自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(27)

「防潮堤が高くなる。目測で6m位はありそうだ」

防潮堤が新旧3重にもなっている

2026.6.19

午後、駿河古文書会に出席する。前回、傘寿同窓会で古文書会は欠席したが、今日は随分久しぶりのように感じた。

夜、女子バレーネーションリーグ、3対0でチョコに勝つ。これで予選6連勝である。

静岡県海岸ウォーク、十三日目に入る。

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静岡県海岸ウォーク13 

大崩は絶景なれども危険がいっぱい!

小川港➔焼津港➔大崩海岸➔用宗港➔安倍川➔大浜➔浜川

平成5年2月27日(土)快晴、午後南西の風が出る

7:30 自宅(万歩計   0
気持の乗っている時に、稼いでおきたいと思い、先週に引き続き海岸歩きに出る。今月3度目である。学校に遅れそうな美貴子と友達二人を途中まで乗せ、女房に駅へ送ってもらう。

7:49 金谷駅(327)
鼻炎に良いと聞いて、駅売店でクールミントガムを買い求める。

8:27  焼津駅
小川港行のバス停を探すうち、目の前にいたバスが動き出した。その瞬間、目的のバスだと気がついた。バスの運転手に聞けば良かったのに、バスのサイドに書かれた経路に小川港が無かったので、案内板を読んでいたのである。次のバスまで15分以上あった。焼津の駅前広場を散策するうち、色々なものに気がついた。小さな池から湯気が上がっていて、焼津黒潮温泉を引いたものだとあった。手を漬けてみると生暖かい。小泉八雲像と焼津の印象記を刻んだ文学碑があった。焼津は小泉八雲(ラフカディオハーン)が何度か保養に来て滞在した縁の地である。登山靴を履いた男がバス停にいた。ここから何処へ?と疑問が湧いた。そのうちハイキング姿の仲間が数人集まり、話の様子では高草山に登るようであった。登山靴に騙されたが、ここから登る山は元々高草山ぐらいしかなかった。

8:38  小川港(1,470)
バス内の放送によると小川は『こがわ』と読むのが正しいようだ。お天気は今朝も良く、港の向こうに富士山が前回より裾を広げて大きく見えた。北方には南アルプスであろうか雪山も見える。対岸は造船所で中型の船が何隻も陸に上がって修理中であった。

8:58  小川港北先端 (3,585)
これより、高い防潮堤が始まった。陸が低い分、防潮堤が高くなる。目測で6m位はありそうだ。周りに丘らしきものも見当たらないのに、何故か『乙女ヶ丘南陸閘』と命名された、津波時の仕切り扉の外に小川魚市場が新設されていた。高い防潮堤の内側を歩く。殺風景と考えてか、壁に魚の絵を描いた所もあった。時折階段があって、登って確かめると外にもう一つ新しい防潮堤が出来ていた。その先では古い堤が加わり三重になっている所もあり、城壁に囲まれた中世ヨーロッパ都市を連想させた。

9:31  小泉八雲滞在の家付近 (6,695)
空き地に『小泉八雲滞在の家付近』という曖昧な標識があった。この曖昧さは震災のためか、戦災のためか。昔はここから目線の高さに海が見えていたはずである。現代ではここの住民は海の側に住みながら海を感じることなく暮らしているのであろう。

9:41  焼津港南防波堤灯台 (7,788)
漸く塀が尽き、焼津港が見えてきた。塀の切れ目から外へ出ると埋め立て工事が進んでいた。埋め立て地の先端に灯台が見えたので足を延ばす。『焼津港南防波堤灯台』とプレートにあった。埋め立て前は防波堤の先端だったのだ。

9:50  船玉浦神社 (8,602)
港の側の神社には狭い境内に奉納された錨があった。

焼津港

9:57  焼津港 (12,947) 
焼津港の魚市場は片方が開いた広い矩形の水面を囲んでコの字型に作られている。既にこの時間には船一隻いなかった。この矩形は周りを観客席に囲まれた浜名湖 モーターボート場の水面に似ていると思った。

10:10  山田菓子店 (10,985) 
今日は大崩れを越さねばならないので、食料の調達を気にしながら歩いていたが、なかなか見つからず、漸く見つけた店で助六と缶緑茶を買った。

(海岸ウォーク、十三日目、つづく)

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