自分古文書(16)遠江三十三観音巡礼(9)

 
大尾山顕光寺(ネットより拝借) 
鳥居杉は倒木したと聞く 

 2025.12.27

ようやくその気になって、年賀状印刷を行った。明日は宛名を印刷して、遠い所から出すつもりである。 

「遠江三十三観音巡礼」の4日目である。3日目から1ヶ月半経っている。30年まえは7月でもそれほど暑くはなかったのだろう。 

巡礼団梅雨末期の大尾山に登る  遠江三十三観音巡礼④

 第十三番 大尾山顕光寺

 日 時  平成5年7月10日(土) 天候 曇り一時雨

朝方雨が降ったけれども、出掛ける時には晴れ間さえも見える天気となる。この七月に平地を歩くのはどうかと思ったが、梅雨の今ならそんなに暑くもならないだろうと計画する。

前回と全く同じ電車に乗る。掛川では今にも降りそうな雲行きになって来た。天浜線原田駅に下車し歩きはじめる。皆んな家では野菜作りをしていて、前回歩いて勝手を知った道を歩きながら、道畔の野菜畑をそれぞれの自家菜園と比べて、野菜談義に花が咲いた。

長源庵の少し先で、会社の釣り好きの二人、両渡辺氏に出会った。車でその先の川の鮎の具合を見て来て、これから別の川を見に行くのだという。釣り仲間と巡礼団がここで会うとは奇遇である。

【歩程】旭増禅寺へ、北へ三.一キロ

西谷川に架かる中野橋。両渡辺氏はこの川の様子を見に来たのだろう。「かじか」がしきりに鳴いている。良い声である。少し先の川向こうに、今では珍しくなった藁屋根の家が見えた。板壁が黒く塗られてコントラストが良い。母家ではなくて、門を兼ねた物置にでもなっているのだろうか。写真班がカメラを向ける。

「神谷山旭増禅寺」と寺名を書いた大きな石柱が路傍にあって、少し入った所にお寺が見えた。立ち寄って休憩を取る。大きな板状の石の「忠魂碑」があり、「三界萬霊供養」と書いた石仏が数体並んでいる。無住のようだが、檀家が支えているのか、管理の行き届いた立派なお寺であった。賽銭を撒き、手を合わせた。

【歩程】西之谷簡易郵便局へ、北東へ三.六キロ

西之谷簡易郵便局は、地図には郵便局のマークがあったが、今はポストだけで、郵便局は廃業したように見えた。ただ字の消えかかった木製の看板がまだ掛かっていた。

休憩後、登りに入る。舗装された農道を少しずつ登って行く。道端に沢蟹を多く見る。甲羅は焦げ茶色だが、甲羅の周りと足は澄んだ茜色で大変綺麗である。歩く間に一〇匹以上目にした。沢から道路へ上がって来ているのは、きっと雨が近いのだろうと話していると、雨が降って来た。大粒の雨ではないが、そのまま濡れていくのは遠慮したい程の雨で、傘をさした。

【歩程】大畑共同製茶工場へ、北東へ二.四キロ

ぐるりと大きく戻るように登って、登り詰めた尾根上の茶畑の中に、大畑の茶工場があった。軒下で休憩するうちに雨は止んだ。目の前に衆議院選挙と県知事選挙の選挙ポスターを張る看板がある。県知事選挙の看板には、まだ公示前でポスターは張られていない。その看板を掛川市の車が見回りに来た。

尾根道で休憩 

【歩程】顕光寺へ、北東へ五.七キロ

大尾山への尾根を辿る道の分岐に、遠江三十三観音の道標の石柱がある。休憩の後、最近舗装整備された道を行く。その先に出来た送電線の鉄塔は、昭和六三年測量の地図には表示されていなかったから、道路整備もその鉄塔建設のためと思われた。道端にトンボソウが花穂を出していた。和さん・臼さんの食指を刺激したが、準備が無かったので見送った。見覚えのある大尾山広場まで随分時間が掛かった。広場は駐車場にするためか、コンクリートで舗装されていた。

庫裏を素通りして山頂にある顕光寺本堂へ行く。ここに参詣するのは三度目である。鳥居杉は開山の時に植えたものだという。静岡県指定天然記念物に指定されている。

 第十三番 真言宗 大尾山おびさん 顕光寺(けんこうじ)

    はるばると 登りて見れば 大尾寺の 雪も氷も とけて流るる

【本尊】千手観世音菩薩   【所在地】掛川市居尻

【名木】鳥居杉(目通り7メートル、樹高30メートル、
             枝張り 東西10メートル、樹齢一二〇〇年)

顕光寺の庫裏でご朱印を頼み、軒下で食事を取ることを頼んだところ、縁側に上がれとガラス戸を開け、座蒲団まで出して下さる。お握りを食べながらお寺の老夫婦と話す。

最初に通った時、吠えた雑種犬はもう十五歳以上になること。庭のカイドウは日本一だと言われて、大きなカイドウがあるお寺などに出向いて写真を撮って来た結果、やはり日本一枝振りの大きいカイドウだったこと。

かつて遠江三十三観音は、毎年のようにお参りして回り、下の部落の普通の農家が巡礼の常宿になっていたこと。この寺は檀家を持たないけれども、三十三観音のお寺の大半は、檀家を持たないお寺だったこと。当山は、開山千二百年になるが、その間住職が一系であり、こういうお寺は珍しいこと。昔は代々の掛川城主の祈祷所で、充分な禄や山林を貰っていたが、今では食えないので、山仕事や製茶までやったこと。

本尊にお参りした。壁に「遠州七天狗」とあり、「奥山、春埜山、大日山、大尾山、光明山、小笠山、油山、竜頭山」と書かれていた。しかし、今数えて見ると八山あり、八天狗だったのかもしれない。

【歩程】居尻バス停へ、南へ三.〇キロ

 居尻への下山路では、先ほど降った雨で、先頭を下る者が露払いで濡れることが気にかかった。居尻のキャンプ場から、今日も登って来た人がいるという話に、登山道の草は刈払われている事を信じて下る。伐採の跡に植えられた幼木も随分大きく育ち、下草もそれ程はびこっていなかった。キャンプ場はテントでいっぱいだった。

居尻バス停でバスの時間を見たら30分ほどで来る。それを逃すと更に2時間後だという。今日はここまでと諦めて、乗ることにする。「掛川バス」という市営の黄色いバスで、皆んな乗るのは初めてである。珍しい経験をさせて貰う。

(平成5年7月10日、巡礼4日目終り) 

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