自分古文書(14)6年A組 36年目の同窓会(中)
2025.10.28
今朝は絶好の干し柿日和、雲一つない秋晴れだった。干し柿は、本日30個、昨日30個で、これで合計188個となり、干し枠がいっぱいとなった。まだ我が家の渋柿の木には柿の実が残っている。
トランプ米大統領が来日、高市首相と初会談があった。トランプ米大統領は高市首相の背後に、盟友故安部元首相を見ているし、高市首相もそれを利用している。だから、初会談は和やかに行われたようだ。その安部元首相を暗殺した山上徹也の初公判が今日あった。
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「6年A組 36年目の同窓会」の続き
京都で先生の還暦を祝って、6年A組同窓会を行ってから6年たった。次の同窓会を5年後行う約束が、自分の不注意から顎の骨を折って入院してしまい、6年目となったと、幹事役の中※正から挨拶があった。階下で散々さわいだ後、男どもの部屋に移って2次会を始めた。その間に意外な話、36年前の経緯がいま始めて判ったという話、等々が出た。
長※先生の初恋、武※久美子さんの話。久美子嬢は大阪の”いいとこ”のお嬢さんだった。経緯は聞き逃したが、二人で神戸大学の側の池辺りを散策したり、弁当を作って大阪帝国劇場に行ったりとデイトを重ねた。しかし、彼女は恋敵の友人に譲ってしまった。その友人は戦死したと聞いているけれども、彼女がその後どうなったかは知らない。半世紀近くたった今、久美子嬢はどうしているのか。今でも一度逢いたいと思っている。戦時中、夜、屋根に登って空襲をうけている様子を遠目にしながら不謹慎にも綺麗だなあと思って見ていたという話は、昔聞いて印象に残っているが、こんな秘話があったことは初耳であった。
上※幹代の恋愛。妻子ある編成局長までした男で、現在62歳。上に上がれずに挫折した時、一緒に行った鞍馬でこのまま一緒に死んでも良いといわれて感激し、この男を殺してはいけないと心から思った。今は月に1度位でセックスもなく、逢瀬を重ねていて、大変幸せである。その男の家庭を壊すことなど考えてもいないし、これ以上のことは決して望んでいない。何故なら、自分の父が女関係にだらしなくて、母を何度も泣かせたのを見てきているから。
この話に対して、西※が反論して、セックスも無い関係で満足しているなんて、上※幹代らしくないと、食い下がった。そこで僕が口を出して、セックスが有る無しなんて問題では無いと思う。一人暮らしをしていると聞いて寂しい生活をしているのだなあと思っていたから、上※幹代のそんな話を聞いて、それで彼女が幸せなら何も言うことはないじゃないか、大変いい話だと思うと感想を述べた。
岸※良雄の打ち分け話。6年の頃であったか。上※幹代を上から見下ろす状況になったとき、薄着の上からおっぱいを見てしまった。服の上からは豊満に見えていたが実際は意外と可愛いおっぱいであった。この話は6年前の同窓会に彼女に初めて話した。それがまた今日の話題になった。
西※幸二の打ち分け話。大学になって女性が恋しくなり、その対象として坂※志津子が浮かんだ。ある時、長※先生を通して話した所、逢うことが出来たが、その時の返事が「良いお友達でいようね」という婉曲な断りであった。失恋に一升瓶を抱えてやけ酒を飲んでいたら、親父に「飲むのは良いが一度飲んだものは吐くなよ」と言われた。それに対して、坂※志津子は逢った覚えもないし、そんな事を言った覚えもないと全面否定だった。真相はどうだったのだろう。今はもう霧の中である。
明日が48歳の誕生日だという上※幹代。皆んなから祝福を受けて、3年前の誕生日の話を涙ながらに語った。母が肺癌に侵されて、もう自分は十分生きたから手術などの処置はいらないと言って自宅療養をしていた。いよいよ食べ物も喉を通らなくなり、仕事で十分看病も出来ないからと入院させることになった。タクシーに乗せて町内を出る時、これが今生の別れと感じたのであろう、「こんな風に手を振って」と左右に大きく手を振って、母は町内に別れを告げた。それを見て自分は鬼のような娘だと思った。自分が看病して上げられれば、自宅で生涯を全うさせて上げられたのに。それから三か月して母は亡くなった。その後誕生日の度に、母のあの姿が思い浮かび涙が出て、辛い誕生日が続いていた。しかし、これからはきっと誕生日の度に今日の同窓会の楽しい事を思い出す事が出来る。皆に本当に感謝したい。
(つづく)
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