正月四日、又々お遍路仲間から電話
2026.1. 4
午後、昨日に続いて、お遍路で知り合った人から電話を頂いた。自分が「四国お遍路まんだら」で「鬼コーチ」とあだ名を付けた男性である。
自費出版した「四国お遍路まんだら」では、知り合った人々を登場させるに、実名は使えないと思った。だが、Aさん、Bさんでは味気ない。そこで、一番印象深かったことで、あだ名を付けて使おうと思った。昨日の「片肺さん」もそうだが、足にマメを次々に作っていると聞いた、松山の人には「豆名人」のあだ名を付けた。その結果、まずいことには、実名が記憶から消えて、もっぱらあだ名のみで、記憶に残るようになってしまった。
電話を受けて、声で「鬼コーチ」だとすぐに分かった。健脚な方で、お遍路の後も、日本各地の徒歩の旅の、自家製写真集を送っていただいたりした。静岡に来られて、久能山東照宮を案内したこともあった。
「鬼コーチ」の命名の由来は、これも四万十川手前の37番札所岩本寺の宿坊に泊まった折り知り合い、お遍路の歩行速度は、一時間に5キロが最適だとの持論を聞いた。翌朝一番に、一時間に5キロメートルのペースを教えるというので、同行させてもらった。平均一時間に4キロペースの自分には、いささかきつかった。その記憶から「鬼コーチ」のあだ名が生まれた。ところが「鬼コーチ」とは5キロ歩いたところで別れた。何か、四万十川で遊覧船に乗ると聞く。「えー、そんな、この先も歩くんじゃないの・・・」という感じであった。
今、脊髄を傷めて、歩けなくなり、リハビリ中だと聞く。あの健脚の「鬼コーチ」が信じられない気持ちだが、医者は歳相応だから、治療で良くはならない、リハビリで現状維持をはかるしかないと、何の治療もしてくれなかった。「鬼コーチ」は御歳、今年84才になる七回目の年男だという。(奇しくも片肺さんと同い年)今までさんざん歩かれてきたから、十分でしょうというと、いやまだまだ行きたい所、歩きたい所があるとおっしゃる。さすが「鬼コーチ」、自分にも厳しい。
「かさぶた日録」が見れなくなって、年賀状に「かさぶた残日録」になったとあったから、早速、パソコンのお気に入りに入れた。自分では出来なかったので、人に頼んだとおっしゃる。この文も早速見られるのだろうから、気を悪くされないだろうかと、今一度最初から読み直した。
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