自分古文書(16)遠江三十三観音巡礼(13)
2026.1. 11
昨日は体調がすぐれず、宵寝をしてしまったところ、眠気が訪れず、いっその事と、古文書の解読をして、徹夜をしてしまった。今まで、遅くなっても寝ることは寝ていたので、徹夜などするのは何十年ぶりだろうか。記憶にない。
昼、息子を近所の新年会に出した。八十歳を機会に、近所の付き合いは息子に任せようと思う。ぶつくさ言っていたが、何とか出席してくれた。さて、観音巡礼の、6回目の続きを載せる。
雨はかなり繁く降っている。道路に流れが出来ている所もあり、そろそろ靴の中が濡れ始めてきた。国道を渡り返してバイパスをくぐる。左の谷へ入れば小原子、右の谷に入れば大原子に至る分岐に来た。大原子にも一寺あるが、まず左の小原子に向かう。
慈明寺にも当番が数人いる。お茶とお決まりのお煎餅を貰い、少し話をする。歩いて回っているというと、昔は森町までお彼岸にお参りに行ったが、朝早く起きて日帰りで行った、とおじさんが話す。今時、歩いて回っていると聞くのは初めてだとおばさんが言う。昔はお彼岸には参詣者の列が絶えないぐらいいて、子供たちは道路に並んで、巡礼者からお菓子を貰ったりしたとも話す。接待を受けた巡礼の上前をはねる訳だが、昔はそのような心温まる交流があった。
慈明寺の狭い境内には樹齢は三、四百年の太い槇の木があった。次の観音寺は目の前の山を越えた東側で、ほとんど背中合わせにある。我々の質問に、昔は山越えの道があったというが、今ではその道も判らなくなったと話す。分岐点まで戻らなければならない。
和さんと臼さんが集印帳を購入するべく、最初に行ったお寺が次の観音寺であった。無住のその寺には置いてなくて、世話人の息子さんが真昌寺まで車で先導してくれたという。観音堂の側に立派な集会場があったから、昼食はそこでとらせて貰おうと決めて向かう。
第十九番 曹洞宗 明照山(みょうしょうざん)慈明寺 (じみょうじ)
もち月や 明らかなるを しるべにて 歩みをはこぶ 人ぞたのもし
【本尊】聖観世音菩薩 【所在地】掛川市小原子(おばらこ)
【歩程】第二十番‐観音寺へ、東へ1.6キロ
慈明寺を出て間もなく、慈明寺に向かう吉田のおじさんの車とすれ違った。そして、観音寺のわずか手前で、今度は追い抜かれた。新福寺を同時に後にした筈なのに、車にしては随分遅いと疑問に思い、追いついて聞くと、東山の観泉寺に先に行って来たが、新築して随分立派になっていたと話す。我々は今日そこまで行けそうにない。次回の巡礼で行くことになるだろう。
この観音堂には幕が巡らされ、それなりの準備がされているように見えたが、昼食に帰っているためか、誰も居なかった。雨は止みそうになく、隣の公会堂を覗くと立派な建物でテーブルなどもある。交渉係の鈴さんが側の世話人の家へ頼みに行ってくれる。昼食途中のおじさんを連れて戻り、場所を拝借した上にお茶まで入れて貰う。境内には慈明寺のものに匹敵する程の槇の木と、それより細いが樹齢百年位の槇の木の二本が、山門のように立っていた。いずれも樹勢は良好のようで枝振りも良い。
第二十番 曹洞宗 子安山観音寺(こやすざん かんのんじ)
父母を 助け給えの 観世音 心をつくす のりのしるべに
【本尊】如意輪観世音菩薩 【所在地】掛川市大原子
【名木】マキ(左右に山門のように古木あり)
(6日目続く)
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