正月三日の二本の電話

 
 かなくんの弓道姿(名古屋にて)

2026.1. 3  

午後、名古屋のかなくんも、名古屋へ帰った。かなくんがいる間は、掛川のマー君たちも、我が家へ通って来ていたが、それも掛川に帰って、我が家は急に静かになった。のんびりしていると、夕方、二本の電話があった。

一人は、滋賀県在住の「片肺さん」だった。「片肺さん」とは、「四国お遍路まんだら」で出会ったお遍路さんで、自分が片肺さんとあだ名を付けた遍路仲間である。当時、奥さんを亡くし自分は肺を患って、片肺を切除し、五年再発がなければ完治と言われて、その五年をお遍路で過ごそうと、何度も四国へ来ていると、四万十川のほとりの休憩舎で、出会って五分と経たないタイミングで告白された。

健脚だったので、共に歩けたのはわずかだったけれども、その後十数年、年賀状のやり取りをしている、老いてから出来た友人である。改めて、年齢を確かめたら七度目の年男だというから、八十四歳で、私よりも五年先輩であった。

片肺さんは、今は独居老人だという。ただ今まで孫たちが帰郷していて、賑やかだったが、皆な帰ってしまったので、独居老人に戻ったようだった。

今はバスツアーで温泉などへ行く旅を楽しみにしているという。東北へ行ったときに、昔話を語るイベントに参加して、楽しかったとも語る。またイタリア語の教室に通って、京都へ行くという。語学を学ぶというより、講座のあと、女性四人の受講生との交流が楽しいのだという。老いてもまだまだお盛んなようだ。

京都はオーバーツーリズムの状態から、高市発言後、中国人が来なくなり、ひっそりしているという。三万~四万していたホテル代も、今は一万円台に戻ったようだとも聞く。それなら、今まで敬遠していた日本人も、京都旅行が出来そうだと話す。まずは元気でおめでたい。

二人目は、故郷の次兄からの電話であった。次兄は大学時代弓道をやっていて、名古屋のかなくんが弓道を頑張っていると聞いて、夕方電話をしたという。子や孫が沢山いても、なかなか弓道やろうという子や孫もいないから、姪の子供でも、弓道をやっていると聞くと嬉しいようだ。

かなくんは名古屋の高校生の大会で二位になったとか、なかなか優秀なようだ。

座って行う禅を「座禅」というが、弓道は「立禅」とも呼ばれると、うんちくを話したらしい。

故郷の次兄も、片肺さんと、患部こそ違え、病み上がりで、ほぼ同年配である。

御二方とも、今年も元気に長生きしましょう。

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