自分古文書(11)「ロボット愛護法」

 
 伊勢神宮初詣(ネットより借用)
映像の初詣は、参拝客のいない、きっとこんな絵!? 

 2025.10.15

往時、星新一の作品を読んでいたのであろうか。こんなものを書いている。この年には就職して金谷に引っ越すのだが。 

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ロボット愛護法

― 明治二百一年の正月風景 ―

 西暦2069年の初日が富士の白い峰をほのぼのと染めはじめた。去年は明治二百年祭で賑わった東京から、弾丸通勤列車で三十分、この富士山の見えるR団地にF氏は妻と息子の太郎の三人で住んでいる。元旦の朝のF氏一家はいつもと違って多忙である。というのは、身の回りのすべてのことを処理してくれる家事用ロボットがいないからだ。

 「初夢板は出したか」とせかせかと居間に入って来た妻にF氏は尋ねた。

 「その戸棚にあるからあなた出してよ。私は一昨日からてんてこ舞いなんだから。ロボット愛護法なんて、今世紀最大の悪法だわ」

 「泣き言はよして早く雑煮にしてくれよ」

 ロボット愛護法というのは、十二月三十日から正月三日までの五日間、すべてのロボットはロボット整備工場にやらねばならないことを規定する法律である。

 F氏は初夢板を出してきた。七福神の乗った宝船が描かれているこの板を敷いて寝ると、特殊な磁気が働いて吉夢をみることが出来るのである。F氏がそれを磨いているところへ妻がようやく雑煮を運んで来た。

 F氏は雑煮を一口食べて「けっ、塩っぱい!」と跳び上がった。

 「何だい、この雑煮は」

 「いけない、お湯で薄めるのを忘れてた。昨日から料理機が壊れてて何もかも塩辛く出来てしまうのよ」

 「修理ロボットを呼べばいいじゃないか」

 「だってロボット愛護法が」

 「ちぇ、お屠蘇だ。お屠蘇で口直しだ」

 グビと飲みかけてF氏は吐き出してしまった。

 「なんだい、これは」

 「さっきも言ったでしょ料理機が」

 「水で薄めたのか、ばか! こんなものが飲めるかい。ロボット愛護法なんて糞食らえだ!」

 「今朝はパパ、怒ってばかりいるね」と太郎が言ったときブザーが鳴った。

 「おい、電話だぞ」

 「あなた、誰に言ってるの」

 「もちろん、ロボット琮璉はいないんだったな。じゃ、お前出ろよ」

 「だって、こんな格好じゃ」

 F氏はしぶしぶ電話室に入った。受話器を取ると画面に相手が映った。テレビ電話である。

 「やあ、K君じゃないか。おめでとう。こんな格好で失礼するよ。美人の奥さんはどうしたい? 画面に見えないようだが。化粧中か。いずこも同じだね。ロボットがいなくて不便だろう。かえって好い? なるほど、君のところは新婚だったねえ。御馳走さま。うん、うん、うちは伊勢神宮だよ。じゃまた。うん、そうしよう」

 電話室から出て来るとF氏は「そろそろ出かけよう」と妻を促した。

 「また伊勢神宮?」

 「あそこしか無いじゃないか」

 「このなりでいいでしょ、私、もうぐったりよ」

 「ばか、どこの世界に寝間着のままで初詣に行くやつがいる?」

 F氏一家は正装をして寝室の向こうの部屋に入った。壁の穴にマッチ箱ほどの箱を入れると、たちまち三人は伊勢神宮の神域にいた。その部屋は三次元ビジョンの部屋であった。周囲に映し出された神域の光景は三人が歩くにつれて移っていく。もちろん床も動いて三人を常に部屋の真中に保っているのである。・・

 「あなた、手を洗って行きましょうよ」

 「いや、さっき洗ったばかりだからいい」

 「でも私は汚れてるは」

 「画面だけのこと、知っているくせに。勝手にしろ!」

 「パパ、ご覧よ。去年と同じ所に鳥が止まってるよ」

 「どうだ、いい鳴き声だろう、太郎」

 「でも、もう少し行くとあの鳥、こっちの枝に飛び移るよ。そら移った。去年もそうだったものね」

 「いやな子だ。それより、このすがすがしい朝の空気はどうだ。素晴らしいだろ」

 「でもあなた、この空気だってボンベから出て来るんでしょう?」

 「親子そろって、いいかげんにしろ! 現代生活を快適に送るには、人間、ばかにならなくちゃならないんだ。いちいち理屈をつけていて何が楽しいもんか。もう、やめだ、やめだ」

 F氏は壁から先程入れた三次元ビジョンのフィルムを引き出して、どんどん居間に戻ってしまった。

 「あなた、私、嫌よ、賽銭も撒けないような初詣」

 「何を言ってるんだ。これを買おうと言ったのはお前だぞ。いくらかかったと思ってるんだ。まだ三年しか使ってないのに」

 「でも嫌なものは嫌よ。あなたはすぐ、金、金、金、まるで金色夜叉だわ」

 「古い言葉だな‥‥‥ひょっとするとそれは俺を侮辱する言葉だろう」

 「そうよ、それがどうしたの、この我利我利亡者」

 「もう我慢出来ない。このやろう、出て行け!」

 その時不意に、いかにも人生経験の豊かそうな白髪の老人の姿が壁に浮かび、

 「まあまあ御主人も奥さんも待って下さい。いったい何とした訳ですか。この白髪頭に免じて、どうか」

 妻がスイッチを切ると老人の姿も声も消えた。

 「太郎ね。夫婦喧嘩仲裁機のスイッチを入れたのは」

 「だってさあ、掴み合いでもやりそうなんだもん。大人げないよ、二人共」

 「ちぇ、やめた。これじゃ、夫婦喧嘩にもならない」

 「あなた、団地内にもお宮があるんだから、そこへ初詣しましょうよ。小さくても手が洗えて賽銭の撒ける方がいいわ」

 「別に反対じゃないが、あそこは祭神がねぇ」

 「祭神って、あそこに掲げてある写真の人? 眼のぎょろっとした、この団地建設に尽くしたという大臣のこと?」

 「そうだ。やはり祭神ともなれば伝説のヴェールに包まれていてほしいね。あの写真など、悪趣味もいいところだ」

 しかし一家は連れ立って出かけることになった。

 「夫婦喧嘩も一年ぶりだな。去年も正月だった。正月にはどうしてこうなんだろう」

 「きっとロボット愛護法よ。ロボットがいれば、私たち、みんなロボットに任せて、何も考えずにばかになっておれるでしょう。いないとそうはいかないわ」

 「そうか、すべて自分で考えて処理しなくちゃならないものなあ。いさかいも起こるわけだ」

 「たまには悪くないわね、夫婦喧嘩も」

 「これもロボット愛護法のおかげかね」

 太郎を真中に、F氏夫婦は談笑しながら出かけて行った。しかし、さしもの夫婦もロボット愛護法の第一条に次のような規定があることを知る由もなかった。

 『この法律は、ロボットの愛護とともに、ロボットの普及によって失われつ  つある人間性の回復を図り、ロボットに飼われる家畜のような状態から、我が  国民を救済することを目的とする。』

                            (昭和44年1月)

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