自分古文書(17)東海道五十三次ウォーク(静岡県二十二宿)(7)
原、松陰寺山門(現在)ネットより写真拝借
2026.2.27
午前中、Nさん事務所へ行き長話。忙しいところ長居して申し訳ありませんでした。
「大井河源記」(解読版)でプリンターを酷使したせいか、プリンターの調子がおかしい。何枚もプリントしたあと、途中で止まって、後のプリントを受け付けない。電源を入れ直すと、また初めからプリントが始まる。結果、倍近くのプリントが出来てしまう。たくさんプリントしたいため、余分にはならないからOKではあるが、何とも理解し難い。
東海道ウォーク、二日目ももう少しである。
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スタンプを貰うために一時間ほど余分に掛かってしまった。やっと旧東海道に戻って、歩き始めてすぐに、『千本山乗雲寺』に寄る。潮の害に難儀している農民を救うため、砂浜に松を一本ずつ植えて千本松原を造ったと言われる増誉上人が開山したお寺である。境内は日本庭園で埋め尽くされており、立派な新しい鐘撞堂が建立されていた。釣鐘も新しく鋳造されたばかりのものであった。このあと街道筋で見た多くの寺院で、門といい、本堂といい大変立派な新しい建物が目立った。これはバブルで得たお金の寄進で出来たものかもしれない。何年か立って、このバブルの時代に出来た多くのものが、後世の人の語り草になるのであろうか。境内の隅に若山牧水の墓があり、墓を囲む石柱に次の短歌が刻まれていた。
『従是東沼津領』の石柱杭は八幡宮の前にあった。この八幡宮の由来については看板に細かい字でびっしり記されていたが、大昔から説き起こした長文に読む気持を無くした。この石柱杭は下部の『沼津領』の部分が失われていた。字体から西のものと一対をなすものであることは明らかであった。側に『沼津藩領境』の共通サインがあった。
沼津宿 0.9km →【沼津市 沼津藩領境】 → 原宿 3km
『大諏訪の一里塚』を探しながら歩く。ところが見つけない内に次の目標の『神明塚古墳』の標識が出てきた。細道を少し入ると住宅地の中の小さな公園で、小高い円墳らしき形状の岡の上に社があった。祭神は天照大御神、木立の間の赤土の露出した斜面を子供たちが滑り降りたのか、筋が幾本もついていた。
原の町に入って『松蔭寺』に到る。ここに、東海道スタンプ『原宿』がある。原の町は日本の代表的な禅僧の白隠禅師の生まれた所で、松蔭寺は白隠禅師が再興した名刹である。山門は石の瓦 一〇八枚で葺いてあるという。一見セメント瓦に見えた。境内の外れに樹齢三〇〇年といわれる『摺鉢松』があった。東海道スタンプと共に御朱印も貰う。なお『白隠禅師生誕の地』の碑が原駅に向かう途中にあった。
沼津宿 5.2km →【沼津市原 原宿】 → 吉原宿 11.3km
東海道スタンプ「愛宕山と富士山」
(東海道ウォーク二日目、終り)
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