「油〆」って何のこと
2026.5.16
午前、午後と、金谷宿大学「古文書に親しむ」初心者講座、および、同経験者講座を実施した。昨夜、寝つきが悪くて、今日の2講座は今までになく疲れた。
昨日、駿河古文書会で、「油〆」という言葉が出て来た。江戸御三卿の田安家五代 慶頼と婚姻する閑院宮孝仁親王の三女睦宮光子が江戸へ下向される時、駿府の町通過の際、物静かにするように御触れが出た。その中に「油〆候儀、無用たるべき事」との言葉が出た。
自分は初めてみる言葉なので、事前にネットで時間をかけて調べた上で、「油〆」とは何のことかと質問した。答えられないようだったので、自分が調べたことを話した。
往時、油屋さんでは商談がなった時、手締めとして両者で「シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャン、シャン、シャン、シャン!」と、最後の「シャン」を二つ余分に打って祝った。最後の三つが「あ・ぶ・ら」を意味すると、手締めをやって見せて披露した。それが騒々しいと、ここでは、通過されるまで「無用たるべきこと」とされたのであろうと説明した。きっと、みんな面白がってくれるだろうとの思惑であった。
ところが、会長さんから、「『油〆』は油を搾る作業で、「キュー」というような不快な音がでるので、それを無用にしたのだ」との意見が出た。当会では会長さんの発言が絶対なので、話はそこで終わってしまった。反論すべきだったのだろうが、自分も黙ってしまった。
昨日帰宅後、今日の2講座の準備が終わってから、色々と調べてみた。まだ納得していなかったのである。会長さんの「キュー」という不快な音説、この説によれば、少なくとも駿府の町内で油が搾られていたことになるが、どんな油にせよ、消費地である駿府に材料(なたねなど)を持ち込んで油を搾る作業が行われていたとは思えない。どんな油でも生産地に近い場所で搾られ、油だけが消費地へ樽などに入れられて運ばれたはずである。つまりは駿府で「キュー」などと不快な音が日常的に出ることは考えられないのではなかろうか。
一方、手締めが、商談がまとまる度に繰り返されていたとすれば、その習慣を色々な店がまねをして、手締めすることが駿府の町で流行っていたとすれば、御触れで触れたくなるであろう。
ちなみに、自分は御触れをいくつも見ているが、禁止事項に「油〆」の言葉を見るのは初めてである。その後、店頭で商売が成立する度に手締めをするなど、厄介なことだと、みんな気づいて、自然にそんな習慣はなくなったのであろう。だから、この御触れはごく一時のものであったのであろうと思う。
ただし、今でも静岡茶市場では商談成立の際、シャン、シャン、シャンと三回たたく手締めが行われているし、年末の熊手市やだるま市などでも、三回の手打ちを聞いたことがある。これは「油〆」の簡略したものが、習慣として残ったものだと思うがどうであろう。
こんなことを寝床で考えていたら、睡眠時間が削られて、今日の2講座は大変きついものになったのである。
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