自分古文書(16)遠江三十三観音巡礼(17)

 
今日の富士山
静岡城北公園より 

 2026.1. 23

午後、駿河古文書会に出席する。前回会の時、駿河古文書会、基礎コースの講師をお願いしたいと頼まれた。一回だけのことと思い、了解したが、今日の話で、どうやら講師になる人が減ってしまい、年間通してやってもらいたいと言う。

日は年間通して火曜日の午後で、年に24回を何人かで手分けをしているらしいから、年に数回程度のことだろう。自分が実施している講座とは違い、教材は駿河古文書会で実施した古文書を教材とするようだから、それほど負担にはならないと思う。新しい出会いが楽しみでもあるから、まあいいか。 

観音巡礼7回目の記録の続きである。七回目のゴールは自宅だから、気分は楽であった。

【歩程】第二十四番‐大代の観音寺へ、西へ6.8キロ

阿波々神社への石段は崩れかけていて、通行禁止になっていた。森の中の散策コースを一登りで山頂の本殿に至る。近年新築された社殿である。脇を少し入った所に遠州七不思議の一つの「無間の鐘」を埋めた井戸があった。案内板に「昔衝けば無限に御利益があるという欲の深い鐘を造ったところ、反対に様々な災いが起きた。そのため、その鐘をこの井戸に埋めてしまった」という謂われが書かれていた。

粟ヶ岳の休憩所は管理者が変わって蕎麦などの軽食が出来るようになっていた。かつて食事が出来ると思い、弁当を持たずに登ってきて、何もなくて難儀したのを思い出した。おにぎりも持参していたが、早速蕎麦を注文する。阿波々神社の境内で、秋の野草を摘んでいたおばさんが、ここの管理者の奥さんだった。摘んで来た野草を休憩所内に生けていた。

たけ山の話をしていると、主人が、あの山には車で登る道はあるのか、と聞いて来た。大代の方から電波塔までは登れる、と答える。こちらから尾根伝いでは歩いて登ったと言うから山の好きな夫婦のようだ。休憩所はお昼になって、地元の中学生であろうか、女子ばかり20人ほど登って来て賑やかになった。

安田への下りは昔の古い山道を下る。途中から道が判らなくなるが、構わず下って林道に出た。大代へ下りそうになる所を、峠を一つ越して安田の集落へ戻った。東山へ下って車道を来るよりも少しは早かったと思う。

安田の大シイは、県指定天然記念物で、根回り18.5メートル、目通り4メートル、樹高26.9メートル、枝張り‐東西26.9メートル、南北22.7メートルと案内板にあった。樹齢が何年であるのか不明なのが残念である。

安田原の大茶園が尽きた辺りから、大代へ下る道に折れる。途中木陰で休憩する。下りの道には栗畑が多く、道路にも毬(いが)が多く落ちていた。ほとんど虫食いか収穫済の毬であった。下り着いた所は、協和住宅工業の工場横で、今日最後の札所、観音寺はすぐ近くであった。

三十三の観音霊場の内「観音寺」という名前の札所が三ヶ所ある。前回に昼食を取らせて貰った大原子の観音寺、先程参詣した粟ヶ岳の観音寺、そしてここ大代の観音寺である。観音堂前に張られたテントに、おばさんが三人、我々に気付いて慌ててお茶の準備をし始めた。秋の彼岸の間、交替で詰めている。かつては昼食に家に帰っていたが、その間にお参りがあったりしたので、この頃はお昼もお弁当をここで食べるのだと話す。最近は参拝する人もほとんどないと淋しがる。

 岩崎山観音寺

第二十四番 曹洞宗 岩崎山(いわざきざん)観音寺(かんのんじ) 

     田子の浦 伊豆山かけて 大井川 岩崎照らす 秋の夜の月

【本尊】十一面観世音菩薩   【所在地】金谷町志戸呂(しとろ)

【歩程】自宅へ、西へ1.2キロ

大代川の土手を歩く間に、流れから飛び立つゴイサギと青いカワセミを見た。鈴さんの話では、大代川のカワセミは全国的にも有名なのだという。今年は雨が多く流れが豊かだから野鳥が多いようだ。今日はこの巡礼で唯一歩いて家に帰れる日である。皆なには自宅横の土手で別れた。

平成5年9月25日、第7回観音巡礼終り)   

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