自分古文書(7)「死の閃光」(3)

 
ヒガンバナには白花も混じる(昨日の続き) 
 
2025.9.19  

今朝、3か月ぶりに涼しいと思った。いよいよ秋が来るのだろうか。

午後、一枚上着を持って、静岡の駿河古文書会に出席した。 

自分古文書「死の閃光」の続きである。

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 夕食後保夫は気分が悪いと言って早々に2階に引き籠もった。父と顔を合わせていたくないこともあった。しかしそれ以上にこの世から逃避出来ないものなら、せめて眠ってしまうことによって自己の意識からだけでも逃げ出したかったからだ。蒲団を敷くと身を投げるようにして潜り込んだ。

 〈どうせ滅亡するものなら僕の寝ているうちに滅亡してしまえばよい。この眠りがあの小さな太陽によって永遠の眠りに繋がれるのなら、僕はそれに耐えることが出来るだろうから。〉

 しかし眠れなかった。同じように前方間近に死を見ていながら吸い込まれそうになる眠りと懸命に闘っている雪山遭難者とは、保夫は全く逆の苦しみを味わっていた。降り出した雨が水面に作る波紋のように、断片的な事件や友の顔が脳裏に浮かんでは消え、消えては浮かぶ。

 〈筒井真奈子。美人じゃないけど大きな目がクルクルと良く回るやつ。サークルではハキハキと何でも提案した。僕はそれに対して概ね消極的だった。『そりゃぁ無理だよ。そんな事無茶だ。』ある時怒って叫んだっけ。『あんたみたいな優柔不断の意気地無し、嫌いよ!』って。あの時の君の目は綺麗だった。嫌いと言われて初めて、僕は君が好きだったことに気がついたのだった。でもその後君は会っても口を効いてくれない。それゃぁ、その責任は僕にあるんだろう。でも本当にそうなんだろうか。いいさ、今となってはもう。みんな一度に灰になるのだから。〉

 保夫は輾転反側してとうとう俯せになる。

 〈山岡誠一。あの青白い面長の、いつも何かに怯えた目をした顔。皆んな君をモヤシと言って揶揄ったっけ。でも君は僕の唯一無二の親友だった。怯懦は怯懦同士手を繋ごうと言って、君との間に結んだ『怯懦同盟』は僕の唯一つの支えだったのに。去年の秋、君自ら盟約を破って一人で黙って逝ってしまった。君の怯懦も結局仮面にすぎなかったのか。あとに残された僕にそれだけの勇気があれば、このようにずるずる引きずられて行くような惨めな状態から逃げ出せようものを。僕にどうしてその勇気がないんだ。畜生!この涙、こいつだ。きっとこいつと共に僕の勇気も流れ出してしまうのだ。〉

 眼から溢れた涙は流れ落ちて枕カバーに吸い込まれて行く。

 「保夫、まだ起きてる?」

 襖の外で母の声がした。保夫は返事をしないで蒲団を頭から被った。

 「どうしたの、頭から蒲団を被ったりして。気分が悪いんだったらお薬を飲まなくちゃぁ。」

 母は蒲団に手を掛けた。

 「放って置いてくれよう。」

 泣いているのに気付かれないように出来るだけ冷静に言おうとしたが二度ほど息が詰まる。

 「まあ、泣いているの。どうしたの。学校で何かあったの、えっ。お母さんに話しなさい。」

 母は心配げに今にも蒲団を剥がそうとした。保夫はとうとう泣き声になって言った。

 「一人にして置いてくれよう。放って置いてくれよう。」

 「はいはい、おかしな子だわねぇ。」

 母は諦めてしゃくり上げる保夫を残したまま部屋を出て行った。保夫はなおしばらくしゃくり上げていたが、ごそごそと這い出すと鼻をすすり上げ寝巻の胸元を掻き合わせながら部屋を出た。

(つづく)

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