自分古文書(17)東海道五十三次ウォーク(静岡県二十二宿)(20)
午後、名古屋のかなくんと掛川のまーくんの一段が帰り、静かになった。昼は七人に、パスタを三種類作った。市販のミートソース、ナポリタン、たらこをベースに、椎茸、エビ、トマト、ごぼう巻き等を使って、ひと工夫した。
東海道ウォークは七日目に入る。この日は岡部から自宅まで歩くことになる。
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川留めは島田の宿に文化(俳句)を残す
岡部宿 → 藤枝宿 → 島田宿 → 金谷宿
日時 平成七年七年一八日(火) 曇りのち時々晴れ、夏にしては涼しい
前回からまだ四日しか立っていないが、七月の夏休みの最終日、声を掛けたら行こうということになった。この四日の間に夏の高校野球の県予選が始まったが、二十一日までは一時試合が無いため、この時期、高校野球観戦に忙しい和さん、臼さんともに都合がついた。
今年は梅雨がまだ開けていない。それどころか、今日は、梅雨前線が北の高気圧に押されて、太平洋に下がったため、天候はよくなり涼しくなるとの予報であった。夏場でもこういう日なら歩ける。
JR藤枝駅から新静岡駅行のバスに乗り岡部へ向かう。途中藤枝の通りで和さんが一里塚の標識を見つけたと言う。
前回慌てて乗ったバス停は、正しくは『岡部役場前』であった。『五智如来』が役場前にあるというので、先ず役場へ足を延ばしてみたが、役場の周囲を一回りするも見当たらなかった。バス停まで引き返して、先へ行こうとした所に、屋根を設えられた五智如来石仏像が五体と、その背後に数体の石仏が祀られていた。想像した以上に大きく立派な石仏であった。右から釈迦如来、阿閦如来、大日如来、宝生如来、阿弥陀如来と並んでいる。田中藩の家老が寄進したものだという。
岡部の町を外れると、旧国道一号線の広い道に、東海道の松並木が残っていた。松のための緑地が残してあって、立派な松が残っている。しかし枯れるものもあるらしく、歯抜けになっていて残念である。枯れるのは自然の摂理なのだから、後代を植えて行けば良いと思われるのだが、そんな様子が伺えないのが残念である。
国道のバイパスを潜って、旧東海道に別れる入口に『岩村藩領傍示杭跡』の標示杭があった。岩村藩は松平能登守が藩主の小藩だったようだ。旧道のあちこちに往時の建物や小路の標示杭が立てられていた。
朝比奈川に掛かる横内橋を渡った後、旧道は国道一号線の南側を沿ったり離れたりしながら進む。一号線は良く車で通るが、こんな所を旧東海道が通っているとは知らなかった。鬼島の一里塚には木の標示杭があった。
葉梨川を渡り、水守の集落の須賀神社に至る。ここのクスノキは静岡県の巨木に入っており、巨大なものであった。しかも、今でも工夫すればその木に登れそうで、おそらく近所の子供たちの遊び場になっているのであろう。そんな親しみを感じさせる巨木であった。
会社の特約店の高橋商会の前を通り掛かると主人が出てきた。店に立ち寄りお茶をいただく。臼さんは例によってトイレを借りた。
国道を斜めに渡った藤枝の市街地の入口に藤枝宿の東木戸の石柱があった。その前のお店は『木戸口染物店』と言うのだそうだが、その時は気付かずに通り過ぎた。
藤枝市街地の真ん中に蓮生寺がある。源氏の武士、熊谷直実が出家をして蓮生法師となり、藤枝の長者の帰依を受けて、熊谷山蓮生寺を開いたという。門に大きな常夜燈と藤枝宿のサインがあった。
岡部宿 5.5km →【藤枝宿(長楽寺町)】 → 島田宿 8.8km
本堂と庫裏の間を裏手に通り抜けると、天然記念物の『大イブキ』がある。静岡県の巨木にこそ入っていないが、イブキとしては随分太い木であった。
『大イブキ 天然記念物 樹齢 700年 樹高 6.8m 根回り
1.65m』
『東海道』スタンプ『藤枝宿』を探して、余分な道を歩いてしまった。『歴史の道ウォークマップ』の地図に騙されたようである。スタンプのある『上伝馬町商店街組合事務所』は東海道沿いの小さな神社の境内にあった。ここのスタンプは随分沢山の人が付いたようで、磨耗して絵がはっきりしないが、どうやら名物であった『瀬戸の染飯』の版木を型取ったもののようだ。
そばに二つ目の藤枝宿のサインがあった。向かいに『おたけせんべい』の店があり、鈴さんと和さんが買った。
岡部宿 6km →【藤枝宿(上天馬町)】 → 島田宿 8.3km
瀬戸谷川の川原に降りて休憩を取る。橋の下でバーベキュー後、ゴミをマーケットの袋に入れたまま放置してあった。マナーの悪さに腹が立つ。
瀬戸谷川の橋を渡った所に『東海道一里塚蹟』の石柱があった。志太の一里塚である。「江戸より50里」と刻まれていた。側の家からおばさんが出てきて、一里塚の事を書いた本があるから見せると言って、家から小冊子を取って来た。地元で発行した東海道マップと旧蹟の案内のパンフレットであった。ざっと見せて貰い礼を言って返す。
昼食を取る食堂を探しながら『ろくなん』や『鈴木鉄工所』のある見慣れた通りを通って、青木交差点を渡る。国道端の蕎麦屋岩久で昼食にした。
(東海道ウォーク七日目、つづく)
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