家康の「四季」の歌
2025.12.17
次回(明後日)の駿河古文書会のテキストを予習していたら、「権現様四季の御歌」なるものが出て来た。「校合雑記」という江戸後期の本に出ているという。
そのままでは、変体仮名が多用されて、読みにくいので、現代の仮名に直して、以下へ示す。
(春) (夏) (秋) (冬)
むめ(梅)はかすみ 耳は蝉鳴く 葉は落ちて 雪を頂く 年の暮れかな
(目) (耳鳴り) (歯) (白髪) (歳)
出来すぎの歌で、本当に家康が読んだのかどうかは知らない。「むめ」は「梅」のことである。
家康が亡くなったのは、元和2年(1616年)4月17日巳の刻(現在の午前10時ごろ)、駿府城において、75歳(満73歳4か月)であった。
来年80歳となる自分はどうであろうか。目はまだしっかりと見える。現代の年寄りの中に、近くはよく見え、遠くが見えにくい「老眼」が増えているという。近くを見る形で視力が固まってしまったのだ。書物でも何でも裸眼で見えるのは便利である。遠くを見るにはメガネが要る。車の運転にはメガネが欠かせない。
耳はよく聞こえる。耳鳴りもなさそうである。ただ、いつの間にかテレビの音量が大きくなっているのに、自分で気付くことがある。古文書講座では、大きな声でしゃべるように心がけている。自分が聞こえにくいからではなくて、受講者の中に、多かれ少なかれ、聞きにくい人がいるだろうとの配慮である。
歯は落ちて随分経つ。現代の入れ歯は性能が良いのか、歯医者に行くことは全くなくなった。これでは歯医者は経営が苦しいわけである。
頭は白くなったが禿げることはない。先日散髪屋で、髪が薄いと散髪屋さんはやりにくかろうと話したら、その通りとは言い難かったのだろう、言葉を濁していた。
最近思う。古文書解読という道楽は、何とも安上がりな道楽だとつくづく思う。しかも、これに一生懸命だと、ボケるひまがない。
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