自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(38)
ススキとセイタカアワダチソウの競演?
湾の向こうに伊豆の山々が見える
2026.7.15
朝、金谷郷土史研のNさんから電話があり、午後の打ち合わせという。何と、午後郷土史研があり、自分が担当になっていた。てっきり来週だと思っていた。一週、間違っていた。何の準備もしていなかった。もう30分くらいしか時間がない。慌てて資料をコピーした。今日は小島蕉園の「蕉園涉筆」の紹介と、前方数ページを紹介するつもりだった。しゃべりの準備は出来ていないが、まあ即興でやるしかないか。
話しの内容が理解してもらえたかどうか。とにかくB4で、5ぺージほどの説明を終わって、20分ほど時間が余ってしまった。その分、少し雑談して、話を納めた。慌てたけれども、まあ、何とかなったか。
静岡県海岸ウォーク、十七日目に入る。
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静岡県海岸ウォーク17
沼津で静岡県海岸ウォーキングの前半終了
吉原-田子の浦港-田子の浦-原-千本浜-沼津港-沼津
平成5年10月23日(土)快晴
8:23 自宅(万歩計 0)
昨日まで九州大隅に出張だった。遠江三十三観音巡礼について帰りの新幹線から携帯電話で連絡した所、臼さんが先週の風邪が尾を引いて行けないと言うので巡礼は延期となった。和さんと鈴さんは天浜線を途中下車しながら終点まで行くという。誘われたが海岸歩きに出掛けることにした。
8:30 金谷駅 (136)
今日、明日が学園祭だという長女と同じ電車で出掛ける。長女と二人で電車に乗るなど何年ぶりのことだろう。草薙で長女は下車。
今日、明日が学園祭だという長女と同じ電車で出掛ける。長女と二人で電車に乗るなど何年ぶりのことだろう。草薙で長女は下車。
9:50 吉原駅 (296)
手元の1/25000 の地図が沼津までしかなく、はかどれば今日は地図の無い地域まで足が延ばせそうなので、その先の地図を買うべく駅前で本屋を探した。市と言っても駅前商店街もなく、本屋も見あたらなかった。駅南の マーケットオカムラで昼食の助六寿司と瓶のジュースを買い求める。このマーケットは漁船が食料を仕入れるらしく、レジ係と客との間に『〇〇丸』という言葉が飛び交っている。
手元の1/25000 の地図が沼津までしかなく、はかどれば今日は地図の無い地域まで足が延ばせそうなので、その先の地図を買うべく駅前で本屋を探した。市と言っても駅前商店街もなく、本屋も見あたらなかった。駅南の マーケットオカムラで昼食の助六寿司と瓶のジュースを買い求める。このマーケットは漁船が食料を仕入れるらしく、レジ係と客との間に『〇〇丸』という言葉が飛び交っている。
港に沿って歩く。快晴だけれども空気が淀み、間近なはずの富士山が目を凝らしてやっと頭の部分が確認出来るだけだった。
10:18 『富士と港の見える公園』(2,677)
『富士と港の見える公園』には似つかわないほど大きな仏舎利塔があった。大きな木の幹型の展望台に登ると田子の浦港が一望に出来た。側に『石水門の碑』があった。明治18年に田子の浦港に注ぎこむ沼川の河口に当時としては大工事をして石の水門を建造した。
『富士と港の見える公園』には似つかわないほど大きな仏舎利塔があった。大きな木の幹型の展望台に登ると田子の浦港が一望に出来た。側に『石水門の碑』があった。明治18年に田子の浦港に注ぎこむ沼川の河口に当時としては大工事をして石の水門を建造した。
昭和41年の港湾改修工事に伴い取り壊されるまで、水門としての機能を果たしていたという。取り壊されるに際して碑文と共に富士山を背にした石水門の雄姿を刻み留めた石碑であった。
10:30 阿字神社
公園の下に神社があり、阿字神社という。天正の頃、三ツ股川に毒蛇がいて人々に害をなした。それを『阿字』という名の少女が人身御供になって静めた。その少女を八大竜王として祀り、水徳の神としたのがこの神社である。狭い境内に心字池があり神池とされ鯉が泳いでいた。
公園の下に神社があり、阿字神社という。天正の頃、三ツ股川に毒蛇がいて人々に害をなした。それを『阿字』という名の少女が人身御供になって静めた。その少女を八大竜王として祀り、水徳の神としたのがこの神社である。狭い境内に心字池があり神池とされ鯉が泳いでいた。
10:35 田子の浦港東端(3,727)
石油基地を守るように一段高い防潮堤が築かれている。浜に出ると水際はがっちりとテトラポットにガードされている。その先で現在護岸工事が進行中であった。防潮堤の上に戻りほどなく陸側に赤白の縞に彩色された巨大な煙突が近づいて来た。大昭和製紙の煙突である。もくもく出る白煙に、僅かに見える富士山も煙そうである。辺りにはススキとセイタカアワダチソウがせめぎ合うように咲いている。海は静かに凪いでいた。
石油基地を守るように一段高い防潮堤が築かれている。浜に出ると水際はがっちりとテトラポットにガードされている。その先で現在護岸工事が進行中であった。防潮堤の上に戻りほどなく陸側に赤白の縞に彩色された巨大な煙突が近づいて来た。大昭和製紙の煙突である。もくもく出る白煙に、僅かに見える富士山も煙そうである。辺りにはススキとセイタカアワダチソウがせめぎ合うように咲いている。海は静かに凪いでいた。
11:18 昭和放水路(8,619)
田子の浦港に流れる沼川の水を途中で放水する水路が昭和放水路である。その砂浜側がコンクリートで川幅を確保する工事中だった。放水路を渡る防潮堤上には防風柵があった。風を切って弱めるため、頑丈な鉄柱にプラスチック製のネットが張られていた。その陰に入ると日差しが和らぎ、しばし足を留める。この防風柵はこの後も度々見られた、波をつけて強度をもたせた穴あき鉄板をネットの代わりに張ったものもあった。
田子の浦港に流れる沼川の水を途中で放水する水路が昭和放水路である。その砂浜側がコンクリートで川幅を確保する工事中だった。放水路を渡る防潮堤上には防風柵があった。風を切って弱めるため、頑丈な鉄柱にプラスチック製のネットが張られていた。その陰に入ると日差しが和らぎ、しばし足を留める。この防風柵はこの後も度々見られた、波をつけて強度をもたせた穴あき鉄板をネットの代わりに張ったものもあった。
11:30~11:40 東田子の浦駅海側(9,935)
JR東田子の浦駅が近いのか、電車の音が聞こえる。食事をしようと思い防潮堤から砂浜に降りる。砂浜の流木に腰掛けて寿司を食べ、ジュースを飲む。沖に泊まる漁船から無線交信の壊れたような音が聞こえている。海辺には投げ釣りの男が一人。長閑である。休む間に少し風が出てきた。
JR東田子の浦駅が近いのか、電車の音が聞こえる。食事をしようと思い防潮堤から砂浜に降りる。砂浜の流木に腰掛けて寿司を食べ、ジュースを飲む。沖に泊まる漁船から無線交信の壊れたような音が聞こえている。海辺には投げ釣りの男が一人。長閑である。休む間に少し風が出てきた。
(海岸ウォーク、十七日目、つづく)
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