自分古文書(15)6年A組 47年目の同窓会(5)

2025.11.26
「さとの湯」の写真を拝借しようと、検索したところ、2024年から休業中とあった。理由が設備の老朽化というが、2000年に開業した最も新しい外湯が老朽化とは嘘っぽい。経営がうまくゆかなかったのであろうか。再開の目途はたっていないという。写真のような立派な外湯だったのだが。
宴会の終わったあと、まだまだ同窓会はこれからだ。皆んな還暦に近く、かつてのような「色恋沙汰」のうわさはすっかり影を潜め 、今や病いと人死にの話が幅を利かす。この時でも、もう卒業から45年を越えている。現在はあれから早や20年経っている。
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お開きの後、一度部屋に戻り、岸※君・道※君と外湯に出る。城崎温泉には外湯が七湯ある。奥から数えて、鴻の湯(幸せを招く湯)・まんだら湯(一生一願の湯)・御所の湯(美人の湯)・一の湯(開運招福の湯)・柳湯(子授けの湯)・地蔵湯(衆生救いの湯)が昔からある六湯で、5年ほど前、駅前に“さとの湯”という外湯が出来て、全部で七湯になった。
前を行く女性陣に付いて行って、駅前の“さとの湯”に行った。1階の外に足湯があり、フロントを通って2階に一般風呂、3階に露天風呂とサウナがあった。2階から3階へは裸で階段を上がる。これは一種異様な体験である。サウナにはペンギンサウナという訳のわからないものもあった。入らなかったが、暑いサウナと交互に入る仕掛けの冷たいサウナのようである。入場料は600円だが、旅館に泊まると外湯に入る入場券を何枚でもくれる。といっても、なかなか外湯の“はしご”は我々の年齢にはきついが、七湯を巡ると賞品をくれる企画もあるようだ。
外湯から戻って201号室に集まり二次会となる。途中から女性陣も加わり、思い出話や同級生の近況の話などに花が咲く。前々回の同窓会に出席した宮※氏は、その2年後、心筋梗塞で急死した。開かない鍵を開けることを請け負う“鍵屋”になっていて、やくざに脅されながら外車の鍵を開けたことなど、色々面白いエピソードを聞いたことを思い出す。中※正氏はこの同窓会の話が出たとき、出席したいのはやまやまであるが、肝臓を病んでいて、医者からはお酒を飲んだらそのまま墓場行きだといわれ、残念だが出席を断念せざるをえないと連絡があったという。クラスは違うが、川※周三氏は脳梗塞になって身体が不自由になった。等々、死亡や病気の話が出てくるのが我々の年代を象徴していると思う。
親に捨てられ、祖母に育てられて、時々切れ、先生に唯一面前で殴られた井※野君はやくざになった。見栄っ張りで大きなことばかり言っていた松※君は音信不通で、先生も心配しておられるが、別れた女房の近くに住みたいらしく、現在は大阪にいるようだ。
坂※浩子さんは東海道のゴールに迎えに出られなくて悪かったという。岸※氏からメールを貰っていたのだが、気付いたときには日が過ぎていた。西※幸二氏も用があって出られずに悪かったと話した。
坂※浩子さんは豊岡の後※家の両親は亡くなり、父も亡くなりあと母だけだという。後※の家も空き家で墓参りに帰るときだけ泊まるのだと話す。また後※先生の寺町の実家の小※谷家も無くなったという。私はものにはならなっかったが、後※先生には小学校の頃絵を習っていたと話す。
(つづく)
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