も短いから」と私は櫓の方を指差して言った。

 案内すべく先頭に立って登る。多賀子も少し痛そうにしていたが、十分歩けそうであった。櫓の下で多賀子のためにしばらく休憩した。空はいつの間にか雲が無くなって、底が抜けているように深い。登ってきた方とは反対の、先程逃げ出そうと思った時使うつもりであった道が、そこだけ灌木の切れ目が出来て、ぽっかりと穴が開いているように見える。

 「さっ、それじゃあ降りようか」

 私は彼女たちが水筒からお茶を飲み終わるの待って言った。三人は穴に吸い込まれて行った。私が先頭に立ち、間に多賀子をはさんで八重が続いた。こちらの道にはほとんど熊笹が無かった。樹齢百年はありそうな木が鬱蒼と生えていて、薄暗い所もある。道は林の中を蛇行しながら降りて行く。私は登る時のように苦しまなくてすんだ。彼女たちと話しながら降りると、あの記憶も思い出す余地が無かった。

 孤独に苦しむ事も無かった。しばらく降りた所で八重が水筒を頂上に忘れて来たと言って騒ぎ始めた。

 「どこに忘れたんだい。僕が取ってくるよ」

 「いいわ。少しやっかいな所だから、自分で取って来る。ここでしばらく待っていてね」

 言い終わるか終わらない内に彼女は回れ右をして登って行ってしまった。私と多賀子は取り残されてつっ立っていた。二人になると、何かスムースに言葉が出なくなった。彼女を側の切り株に腰を下ろすように促して、自分も腰を掛けた。多賀子は足をぎこちなく曲げて坐った。

 「まだ、相当痛むんですか」

 「いいえ、そんなに」

 私は何か話題が無いかと意識的に捜した。

 「橘さんは活発で元気がいい人ですね」

 「ええ」

 彼女は相槌を打っただけで、私の期待したようには話に乗って来なかった。しばらく二人に沈黙の状態が続いた。また話題を捜さざるをえなかった。

 「今日は本当に散々でしたね」

 「でも落ちてかえって良かったかもしれないわ」

 「なぜですか」

 多賀子は答えなかった。遠くから名も知らぬ鳥の楽しそうなさえずりが聞こえて来た。彼女は視線を落とし、身をかがめて落ち葉を一枚拾い上げ、それを色々な角度から眺めている。落葉樹の葉ではなく、樫の葉のようであった。見上げると、太陽を遮っている樫の木の枝葉が逆光線のため影絵のように見える。その隙間からはきらきらと太陽光線が漏れ落ちている。地面は終局に近づいた碁盤の上のように白と黒のまだら模様が出来ている。そろそろどんぐりの出来る頃ではないかなと思い、捜して見るが、確認するには高すぎた。

 「あれは何という鳥かしら?」

 先程から他のどんな鳥よりも近くで意気揚々と鳴き囀っている鳥がいる。

 「メジロかな。ホトトギスではなさそうだしウグイスでは勿論ないし、僕には解らないなあ。それにしても橘さんは遅いですね」

 鳥についての無知を逸らすように話題を変えた。彼女はそれに答えず、

 「井川さん」と言った。そして何か続けようとしたが、黙ってしまった。

 「どうもお待ちどうさま」と言う声が背後で聞こえた。

 多賀子は八重の帰って来たのを見て口をつぐんでしまったのだと思った。

 何を言おうしたかを私に考える余裕を与えないように、多賀子は先程と同じ質問を、額に汗を浮かべ大きく息をついている八重に向かってした。八重は実に詳しかった。彼女はあの鳥はツグミ科のオオルリだと言った。オオルリは雀より少し大きくて羽毛の色が紫がかった紺色のいわゆる『るり色』をしているなどと説明した。

 その声に混じって、遠くの林からカナカナカナ‥‥‥とヒグラシが鳴き始めた。そろそろ日が傾き始めて夕方が近づいて来たのだ。

(つづく)

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