金谷郷土史研で「歳代記」をテキストに話す
午後、金谷郷土史研。N氏の勧誘で、御夫婦で入会される方が一組出て、現在14名の会員となる。長期離脱の2名を除いても12名になり、随分と賑やかになった。
今日は、自分が話をすることを請け負った。課題は「歳代記」という古文書、これの解読版を「幕末編」と「明治編」に分けて、我が家のプリンターで2冊の冊子にして、それを皆さんに配り、教材にして2時間話した。
「歳代記」は幕末から明治にかけて、金谷宿に在住の松浦幸蔵氏が記録されたものである。川越しで有名な大井川の川役人をされていた関係で、中々の情報通であった。その内容には、歴史の教科書では教えない郷土の歴史がくわしく描かれて、大変興味深い。
今日、話したのは、一つは幕末に街道筋に起きた「ええじゃないか騒動」の詳しい顛末である。街道の宿々に伝搬するように発生した「ええじゃないか騒動」について、おそらくこれだけ詳しく書き残したものは全国探してもないと思う。
事は天から寺社のお札が降ってくるところから始まる。降ってきたお宅では表に祭壇を設けてお札をお祭りする。(上の絵のごとく)それと共に、酒肴を振る舞い、餅や銭を撒いたりして祝うのである。お札が次々に降り、降ってきた家は次から次へと出てくるから、宿中がお祭り騒ぎになる。それが半年も続くのである。明治維新の前年の話で、一方で物価が高騰して、あちこちから、きな臭いうわさが伝わってくる。そんな時代の騒動だった。
かつて、自分も古文書講座でこの解読を聞いて驚いた。「ええじゃないか 」の話は、てっきり江戸時代に何十年置きかに、お伊勢参りのブームがあって、たくさんの人がお伊勢参りだから「ええじゃないか」と仕事を放りだし、徒党をくんでお伊勢参りにゆくことがあった。そのことを言うのかと勘違いしていたが、この「ええじゃないか騒動」は江戸末期の社会不安が引き起こした社会現象だった。
その話に一番時間を掛け、「善光寺の御開帳」「中山新道落成のお祝い」など、いくつかの話をして、是非ともその冊子を読んでもらいたいと話した。読めば色々な疑問も湧いてくるだろうし、調べてみようと思うことも出来てくると思う。ぜひこんなことを皆んなで調べてみるのも、この研究会の意味になると思う。
気持が伝わっただろうか。話している方にはそれが解らないから不安である。
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