自分古文書(16)遠江三十三観音巡礼(3)
2025.12.21
「遠江三十三観音巡礼」(平成5年2月11日)の続きである。
【歩程】第4番‐正法寺へ、南へ2.0キロ
東海道線と新幹線を南へ潜り直し、更に南で東名のガードを潜り、正面に大きな池のある広い道に出た。掛川は随分と溜池の多い地域である。山も低く川も逆川くらいしか無く、灌漑用の池が必要だったのだろう。池を埋めてしまうのではなくて、上手に利用した観光開発や土地利用が望ましいと思う。正法寺はその道路から少し南へ登った山の中にある大きなお寺であった。「遠州三十三観音札所」も兼ねていて、ご朱印を押してくれた寺のおばさんの話では、昔は法多山とも関係があったようだ。参道の両側に樅の大木が門柱のように立っていた。
まいるより 罪はあらじの 新福寺 御手(おんて)の花を みるにつけても
樹齢二五〇年以上)
【歩程】第5番‐尊永寺へ、南西へ5.2キロ
法多山に向けて、広い道の右側を一列になって巡礼団は行く。事故に巻き込まれてはならないと、しっかり前後左右に眼を配りながら歩く。途中道端の無住のお寺、林光庵に立ち寄る。西国三十三札所を模したお地蔵さんが三十三体ずらりと並んでいた。正面の階段で休憩を取る。鈴さんよりお茶とミカンを頂く。
道に出て歩き出してまもなくバラバラと落ちた合計121円の小銭を拾う。林光庵を後にする時、代表で場所代の意味も込めて、お賽銭を10円上げてきたが、早速そのお返しを頂いた感じである。
法多山の門前町の手前で休憩をとる。朝方曇っていた空がここへ来てすっかり晴れ上がった。セーターは先程歩きながら脱いでサブザックへ入れた。法多山に詣でる前にトイレを済ませて休憩をとる。腹も減ったが昼食は法多山にしよう。
法多山尊永寺は大賑わいだった。駐車場の客引が目立つ。それにしても、高々一時間の駐車料金が500円とは高い。我々には関係のないことだが。参道の人ごみの先を行く、利神公園で出会ったリュック姿の中年夫婦をまた見掛けた。
北谷の観音堂は、本堂へ登る石段の途中の左手に、人ごみから外れてひっそりとあった。置かれた線香を皆で立てた。ご朱印は本堂階段下で打って貰う。本堂前で一斗樽が開けられ、ひしゃくとお皿が準備されていた。先に飲んだ鈴さんと和さんが「ご神水だ」という。どんなお水かと疑わずに皿へ一杯入れて煽ったところ、お酒だった。騙されたと思ったとき、お酒はすでに喉を通り過ぎていた。しかし喉ごしの良いお酒であった。そのそばに人の手を沢山彫りつけた彫刻があった。題として「法多山 福豆まく人 拾う善男善女(ひと)」、作者は二紀会の平野旭とある。
下った団子屋の手前に「一意一願 不動明王像」の彫刻が新しく増えていた。作者として、藤枝の一ノ瀬芳朗の名前があった。藤枝と言えば不動峡の岩に刻んだ不動明王が有名だが、縁のある人なのだろうか。それにしても法多山は境内に様々な神様・仏様が祀られている。まるで信仰の百貨店といったところで、節操がないというか、何でもありという感じが如何にも日本的で面白い。
きただにや 雪や氷と へだつれど とけては同じ 谷川の水
【本尊】聖観世音菩薩 【所在地】袋井市豊沢
(つづく)
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