自分古文書(16)遠江三十三観音巡礼(14)
2026.1. 14
午後、「古文書解読を楽しむ」講座のため、榛原文化センターに行く。今年最初の古文書講座の講師である。一年経つのは早いもので、来月にはまきのはら塾発表会が開かれる。その中で、毎年の展示とは別に、一時間ほど、講座の体験コーナーをやることになっている。どんなテーマを選ぼうか、また忙しくなる。
夜、M氏より電話がある。大学の共通の先輩O氏の容態を聞く電話であった。先月会ったが、治療は続けているようで、変わらないように見えた。趣味の山登りも、日帰りくらいのものに参加しているようだと話す。M氏は高市総理の実現の時には、麻生氏に繋いだりと、活躍したようだ。さらに、憲法改正、夫婦別姓、皇位継承などの問題では、高市総理のブレーンのような役割らしい。今年はお互いに80歳になるが、まだまだ頑張っている。
さて、観音巡礼6回目の続きを載せよう。
日坂まで何とか近道をしたくてチャレンジしたが、結局国道に出てしまった。国道の歩道は、降る雨と車が上げる水しぶきの両方を気にしなければならない。一度歩道を避けて、小学校の校庭を歩いた所、水溜まりに行く手を阻まれ、じゃぶじゃぶと水の中を歩く羽目に陥り、靴の中で金魚が飼えるほど濡らしてしまった。しかし、降り続けた雨も伊達方辺りで漸く止み加減になった。
日坂の町中、相伝寺の入口の左手に観音堂があった。今までで一番みすぼらしい観音堂だった。建物が古いことはどのお堂も同じだが、ここのお堂は覗くと古い扇風機が置かれるなど物置同様になっていて、ほとんど掃除らしい掃除もされず、悲しくなるような実体であった。外に建てられた新しい三十三観音の赤い幟が何か白々しく感じる。後でご朱印を貰いに行った本堂が立派だっただけに、また今日回ったどのお堂も地元の人が、彼岸の中日で綺麗にしてあっただけに、落差が大きかった。
春は花 秋はもみじの 露までも 宿れる月も 光よき寺
【本尊】聖観世音菩薩 【所在地】掛川市日坂下町
【歩程】常現寺へ、北へ0.9キロ
粟ヶ岳の頂上の第二十三番無間山観音寺のご朱印は、常現寺にあるとの情報に、今日ご朱印を先にもらって置き、粟ヶ岳へは次回登る予定であった。雨の上がった国道を数分、毎日の車通勤で見慣れた国道端の常現寺に至る。バスの時間を気にしながらご朱印を貰う。参道の入口の「いぼ地蔵尊」には頭が無く、下に丸い石が二つ置かれていた。そばに謂われが記されていた。いぼを取りたい人は頭を下へ落として願を掛け、いぼが取れたら頭を元へ戻すと祈ると、ご利益があるという。お地蔵さんを脅迫しているようで、乱暴な、しかし楽しい願掛けである。ところで、まだ頭が下へあるということは願が叶えられていないのだろう。
【歩程】日坂バス停へ、南西へ〇.七キロ
日坂バス停で数少ないバスに、待ち時間無しに乗れた。もっとも今日は偶然ではなく、用意周到に時間調整をした結果であった。
帰りの蕎麦が皆んなの頭に浮かんだけれども、今日はまだ時間が早く、食欲が回復していないためパスとなる。帰りの電車で、鈴さんの提案により、次回巡礼を明後日土曜日に決める。一日雨に叩かれただけに、今度は良いお天気であって欲しい。
(平成五年九月二十三日分、巡礼6日目終り)
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