自分古文書(16)遠江三十三観音巡礼(4)

篠ヶ谷山岩松寺

 2025.12.22

お昼前、A証券のT氏来宅。今年の年末の挨拶廻りに来る。T氏には、ネット証券の解消(年齢もあり整理を頼む)などで御世話になった。結果、資産をA証券に移すことが出来て、気になっていたことが整理できて有り難かった。T氏も入社仕立てで、静岡へ配属されて当地を任されたが、実績となってボーナスもたくさん頂いたと報告があった。大学の、時代を隔てた後輩で、わずかにしても助力になれて、うれしく思った。T氏は毎月のように連絡をくれて実情を話してくれる。気持ちがすれちがっている部分もあるかもしれないが、若い人と交流できるのは楽しい。 

「遠江三十三観音巡礼」(平成5年2月11日)の続き。  

【歩程】第6番‐岩松寺へ、西へ5.0キロ

団子屋で各々土産を買い、一皿を皆で摘んだ後、村岡屋食堂に入る。うどん・そば・ラーメン・おでんなど思い思いに取り、握り飯を出して昼食をとった。

昼食後、店の間の路地を南へ上り、駐車場を横切って、菩提の集落へ下る。谷一面茶畑で、袋井の茶産地である。あちこちに茶工場らしい建物が目立つ。話には聞いていたが、来るのは初めてであった。新道を避けて、旧道を選びながら西へ30分程歩き、川を渡って林を抜けた所に、静かな集落があった。こんな所にはこういうことが無ければ来ることはないなあ、と話しながら行く。そこにも開発の波は押し寄せていて、南側の山がすっかり削られ、緑を失って土砂の山と化している。埋め立て用の土を採取しているのであろう。日本人は住む町の風景が変えられてしまうことに、全く無頓着な人種である。

手前から見えていた棒を立てたような建物はゴミ焼却場の煙突だった。煙突を剥き出しにしないのは、何への配慮なのだろうか。

岩松寺は峠を越えて少し下った四つ角から、南の一段下の谷へ降りた所にあった。ご朱印を貰いながら住職と話す。先程も三人組が見えたとの話に、中年夫婦はあの後どうしたのかと思った。こちらへは回っていないようであった。

観音堂は道路へ出て南側の山を少し登った所にあった。頬杖をついた石仏が珍しく、臼井さんが写真に撮った。古いながらもお堂に手入れがしてあるのが嬉しかった。そばに行者堂と子安地蔵堂があった。

第六番 真言宗 篠ヶ谷山しのがやざん岩松寺(がんしょうじ) 

   ささだにや 岩に松風 おとずれて すなわちみてら 浄土なるらん       

【本尊】聖観世音菩薩   【所在地】浅羽町篠ヶ谷

  

【歩程】第7番‐慈眼寺へ、北へ2.4キロ

上り返した原を広い道路に沿って北へ歩き、下った所が袋井の団地であった。団地を横切って、新幹線を潜り、東海道線の上を渡って、少し迷った後、慈眼寺についた。

庫裏に案内を乞うたが留守であった。ご朱印は本堂の縁側に出してあったので打たして貰う。ここも「遠州三十三観音札所」と兼ねている。「福聚山」の額が随分と変わった書体で、パンフレットによれば、東大寺管長清水公照の真筆だという。

第七番 曹洞宗 福聚山ふくじゅざん慈眼寺(じげんじ)

   じげんして 導き給え 法(のり)の道 ただ一筋に たのむ観音 

【本尊】聖観世音菩薩   【所在地】袋井市高尾

【歩程】第一日目終‐JR袋井駅へ、南西へ0.3キロ

和さんが足の付け根が少し痛いと言った程度で、巡礼団一同、心地好い疲れを感じながら電車に乗り、金谷駅で解散する。弥次喜多コンビも歩く楽しさを感じてくれたようだ。先を急がず、今日程度の道のりにして、道草を多くし、第二回目を計画したい。

(平成5年2月11日)分終わり

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