自分古文書(17)東海道五十三次ウォーク(静岡県二十二宿)(27)
東海道ウォーク九日目を続ける。
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袋井市に入って、『東海道之真中』という標識のある夏涼山中道寺に至る。元は善光寺といったが、江戸時代から東海道のちょうど真ん中として知られ、いつか『中道寺』と呼ばれて、寺の名前となったという。その先に両側に土塁と松並木が珍しく残っていた。そしてその中に原川松並木のサインがあった。
掛川宿 4.6km →【袋井市 原川松並木】 → 袋井宿 4.6km
大和ハウスの側に、赤い富士浅間宮大鳥居があった。国指定の重要文化財との表示もあったが、近くに神社もない。ただ、工場の間を小道が北へ延びているだけである。鳥居下で休憩を取る。臼さんから蜜柑が回ってくる。地図を見て想像するに、神社は国道一号線とバイパスを越えた遙か先の小山にあって、かってはここが参道の入口だったのであろう。そう考えて小山を遠望すると鳥居や祭りの幟旗がみえた。
道路脇の袋井東小学校の敷地内に、久津部一里塚の記念碑があった。また袋井市内に入る手前に七ツ森神社があり、祭りの準備をしていた。先を行くと神社に集結するのか、2台の屋台と出会った。1台は調子外れの威勢の上がらないお囃子だが、生演奏であった。もう1台は拡声器でテープを流していた。
一度国道一号線に出てすぐに市街地に入る。角に立て続けにサインがあった。
掛川宿 8.4km →【袋井市 東新屋】 → 袋井宿 0.7km
掛川宿 8.55km →【袋井市 西新屋】 → 袋井宿 0.55km
掛川宿 8.9km →【袋井市役所前】 → 袋井宿 0.2km
袋井の入口『天橋』にはかって桝型があり、いまでも道が折れ曲がって名残を示している。ここにも天橋のサインがあった。
掛川宿 9.1km →【袋井市 天橋】 → 見付宿 6.55km
袋井市内は秋祭り真っ盛りであった。ハッピを来た男が呼び止めて、各々に『東海道五十三次どまん中 袋井宿』と宣伝文句の入った小型懐中電灯をくれた。ご丁寧に電池もつけてある。背の高いおじさんをもう一人が町内会長だと紹介した。金谷から来たというと、金谷は石畳を再建して頑張っているようだが、袋井も色々町興しを考えているので、また是非来てくれという。
袋井宿場公園で『東海道』スタンプ『見付宿』を押そうと思ったが、そこにスタンプが無かった。仕方無く袋井商工会議所まで戻る。川さんは宿場公園に残った。途中町内会長さんに会ったので、スタンプが紛失していると話した。
袋井の市街を抜けて、国道一号線に出る所に、川井のサインがあった。
袋井宿 0.85km →【袋井市 川井】 → 見付宿 5.1km
国道端の『天竜そば・ニュー藤屋』で昼食にした。その名も『天竜そば』を頼んだ。ボリュームがあって満腹になる。満腹は歩くのには少し辛いのだが。国道から木原の集落に入る旧街道との別れ道に木原松橋のサインがあった。
袋井宿 1.45km →【袋井市 木原松橋】 → 見付宿 4.55km
木原の集落にある許禰神社は木原畷と呼ばれる古戦場である。武田軍はこの地に砦を築き、袋井の北部の久野城に立て籠もる久野氏と一戦を交えた。有名な三方ヶ原の戦いの前哨戦であった。木原の旧街道から国道一号線に戻る所に木原のサインがあった。木原大念仏の発祥の地とも書いてあった。大きな数珠を大勢の人が回しながら念仏を唱える行事である。
袋井宿 1.9km →【袋井市 木原】 → 見付宿 4.1km
須賀神社でもお祭りの人寄りがしていた。『静岡県の巨木』に入っている大楠がある。樹高9m、樹齢500年と書いてあり、太い幹の2mほどの高さに人が入れそうなほどの洞が空いていた。
(東海道ウォーク九日目、つづく)
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