自分古文書(10)「ベーローや」(後)

2025.10.12
自分古文書(10)「ベーローや」の最終回を以下へ示す。本人、色々関連情報を調べながら、随分、懐かしがっている。
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「どうしたんだ、匡」と晃は堪り兼ねて、匡の肩を揺すった。
「もう遅いんだ、彼女は。確かにあの頃は、佐知は君が好きだったかもしれない。でも今は、‥‥‥あの時、君があんまり強情を張るから、みんな君自身のせいなんだぞ」
あの時、匡と晃と佐知は三人で山登りをした。本当は腕白時代の仲間に呼びかけたのだが、都合の付いたのは三人だけだった。強い日差しがじりじりと頭を焼く夏の暑い日だった。
「こんなことなら、海にするんだったわねぇ」とこぼした佐知が、中腹の山寺で休憩したとき、「疲れて、これ以上登れない」と駄々を捏ね出した。それは、網もないのに紋白蝶をねだったときと少しも変わらない、まさしく『駄々』だった。
「もう頂上はすぐそこだ。それに山登りを言い出したのは佐知じゃないか」
「これ以上登れないと言ってるのも私よ」
「俺は登るよ」
「どうぞ、御勝手に。汗をたらたら流して」
「晃はどうする?」
「僕は残った方が良いだろう。佐知一人残しても置けれへんし」
黙って背を向けながら、匡は一歩一歩佐知から離れて行くのだと感じていた。
それでも見晴らしの良い頂上で涼しい風に吹かれて、すっかり機嫌を直して降りて来た。しかし二人の姿はそこにはなかった。ただ、『佐知が酷く疲れた様子なので先に降りる、晃』という書き置きが残されていた。匡は佐知のあまりの我儘に呆れ果ててしまった。そして同時に、先に降りると言い出されて困惑する晃の顔を思い浮かべていた。
あの時以来、丸二年会わなかったのだ。
もう一度、と匡はつかつかと佐知に向かって歩き出した。今ならまだ遅くはない。
「おい匡! 佐知は僕の‥‥‥」と晃は叫んで絶句した。匡が両手を窪めてひらりと返った佐知の手を両側から合わせ取ったからだ。
手を取られたまま佐知はぽかんと匡の顔を見ていた。
「さっ、約束通り紋白蝶を取ったよ」
佐知はぱっと頬を染めた。もう一方の手が頬に飛ぶことを覚悟して、匡は視線を逸らした。佐知の後ろの櫓の背景には、半分闇に紛れた二本松が巨人のように並んで立っていた。
しかし、佐知は匡の手の中で団扇蜻蜒のように喘いでいるだけだった。
「佐知、団扇蜻蜒だ。覚えているだろう。両手を横へ伸ばして、二本松まで一緒に走ってくれるね」
佐知が何か答えたようだったが、その直前に交代した歌い手の高い声に消されて匡には聞き取れなかった。
♪おーどりーおーどーるなら、しーなーよーくーおどれ、
しーなーのーよーいのを、よーめーにーとーれ
(昭和44年1月)
******************************************************* さて、べろべろ節の歌詞が手に入ったので、以下へ引用する。
べろべろ節
べろや べろべろや べろべろやべろや / べろべろや べろやべろやえ
べろの変わりぶりや 面白い節で / おやじ出て見やれ 孫つれて
そろたよーもそろた 踊り子がそろふた / 揃い浴衣で踊り子が
豊岡名産ヤーレ 本場でとおる / やなぎ行李に やなぎ籠
笹や松の葉のようにヤーレ 狭い気を持つな / 広い芭蕉葉の気を持ちやれ
おどりおどるならヤーレ 品よくおどれ / 品のよいのを 嫁にとれ
おどり疲れりや 立野の橋にヤーレ / 闇にあの子の ほおかむり
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