自分古文書(16)遠江三十三観音巡礼(23)最終回
この土日と、まきのはら塾発表会で、展示と体験講座の準備に今日まで掛かった。明日は駿河古文書会で、終わり次第、東名で牧之原へ走り、展示をして土曜日に備える。忙しくなるので、今日午後、衆院選の期日前投票を終えて来た。
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遠江三十三観音巡礼は今日で終わりだが、このメンバーで、今度は東海道を歩くことになる。
バス道には出ないで、田畑の中の道を迷って遠回りしながら歩く。掛川市との町境にトンネルがあった。トンネルを抜けると、春の立山バス登山道の雪壁のように、道路の両脇が激しく迫り聳えた、カーブした道に出た。壁は落石防止のためコンクリートが吹きつけてあって自然の谷ではないのだが、異様な光景に皆で記念写真を撮る。
岩井寺は里から少し登った山の上にあった。山門が赤く塗られた装飾的な建物で、江戸時代のものに思えた。後で聞くに創建後300年経つという。
第三十三番 真言宗 佐束山(さづかざん)岩井寺( がんしょうじ)
山高き 峰のいおりに すむ人は 雲にはつせの 風をまつらん
【本尊】如意輪観世音菩薩 【所在地】掛川市上内田岩井寺
案内を請うと、出てきた老婆がご朱印を押してくれる。美味しいお茶を勧めながら、「住職が亡くなったばかりで、今日で二タ七日・・・・」と話し始めた。90歳でさすがに外へは出ることはなくなっていたが、お寺では直前まで元気にお勤めをしていた。この十四日には檀家葬が予定されている。息子は勤めがあって掛川に住んでいるが、来年三月に定年で戻ってきてくれる。もう少し生きていてくれたら良かったのだが。今はひとりで・・・・、と話しながら涙を流す。寂しさに我々のような通りすがりの訪問者にさえ、そんな話をしてしまう。そんな気持ちが痛いほど分かった。
住職は小夜の中山の久遠寺の住職を兼ねていたが、最近はほとんど向こうのお寺には行かなかった。昔はバスを乗り継いで、トンネルの所から久遠寺まで歩いて登ったものだ。住職を兼ねてから長かったから、檀家葬には中山からも沢山来てくれると思う。
門の手前を少し登った観音堂にお参りし、再度本堂前に戻って、ござを借りて昼食を使わせてもらう。殊の外、美味しい茎茶が改めて準備されていて、弁当を使いながら出されたポットのお湯を全て飲んでしまった。茶代に臼井さんが500円包む。
昼食を準備しなかったので、おむすびを臼さんに一つ、鈴さんに半分、和さんにはゆで卵を二つ、と頂いているうちに、すっかりおなかが一杯になった。三人に感謝である。
【歩程】第一番‐結縁寺へ、北西へ4.1キロ
登って来た時とは別の山道を下る。自動車道に降りて旧道の岩井寺隧道を抜ける。このトンネルは今では珍しいレンガ壁のトンネルであった。この後さらに新道から外れた旧道の二つのレンガのトンネルを抜けた。これらのトンネルは、こびりついた泥を綺麗にし、照明設備をしっかりすれば、観光スポットになりそうな気がした。入口でトンネル饅頭などを売ればよいとアイディアも出る。
見覚えのある結縁寺への道が懐かしい。思い起こせば去年の建国記念日に、全てを歩いて巡ることに懐疑的であった臼さん・和さんを、行ける所まで歩いて行こうと誘いだしたのであったが、今ではやはり歩いて回らなければ価値がないと語るまでになった。歩くことの楽しさを分かってくれたのだと思う。
今、自転車ですれ違った老婆は、結縁寺にご朱印を持って駆けつけて来てくれた老婆ではなかったろうか。見るものすべてが懐かしい。しかし、結縁寺はこの二年の間に屋根が新しく葺きなおされ、境内がコンクリートで固められてしまった。時代は確実に流れている。一回りしたとの感慨もさほどなく、万歳をすることも忘れて、その場を後にした。
【歩程】JR掛川駅へ、北へ4.5キロ
掛川駅を横切って、「仁藤の大獅子」を見ようと西へ向かう。ウインドウ越しに見る大獅子は意外と小さく、失望してお城に向かう。町並みを城下町風に変えようと、あちこちで工事が進行している。町の活性化になって、それはそれで結構なのだが、この「風」というのはいかがなものであろうか。本物指向でこだわったお城と比較して、この町並みはいかにも薄っぺらではなかろうか。
掛川城へ初めて登る。城が出来てから五月の一ヶ月で10万人の入場者があった。七月までの二ヶ月でさらに10万人登ったという。それならそろそろ三〇万人目も近いのではないかと思う。天守閣の最上階で床に座り込んで寛いだ。公開後一週間で登城した時は、とてもこんなにのんびりは出来なかった、と和さんが話す。東側の牧の原台地の上に富士山が見えた。しかし大変残念なことに、その富士山を無粋な送電線の鉄塔が遮っていた。これはどうにもならないだろう。昔の殿様なら、あの鉄塔を除けよ、の一言で済んだ。
掛川の丸八若木屋で打ち上げ
最後の打ち上げも、結局、丸八若木屋になった。記念に写真を撮ろうとしていると、あの怖そうなおやじが出てきて、シャッターを押してくれた。もうここへ四人でくることもないであろう。鈴さん奢りのお酒で乾杯し、少し贅沢に天ざるを食べた。次のシリーズは、静岡県の旧東海道を歩こうと約束して、帰路についた。
(遠江三十三観音巡礼 終わり)
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