パソコンが壊れて リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 2月 15, 2026 パソコンが壊れて入れ替え、復旧に今日までかかった。勝手が違ってまだまだ戸惑っている。今までの調子が戻るには、少し時間が掛かりそうである。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
おたふく風邪と母子手帳/詐欺電話にご注意! 8月 20, 2025 酷暑の裏の畑、ボタンクサギの花だけが目立つ 2025.8.21 一昨夜のことである。固定電話が鳴った。出ると男の声で「おたふく風邪に罹ったみたいで」という。その言い方で、息子からかと思い、疑わなかった。先ほどまで、一緒に巨人戦を見ていて、二階の自分の部屋に上がって一時間と経たない。何で固定電話に掛かってくるんだと思うが、ネット情報などで、どうもおたふく風邪の症状に近いと気が付き、うつしてはまずいと思っての電話だろうと思い込んでしまった。「おたふく風邪に罹ったことがあるか知りたいので、母子手帳はあるだろうか」と聞く。「母さんが今お風呂だから、あとで聞いてみるが、明日の朝、ちゃんと医者に診てもらえ」と答えた。「もう寝るから、また明日の朝電話する」と言って電話が切れた。息子の母子手帳なんて、もう50年以上前のものだ。 翌朝、息子が二階から降りて来て、「整形外科の予約を取ってくる」という。「おたふく風邪なら内科じゃないのか」と聞けば、「おたふく風邪とはなんだ」という。「昨夜、電話で言ってたじゃないか」と聞いても「何のこと?」というだけで通じない。あげく、「夜、夕食後一緒にテレビ見てたじゃあないか。おたふく風邪の訳がない」と言われて、ようやくおかしいことに気付いた。間違い電話か、詐欺電話だったのか。 息子が出かけて、しばらくして、おたふく風邪の主から電話が来た。間違い電話だったらと思い、「あなた誰ですか。名前は」と聞くと、黙っていて答えない。名前も言えないなんて「あんた馬鹿じゃない?」というと、「そっちこそ、馬鹿だ」と言って電話が切れた。馬脚を顕した。間違いなく詐欺電話であった。でも、母子手帳がどう詐欺に使われるのか、それが解らない。 皆さん、「おたふく風邪」と「母子手帳」の詐欺に気を付けましょう。 ********** ネットを見ると、 「おたふく風邪」と「母子手帳」の詐欺 電話の記載が、出るは出るは、ちまたで横行しているようだ。 続きを読む
「かさぶた日録」改め「かさぶた残日録」開始 6月 10, 2025 (5月2日夕方撮影 ”夕暮れの虹” 自宅より) 2025.6.11 19年前、藤沢周平の「三屋清左衛門残日録」 という時代小説に触発されて、「かさぶた日録」なるブログを始めた。 その「残日録」は「日残 リテ 昏 ルルニ 未 ダ 遠 シ 」との言葉で書き始められる。19年前は、まだそこまでは来ていないと、「残」を取って「日録」と決めた。 「かさぶた」は、検索で他のブログとまぎれないように、だれも付けない名前にしようと思い、当時60才直前であったから、「六十」を縦に書くと 「仐 (傘)」に 「 亠(鍋蓋)」を載せた形から、ダジャレで「かさぶた」と命名した。 こんな言葉はブログのタイトルにはしないだろう。案の定、検索すれば、迷いなくたどり着ける。してやったりであった。 ダジャレで付けたが、内には、 いつか、自分の60年の人生で出来た数々の「かさぶた」が、きれいさっぱりと取れないものか、という願望でもあった。 「かさぶた」は「執着心」を指す。「金儲けへの執着」「名誉への執着」「家族、子孫への執着」‥‥‥そして最後には「生命への執着」が取れゝば、大往生である。 18年目になって、毎日書くのに疲れて、時々書くと決めたら随分楽になった。ところが、goo blog がサービス終了というではないか。「かさぶた日録」がどこまで続けるかと考えていたら、 goo blog が先に終わることになった。そのお知らせに愕然として、ブログを書く手が止まった。 色々悩んで得た結論は、 goo blog がやめるなら、別の場所を移して新たに始めよう。天邪鬼である。そして、タイトルも今では胸を張って、「かさぶた残日録」としよう。 今度こそ、 「かさぶた残日録」が終わる時は、すべての「かさぶた」が取れて、大往生したと思っていただきたい。 (今日は79才誕生日) 続きを読む
今年度最初の掛川古文書講座 5月 14, 2026 頂いた「石川依平学習会」の資料 金谷郷土史研究会も こんな活動を見習いたいものである 2026.5.14 午後、掛川図書館の古文書講座に出席した。北原先生とも長いお付き合いになる。館長さんの挨拶の中で、始まったのが2008年と聞いた。先生の挨拶でも、もう20年近くになると話された。自分も随分昔から同講座を受講しているが、、帰宅後自分の記録を調べてみると、受講を始めたのが2009年の7月だった。随分年月が経ったものである。おそらく一番古い受講者の一人であろう。 受講の間に親しくなった人も居たけれども、いつの間にか姿を見なくなってしまった。それだけ長い年月が経ったことになる。この間に自分も古文書解読の講師を始めて、それも10年近くになる。お互いに達者だからやれて来れたことだと、感謝しなければならない。 今年も60人の人達が受講名簿に載っているとか、人気の講座である。今日は初心者もいるのでやさしい課題であった。ほとんど疑問になる所はなかった。 今度の図書館の担当は、入館仕立ての女性で、古文書も読めるらしい。若い方が読めるのはすごい事である。講座が終わって少し話したところでは、山内一豊時代の武家の古文書を読んできたらしくて、村方の文書はまだ読んだことがないという。彼女が今からだと何十年も時間があるから、頼もしいし、うらやましい。自分たちは出来てもあと数年だから、などと話した。 講座後、講座内で案内のあった、同図書館の展示場に展示された、石川依平(よりひら)の展示を見学した。掛川古文書講座で顔見知りのH女史が主宰されている「東山口を知る会」で7人ほどの会員が学習された、石川依平についての、かなり突っ込んだ発表展示であった。 一年に5回ばかりの会で、これだけの発表をされたのはすごいというしかない。金谷郷土史研究会も毎月例会をしているが、これだけのパワーはない。若い人が積極的に動いてくれたからと、H女史からは聞いた。 H女史とは向こうから話しかけてくれて、古文書解読に関わる色んな話を立ち話であったがした。自分は古文書の解読そのものを楽しんでいて、この楽しさを若い人にも伝えたいと思うばかりであるが、H女史は仲間を作ってテーマを決めて、色々と調べて行く方らしい。次なるテーマを見つけるのに苦労しているようであった。 次回、自分の活動の一端の資料を、提供しようと思う。何かのヒン... 続きを読む
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