自分古文書(17)東海道五十三次ウォーク(静岡県二十二宿)(5)
富士の白雪朝日で溶けて 三島女郎衆の化粧水
2026.2.24
夜、金谷宿大学の教授会で、金谷公民館に行く。いつも隣の席になる金谷宿の歴史の講座のOさんに、出来たばかりの大井河源記(解読版)を進呈しようと、準備をしていたが、Oさんは欠席で、いつも代表で教授委嘱状をもらう役が自分のところへ廻ってきた。
来年度は二人、初心者クラスに受講の応募があったようだ。辞める方も出るのでもう二人ほど希望者がでればよいのだが。
隣に短歌のS教授がいたので、短歌と狂歌の違いを聞く。面白おかしく読むのが狂歌だと聞く。Oさんの代わりにS教授に、大井河源記(解読版)を進呈した。S教授は「竹下村誌稿」の解読のことも承知しておられた。光栄である。
東海道ウォークは初回から11日目に、二回目を実施した。一行はやる気である。
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歩く励みはサイン・スタンプ・一里塚
三島宿 → 沼津宿 → 原宿
日時 平成7年1月16日(月) 晴れ
昨日は娘の成人式で、カメラマンやら運転手で大忙しであった。明けて今朝、第二回目の東海道ウォーキングへ出掛ける。前回は静岡と沼津で列車の切離しがあり、その度に後ろの車両に乗り換えたりしたが、今回は一電車早くしたため一時間半で三島に着いた。話に花を咲かせていると時間の立つのが早い。
駅からすぐの、アスファルト道路に囲まれた三角地帯に岩山が頭を出して、数本のケヤキの大木が岩を掴んでいた。そこは小さな公園になっていて「愛染の滝」と名付けられた小さな滝が岩の上方から流れていた。「飲料水」と標識の立った竹樋から細く出ている水を飲んでみた。少し生温かった。三島には楽寿園を始め、いたる所から富士山の湧き水が出ているとは聞いていたが、こんな街中からも出ているとは驚きであった。近くの三島市民文化会館前のからくり時計が、ちょうど九時を知らせた。楽器を持った小さな三体の人形が、円筒型の時計塔の上部から現れて、音楽を奏でながらぐるぐる回る。
楽寿園の近くに「三島女郎衆の碑」があると本で読んで、向かい側の公園に入って探した。ここにも湧き水の流れとケヤキが目立つ。公園の南東の角に「白滝観音堂」があり、傍らに目的の「三島女郎衆の碑」があった。高さ3メートルほどの板碑に、農兵節を思い起こさせる句が刻まれていた。
富士の白雪朝日で溶けて 三島女郎衆の化粧水
公園の出口には昔の手押しポンプのからくりがあり、前に立つとセンサーが作動して、両側の子供の人形がよいしょ、よいしょと声を上げながら、手押しポンプを押し始めた。そこから出る水も飲料水になるようだった。
旧東海道に戻って商店街を少し西へ行くと、店先に本陣跡の表示があった。南側に「樋口本陣址」、斜向かいに「世古本陣址」があった。
街を流れる数ある富士の湧き水、その一つの堀割端に「三ツ石神社」がある。その参道の途中に「時の鐘」があった。江戸時代から宿場に時を知らせていた鐘が、太平洋戦争に供出されて、戦後再建されたものだという。大晦日には町民に撞かせるというが、鐘楼には登る階段がなく、そばの公会堂の軒下に梯子が寄せ掛けてあった。
伊豆箱根鉄道の踏切手前の連馨寺に、芭蕉句碑があるというので、境内を探した。しかし、芭蕉の墓はあったが句碑が見当たらない。良く見ると墓の側面に句が刻まれている。句は読めなかったが、後日調べたところ「いざともに穂麦喰はん草枕」という句だという。
宿場の入口で木戸や番所があった所を見付という。境川の手前の道路端に、「西見付跡」の石標柱があり、階段を少し上がった所に小さな社があった。傍らに太いムクの木がある。樹齢250年というから、江戸時代より三島宿の西の入口にあって街道を見下ろして来た木である。その向かい側に「千貫樋」の説明板があった。戦国時代、伊豆の水を駿河へ送るために造られた水路で、造られた経緯が美談として書かれていた。元は木造の水路だったが、関東大震災後コンクリートで作り直されて、今でも水路として使われている。境川を渡る千貫樋が北側50メートルほど先に見えた。千貫樋は幅1.9メートル、深さ4.2メートル、高さ4.2メートルあるそうだ。路地を入って千貫樋のそばまで行ってみようとしたが、路地の所では暗渠に入ってしまって確認出来なかった。清水町に入ってすぐ「向かい宿」の共通サインがあった。
東海道スタンプ「清水町」は三島清水郵便局前に置かれていた。鈴さんは柿田川湧水地まで足を延ばそうと提案したが、皆んな先を急ぐ方を選んだ。柿田川公園にもスタンプが置かれている。
すり鉢を伏せた形の「伏見の一里塚」が道の両側にあった。左側の宝池寺前の一里塚は最近整備されて奇麗になっていた。右側の玉井寺横の一里塚は垣根の中にあって外から伺えるだけであるが、昔からのものらしく、樹木と雑草に覆われていた。
(今日はここまで、つづく)
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