駿河古文書会、勉強不足で発言出来なかった
2025.10.4
写真は、昨日駿河古文書会の課題の一節である。駿府で弘化三年(1846年)に出された御触れの一節である。解読すると、
鍛治町兼法助右衛門儀、由 鍛冶町、兼法助右衛門儀、由
御仕置もの有之節、御用 御仕置きものこれ有る節、御用
地鍛冶、瀬名鍛冶ゟ三分 地鍛冶、瀬戸鍛冶より三分の
貞享三年、裁許濟之通、 貞享三年、裁許済みの通り、
この御触れは、鍛冶職に対して、駿府のお役所から申し付けられた金物で、無賃のものについて、代金を近辺の鍛冶職が負担を割り合うという約定があったが、年月が経つにつれて、鍛冶職も代替わりして、新しく始める鍛冶職もあって、集まり難くなった。ついては、約定を徹底するようにと、出したお触れであった。
議論になったのは、「御仕置き」と「御用釘」についてである。「御仕置き」を江戸時代の刑罰と解し、「御用打ち」と読んで、刑罰を下すための金物(例えば「刀」)の無賃依頼と解読する向きがあった。明らかに誤解と思ったが、資料不足で反論できなかった。特に「御用打ち」という言葉は、鍛冶職について書かれたものに出ていたと言われると全く反論できなかった。(「御用打ち」そのものが誤読かもしれない)
ただ「御仕置き」には刑罰以外に、公儀が行う大仕事という意味もあったはずである。また、明らかな「釘」の字を「打」と読むのは無理があると思った。
帰宅後、主にネットで調べてみた。「御仕置き」には刑罰とは別に、「大仕事。大変な仕事。」という意味がある。さらに「御用釘」という言葉も見つけた。「江戸時代に幕府の御用を務める職人が使用した釘のことで、品質が保証された高級な和釘を指す。主に、御殿や城郭などの公的な建築物の造営・修理に用いられた。」これだと思った。
さらに、「御用釘」を調べて行くと、「御用釘御通」という通い帳がいくつか出てきた。作事方がお城などの補修をする際に必要な釘などを発注したもので、通い帳に記載されるが、無賃なので、その負担を鍛冶職全体で分け合ったものである。
さらに、講師の資料によれば「地鍛冶」「瀬名鍛冶」は刀剣や農具を作り、「上鍛冶」は釘や船道具を作るという、仕事の分担があり、釘の注文だから上鍛冶が請けたが、料金が取れない分、外の鍛冶にも負担を分けたのであろう。なお、この無賃で請けることが、鍛冶職の冥加金(税金)代わりになっていたものと思われる。
このように、駿河古文書会は講師の一方的な講義では終わらず、会員相互に活発な議論が行なわれるのが、他の古文書講座にない特徴である。つまり、講師レベルの人が会員に多数いるということである。
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