信用が第一なんて、昔のことか
中部電力、浜岡原発(ネットより拝借)
2026.1. 17
今日は、午前、午後で、金谷宿大学「古文書に親しむ」2講座を実施した。見学に来た方は、受講してくれる気になっただろうか。今日は、少し雑談が入ったが、雑談も少しは入れるべきだと思った。雑談を入れると雰囲気が良くなる。
古文書を読んでいると、江戸時代の商人は信用を何よりも大切にした。店の者達にも、信用が何よりも大切であることを、くどいくらいに言い聞かせていたように思う。
一方、武士は、「武士に二言はない」 と、口に出したことは必ず守ることを誇りとしていたように思う。
明治になって、幾つも企業が起こされたが、企業家たちは「武士に二言はない」 精神と商人の信用を引き継いで企業を興していった。明治から100年を超えて、高度成長の辺りまでは、その精神が営々と守られて、日本の企業は世界に認められてきたように思う。その後、グローバル化が唯一の正義のように、企業の目標になって、日本の企業は金儲けが最優先の企業へと成り下って、信用など顧みられることがなくなったやに見える。しかし、信用をないがしろにした幾つもの企業が、大きなしっぺ返しを受けているのも事実である。
近頃、それが大企業がやる所業かと耳を疑いたくなることが、毎日のように報道されている。中電の浜岡原発のデーター偽装など、身近な事件だが耳を塞ぎたくなる。トップはまるで末端の部下たちが勝手にやったことで、知らなかったような顔をしているが、データー偽装に追い込んだのは、トップ以外の誰でもない。
日頃、企業にとって信用が第一で、それを守るためには一時的な損失を蒙っても、止むを得ないという考え方を徹底浸透させておれば、優秀な部下たちは、データー偽装などという愚挙に出なかったはずである。おそらく、今回のデーター偽装の発覚も、内部告発が発端だった気がする。正にトップの責任である。それが嫌ならトップにならなければよい。責任を追及されることもない。
外資系保険会社の、大量の外交員による顧客への投資詐欺事件が報道されて、世も末だと思った。そんなうまい話はないのだから、だまされる方がわるいと言わんばかりの風潮も気に入らない。大手の保険会社社員なら、その言動は誰でも信用してしまうであろう。日本では、今までは信用が第一で、大会社の社員が言う事ならば皆んな信用しても、間違いはなかったのである。
ああ、もう我慢の限界だから、しばらくは目を覆い、耳を塞いでおこう。
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