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「蕉園渉筆」(漢文)を読む(21)古鐘

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  「上越秋山紀行 下巻」解読一般向け冊子 2026.7.31 「上越秋山紀行 下巻」解読一般向け冊子が出来て、先日「上巻」を進呈したTさんに進呈した。上巻を読んでみてくれているらしく、「むずかしい」との感想だった。読みなれないから、難しいと思うのだろうが、難しい言葉には語註が付けてあるから、理解可能だと思うのだが。 これで、十冊出来た。10冊を改めて書き留めて置く。   1 歳代記(幕末編)         松浦幸蔵著   2 歳代記(明治編)         〃   3 安政大地震能記        山崎久麻呂著   4 大井河源記(前編)        桑原藤泰著   5 大井河源記(後編)         〃   6 安政大地震記録        松下良伯著   7 薦被り騒動(五和の百姓一揆)   山田家文書   8 安倍記            桑原藤泰著   9 上越秋山紀行 上巻      鈴木牧之著   10  上越秋山紀行 下巻        〃 これで、ひと山越した。続いて、どんな題材を取り上げようか、今考えている。 候補としては、 「喜三太さんの記録」「硯石日記」、さらには今ブログで解読している 「蕉園渉筆」(これは漢文解読)、いずれも大作で時間が掛かる。「東海道山すじ日記」なども面白いか。 しばらく時間が掛かるが、乞うご期待! 「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せる。 *********************************************************************** (原文) 古鐘 「これ天慶の古鐘也。今金峯山に在」 秋葉山下本郷村、有寺曰長福寺、住僧与客囲棋、 一道士長丈余者、来乞什器、住僧曰、貧寺無一物、 唯有一鳴鐘耳、乃奪去掛之和州大峯松樹、 銘尾有州及び寺号鋳匠之名、衆人所徧知也、近時安于堂中云 (解読) 古鐘 「これ 天慶 (てんぎょう) の古鐘なり。今、金峯山に在り」 秋葉山下、本郷村に、長福寺という寺あり。住僧と客、棋 (碁・将棋) を囲む。 一道士長 (背丈) 丈余 (じょうよ) の者、来たりて 什器 (じゅうき) を乞う。 住僧曰 (いわ) く、「貧寺にて一物 (いちぶつ) も無し。 唯一つ鳴らす鐘有るのみ。」...

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(20)油山

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  パソコンのある部屋のクーラーを入れ替える 2026.7.30 パソコンを置いている部屋のクーラーが壊れたので、入れ替えた。クーラーが値上がりするとかで、駆け込みで更新する人も多い と聞くが、これは最新式の省エネタイプで、いささか値が張ったが、夜はクーラーのない寝室に冷気を送るため、やや強力なものにした。効果のほどはどうだろうか。 「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せる。 袋井の油山寺の名前の由来を始めて知った。 *********************************************************************** (原文) 油山 袋井駅、油山寺、後丘迸膏油、寺由名焉、 近邑人汲為燈油、近時一媼鬻之、 油絶不出、 傍有飛泉、汲以漑田、能免蝗患 (解読) 油山 袋井駅、油山寺、後丘 (こうきゅう) に膏油 (こうゆ) 迸 (ほとばし) る。寺の名の由(よし)。 近邑 (村) 人、燈油として汲む。近時、一媼 (おうな) これを鬻 (ひさ) ぐ。油絶えて出ず。 傍 (そば) に飛泉 (ひせん) あり。汲 (く) んで田に漑 (そそ) ぐ。能 (よ) く蝗患 (こうかん) を 免 (まぬが) る。 (語注) ※ 膏油(こうゆ)➔ 膏と油。物をみがいたり灯火用に使ったりする。「膏」は、粘性の強いあぶら。 ※ 媼(おうな)➔ 年をとった女性。 ※ 鬻ぐ(ひさぐ)➔ 売る。商いをする。 ※ 飛泉(ひせん)➔ 勢いよく噴出する泉。 ※ 蝗患(こうかん)➔ バッタ類の大量発生による災害。 ( 続く)

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(19)奸通

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イオンモール熊本の大爆発の跡 2026.7.29 熊本の大地震は一夜明けて、その被害がかなり大きなものであったことが判明した。中でも、イオンモール熊本の大爆発は防げた被害だったと思う。だんだん真相が明らかにされると思うが。 「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せる。 今日の奸通(姦通)の話しは、姦通があったら、亭主は二人並べて斬殺することが認められていた。しかし、斬殺することはまれで、金7両でなかったことにする内々のルールがあった。そんな前提で読まれたい *********************************************************************** (原文) 奸通 上庄内邑、三五郎者、通同邑宇右衛門妻、 夜窺夫出、来同枕席、夫鶏鳴帰家、竊逐之不去、妻亦不懼、 姦夫公然曰、癡漢与妻乎、将刃乎、不得已併殺之、 豈非陥溺人心之甚者乎 (解読) 奸通 (姦通) 上庄内邑 (むら) 、三五郎は、同邑 (むら) 宇右衛門妻と通じ、 夜、夫、出るを窺い、 同 枕席 (ちんせき) に来たる。夫、 鶏鳴 (けいめい) に家に帰る。 これを竊 (ひそか) に逐 (お) うも去らず。妻もまた懼 (おそれ) ず。 姦夫 (かんぷ) 公然 (こうぜん) 曰 (いわ) く、 「 癡漢 (ちかん) に妻を与えるか、将 (はたまた) 刃 (やいば) か。」 已むを得ず、これを併 (あわ) せ殺す。 豈 (あに) 、 陥溺 (かんでき) 人心の 甚 (はなはだ) しからずや。 (語注) ※ 枕席(ちんせき)➔ 寝室。ねや。 ※ 鶏鳴(けいめい)➔ 一番どりの鳴くころ。夜明け。明け方。 ※ 姦夫(かんぷ)➔ 他人の妻と密通する男。間男。 ※ 公然(こうぜん)➔ おおっぴら。あけすけ。 ※ 癡漢(ちかん)➔ 愚かな男。ばかもの。痴漢。 ※ 陥溺(かんでき)➔ 酒色にふけること。理性を失って遊びなどに熱中すること。 ※ 豈~(あに~甚しからずや)➔ どうして。甚だしくないことがあろう。(反語表現) ( 続く)

処方箋に期限があるとは知らなかった

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  夕方の熊本地震の震源と震度 (ネットより) 2026.7.28 処方箋には期限のあることを知っていましたか。 金曜日、S医院に行き処方箋をもらってきた。その日に薬局に行き、薬をもらってくれば何も問題はなかったのだが、帰りに「まんさんかん」(農協直売所)に寄り、昼食を買ってきたところ、朝から食事を抜いてきたこともあり、薬もまだ余裕があったので、薬局はまた後にして、家に帰って少し早いが昼食にすることを選んだ。 午後は暑くて外へ出る気にならず、土曜、日曜は薬局が開いているかどうか、分からないので止めて、月曜日に行こうと思った。で、その月曜日、薬局へ行かなければと、思い出したのは午後五時前だった。明日でいいやと、暑さも和らいだ今朝、薬局に行く。 「今日、ギリギリセーフですね」「何、処方箋に期限があるの?」「期限が四日と小さい字だけれども書いてある」「もう何十年も薬局に来ているけれど、期限があるなんて知らなかった」「まてよ、四日の期限はもう過ぎている。期限は発行日を含めて四日だから、金土日月までで、火曜の今日は期限切れで使えません。最悪、保険もきかなくなりますよ」 おどされて、S医院へ電話をしようと、ポケットを探るまでもなく、携帯は不携帯である。薬局の電話を借りて、S医院に対応を頼んだ。しばらく待つうちに、先生へ聞いて頂いたようで、電話が来て、S医院まで来るように言われた。 S医院では、有効期限を28日までと書き加えるだけであった。その位なら自分でも出来そうだ。しかし、S医院から薬局に戻る途中、少しばかりニヤついている自分に気づいた。これは今日のブログの話題になる。 処方箋に期限があるなんて、それも発行日も含めて四日だとは、今まで誰も教えてはくれなかった。処方箋に小さな字で書かれた注意書きなど、誰が見るだろう。薬局へ渡ってしまえば手元に残らない書類なのだから。聞けば問題があって付け加えられた期限だという。それ以前は薬局が医者に電話で確認すればOKだったのだそうだ。 利用者に周知せずに、一方的にルールを変えるなど、あってはならないと、文句も思いついたが、一つ勉強になったと前向きにとらえることにした。ブログの題材にもなったことだし。 夕方、激しい夕立、何度も近くへ落ちたような雷鳴、しかし、ここは近くに高い製茶仕上工場があって、そこの避雷針がすべて引き受けてくれるから、...

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(18)送蝗/為天狗

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虫送り (ネットより) 昔、「雨ごい」と違い「虫送り」の効果は少なかったようだ   2026.7.27 暑い毎日が続いている。この頃は冷房の効いた部屋にこもって、 「蕉園渉筆」の解読にいそしんでいる。古文書の解読とは違って、中々文意を掴むのに苦労している。 「蕉園渉筆」の原本は見れないので、もっぱら、静岡県史と相良町史に載っている、漢文のままの資料のコピーをいただいて、それをもとに解読しているのだが、この二つの資料が微妙に違っている。どちらを正解とすべきか、解読が出来て、内容が理解できる方を正解とするしかない。だから、あちらを見たり、こちらをみたりで、少しずつ前へ進み、何とは半分くらいまで進んだ。原文と解読文を載せていて、B4の用紙で40枚を越えた。何とか涼しくなる前の、室内作業で終えればと思っている。 「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せる。 *********************************************************************** (原文) 送蝗 諸県、送蝗、用鐘鼓、近時少年輩競求大鐘、 棚草村少年新造之、大過於他方、里正招而視之、 少年誇曰、諸県無有焉、里正曰、実然也、 如汝愚亦無有焉、奪而不与 (解読) 送蝗 (いなご送り) 諸県 (あがた) 、蝗 (いなご) 送り、鐘鼓 (鐘や太鼓) を用いる。近時、少年輩 (やから) 、 競い 大鐘を求む。 棚草村少年、新たにこれを造る。他方 (一方) では大過 (たいか) なり。 里正 (村長) 招いてこれを視る。 少年誇り 曰 (いわ) く、「諸県 (あがた) 、有ること無し。」 里正曰く、「実 (まこと) に然り なり。 汝 (なんじ) の如き愚 (おろか) もま た有ること無し」と 、奪いて与えず。 (語注) ※ 県(あがた)➔ 地方。いなか。 ※ 蝗送り(いなごおくり)➔ 虫送り。農作物、特に稲の害虫を追い払う行事。たいまつをともしたり、鉦・太鼓をたたいてはやし、村境まで送って行く。 ※ 大過(たいか)➔ 大きなあやまち。大変な失敗。 (原文) 為天狗 相良民、給事其家、嘗欲為天狗、毎上高山、 跳下試之、数歳去而不知其所行也 (解読) 為天狗 (天狗に為る) 相良民 (みん) 、その家に事 (つか) え給い、嘗 (かつ) て天狗に為るを欲す。高山に上...

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(17)雄鷲/神祖手植梅

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鷲の親子 (写真はネットより拝借)     2026.7.26 午前中に、大阪のYK氏より、一般向け用に解読した古文書、10冊の受領とお礼の電話が来た。本人は今は細かい文字は読めないようで、その分、奥さんが読んで話してくれることを期待したい。奥さんいわく「ちょっとのぞかせて貰ったが、まるで江戸時代のドラマを見ているよう」とは、少し世辞が過ぎる。たくさんで申し訳ないが、面白そうなものだけでも、是非読んでいただきたいと思う。 「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せる。 *********************************************************************** (原文) 雄鷲 浅場邑民、射殺一雄鷲、其夜懐臥新生児、 夢䳄鷲来欲奪児、抱住緊急、寤而視之、児已死矣 (解読) 雄鷲 浅場 (浅羽) の 邑民 (ゆうみん) 、一羽の雄鷲を射殺す。その夜、臥す新生児を懐 (おも) う。 夢に、䳄鷲 (めすわし) 来り欲し、児 (こ) を奪う。緊急 (いそいで) 抱住 (だきしめ) る。 寤 (さめ) てこれを視るに、 児 (こ) 已 (すで) に死せり。 (語注) ※ 邑民(ゆうみん)➔ 村人。 (原文) 神祖手植梅 中泉庁事、階前有大梅樹、神祖所手植、幹周囲六七尺、不高甚、 枝東西張径七間許、成船形、梢三叉共立如帆、 香異凡梅云、惜花時、不過之也 (解読) 神祖手植梅 (家康手植えの梅) 中泉庁事 (役所) 、 階前 (かいぜん) 、大梅樹有り。神祖 (家康) 手植の所、幹周囲六七尺、 甚だ高からず。 枝東西張、径 (けい) 七間ばかり、船形になる。梢 (こずえ) 三叉 (みつま た) 、ともに帆の如く立つ。 香り 異凡 な梅と云う。花時を惜しむこと、これに過ぎざ るなり。 (語注) ※ 階前(かいぜん)➔ 階段の前。庭先。 ※ 異凡(いぼん)➔ 並外れている。非凡である。 ( 続く)

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(16)会典

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  大清会典 (ネットより写真拝借)   2026.7.25 写真は「蕉園渉筆」に出てくる「大清会典」である。日本にはたくさんあるが、中国では「文化大革命」で過去の書物は焼き尽くされたというから、、どれだけ残っていることだろう。何しろ、歴史は現政権が自分たちに都合のよいように作ってしまう国だから、過去の文献は邪魔にしかならないのだろう。中国で歴史の真実を知りたい見識ある人々は、日本に過去の書物を求めるという。日本にはまだまだたくさんの、漢文で書かれた昔の中国の書物が残っている。それを高価で買い取っていく中国人が多いと聞く。 「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せよう。 *********************************************************************** (原文) 会典 相良人、蔵大清会典、余嘗所覧、乾隆増補袖珍本、 細字磨減甚難読也、此則康熙初刻、魁本美板惜脱其半、 問之漂流船波及者云 (解読) 会典 (「大清会典 (だいしんかいてん) 」) 相良人、 大清会典 (だいしんかいてん) を蔵す。余、嘗 (かつ) て覧 (み) る所、 乾隆 (けん りゅう) 増補 袖珍本 (しゅうちんほん) 、 細字で磨 (す) り減 (へ) り、甚だ読み難きな り。これ則 (すなわ) ち 康熙 (こうき) 初刻、魁 (さきがけ) 本美板 (美版) 、 惜しむらくは その半ば脱 (ぬ) ける。これを問うに、漂流船、波及ぼすものと云う。 (語注) ※ 大清会典(だいしんかいてん)➔ 中国、清代の総合法典。清朝の制度・典礼を集めたもので、勅命によって編纂へんさんされた。 ※ 乾隆(けんりゅう)➔ 乾隆帝。清の第六代皇帝。清王朝の最盛期を創出する。 ※ 袖珍本(しゅうちんほん)➔ そでの中に入れて携えられるくらいの小型の本。ポケット型の本。 ※ 康熙(こうき)➔ 康熙帝。清の第四代皇帝。 ( 続く)

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(15)吏嗜文字罕

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庭のサルスベリ 酷暑の中、めげずに咲き出した   2026.7.24 午前中、S医院へ2ヶ月に一回の定期健診に行く。今日は透いていたので、少しばかり無駄話をする。ガンも医療が進んで、だんだん死の病ではなくなったように思えると話題を向けると、最近はお年寄りも元気なため、抗がん剤も高齢者にも使えるようになった。余命三ヶ月と言われた患者が10年以上永らえている例もあるという。ガンの薬も色々と出来ているようで、友人も薬を飲んでいるが、その高額にはびっくりする。多分開発費がとんでもなく掛っているのだろうがと話題を向けると、高額医療で大半が保険で賄えるのだが、今は医療保険制度が大変苦しくなっているという。年金基金は運用で大幅な収益を上げているようだが、年金受給が伴って増えるわけではない。それを医療保険制度の方に回せばよいなどと、思いつきを話したりした。まあ、無駄話である。 午後、大阪のKY氏へ、古文書解読版を今までに作成した10冊を送った。先日、見舞に行った時の約束を果たした。今度出来た「上越秋山紀行下巻」で10冊になった。思い立ってから一年ほどで10冊である。「はやくも」というか「ようやく」というか。 久しぶりに「蕉園渉筆」解読の続きを少し載せよう。「蕉園渉筆」解読作業もかなり進んで、三分の一は終わった。 *********************************************************************** (原文) 吏嗜文字罕 余在甲州日、知与不知来乞字紙、追而思之、遺悪詩筆、 今遠人乞者又多矣、吏嗜文字者罕也 (解読) 吏嗜文字罕 (役人文字を嗜 (たしな) むは罕 (まれ) なり) 余 (よ) 、甲州に在 (あ) る日、知る (人) も知らない (人) も、 字紙 (じし) を乞い来たる。 追ってこれを思うに、悪しき詩や筆を遺した。今遠人 (遠州の人) 、 乞うものまた多し。 吏 (役人) 、文字を嗜 (たしな) む者、罕 (まれ) なり。 (語注) ※ 字紙(じし)➔ 揮毫した紙。(「揮毫」は、毛筆で文字や絵をかくこと) ( 続く)

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(44)終り

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猛暑の出石城 2026.7.23 静岡県海岸ウォークは伊豆半島に入って海岸は絶壁だらけで、海岸歩きにはなりそうにない。山へ登るハイキングコースを繋いで行くしかない。或いは車道を歩いてみても、海岸ウォークのこだわりは捨てなくてはならない。なんだかつまんなくなったのであろう。静岡県海岸ウォークはこの十九日目で止めてしまった。だから、今回の記録が最後となった。 静岡県海岸ウォーク、十九 日目を続ける。 *********************************************************************** 12:24 丸一不動明王(26,912) 井田の手前の路傍に身の丈1mほどの不動明王の石 像があり、『延宝九年正月八日、御石作師宮岡久三郎』とあった。顔を顰め たような素朴な形相で怖くない顔だった。 12:32  井田民宿入口(27,624) 井田の集落へ降りようかと迷ったが、地図には先で 再合流するする道も表示されてなく、あってもかなりの登りになりそうに思 えたので、先の事を考えてパスすることにした。 12:49 煌めきの丘(29,188) 地図で井田から県道に登るならばこの尾根だろうと思 った調度上の県道に沿って『煌めきの丘』と命名した展望台があった。そこ からは右側にそそり立つ紅葉の山が海へ落ち込み、左に駿河湾と富士山、手 前下に箱庭のような井田の集落が見えて、絵のような景色が眺められた。戸 田までは 6.8kmと道しるべにあった。『煌めきの丘』には下の井田の集落か ら登ってくる遊歩道が出来ていた。瞬間、井田へ下れば良かったかなと思っ た。 再度、近道かと思い『西伊豆歩道』の道しるべに従って山道へ入った。坂 道にこれはしくじったかと思ったが、途中道端へ放置されてた椎茸のホダ木 から椎茸が出ていた。無駄に腐らせるのは勿体ないから頂き家への土産とし た。道はすぐに県道へ降りて合流した。 13:42  夕映えの丘(34,346) 県道がやや下りになってきて、地図でこのカーブを曲 がれば戸田港が見えるはずと思ったところで、案の定、戸田港が見えた。す ぐに戸田港を見下ろす展望台があった。『夕映えの丘』と名付けられている ことからも、おそらく夕焼けが奇麗な展望台なのであろう。戸田港を抱くよ うに延びた御浜崎の砂州が逆光の...

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(43)

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故郷豊岡市出石町の辰鼓樓(しんころう) 2026.7.22 帰郷した昼、出石へ寄り、出石そばを食べた。帰郷の旅の話はまた。 朝から「蕉国涉筆」を読む。「甘草」「相良領主」少し長くて中々骨がある。 静岡県海岸ウォーク、十九 日目を続ける。 *********************************************************************** 10:36  大瀬 (18,501)  左右へ10回近く曲がる海岸沿いの道路を歩いて、大瀬の 集落に入った。が、何ということか。入る車の量でおよそ予想はしていたが、 そこはダイバーで溢れかえっていた。駿河湾の大瀬崎沖は水の透明度が高く てダイビングに適しているためダイバー初心者のメッカとなっているのだ。 海岸はまるで狭い陸地に上がったアザラシの群れのようなダイバーに埋め尽 くされていた。 10:48  大瀬神社(19,613) 我が物顔のダイバーを縫うようにして、形見の狭い思い をしながら大瀬神社に至る。急な石段を登った上に細かい彫刻の施された立 派な社殿があった。右手には富士山、駿河湾から太平洋が見えた。 11:00~11:14 大瀬崎灯台(20,331) 大瀬崎に立ち入るには入場料が 100円掛 かった。この小さな半島には昭和7年に天然記念物に指定されたビャクシン がある。ビャクシンは子供の頃、近くの公園に植わっていて、登って遊んだ ことのある木である。もともと日当たりの良い所を好むため山林や森の中に は育ち難い木といわれ、この海岸端の日当たりの良い所だから成長した。こ の小さな森に三百三十本以上のビャクシンがあるといわれ、そのうち捩じれ たような幹の、樹齢が千年を越すものが百三十本もあるという。さきほどダ イバーが群れていた辺りにも大きなビャクシンがあり、ウェットスーツを掛 けて乾かすのに使われていた。 大正天皇行幸記念碑もあった。また明治時代 に戸田から起こった山林火災に消失した巨大ビャクシンの根が今も焼け焦げ を残していた。その木は二千年以上の巨木であったという。現在の最大木は 御神木になっている『夫婦びゃくしん』で周囲7m、樹齢千五百年以上だと いう。確かに2本のビャクシンが一体化したようにも見える。 大瀬崎灯台のそばの、大きな角の取れた石が堆積した海...

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(42)

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  故郷で 左から、女房、長兄、長男、次兄、次兄の嫁さん 2026.7.21 19日、20日と、長男の運転で、女房と三人で、故郷の兵庫県豊岡市へ墓参りに帰郷していた。その分、ブログは二日間休んだ。 故郷の豊岡は、日本でも有数の猛暑地で、かつては日本で最高気温などと、全国ニュースで報道されていたけれど、猛暑を越して酷暑の時代に入って、全国に肩を並べ、追い越す酷暑、猛暑地がたくさん出て来て、ニュースになることはめったになくなったが、暑さが和らいだわけではなく、暑さは更に増していた。 機会があったら、ふるさとの話はまた書こう。 静岡県海岸ウォーク、十九 日目に入る。静岡県の海岸は伊豆半島をぐるりと廻って、熱海までつづくのだが、「静岡県海岸ウォーク」はこの19日目が最終日となった。 *********************************************************************** 静岡県海岸ウォーク19 ビャクシンの大瀬崎はダイバー溢れていた 木負-久連神社-江梨-大瀬崎-井田-戸田 平成7年11月18日(土)快晴にして無風 5:28 島田駅(万歩計 567) 長女は名古屋の病院へ就職が決まった。今は奈良へ 研修へ通っているという。 今日は1年半ぶりに海岸ウォーキングに出かける。『遠江三十三観音』か ら『東海道五十三次』と歩く仲間が出来てから、単独で出かけることがなく なった。交通の便が悪い大瀬崎から戸田の峠越えに二の足を踏んでいたこと もある。今回は意を決して、時間が掛かるのを覚悟で、島田駅発の一番列車 に乗ろうと朝暗いうちに長男に送ってもらった。 6:04 静岡駅 静岡駅で乗り換える時はまだ暗かったが、由比辺りですっかり明る くなった。伊豆半島が良く見えた。富士山は今年は雪が少ないのか5合目辺 りまでの雪が筋になって残っている程度であった。 6:55~7:20  沼津駅 (1,726) 駅前で少し迷った。バスは西武・富士急行・東海と 3社入っていてややこしかった。それでも昨日確認したのが東海バスだった のを思い出し、バス停を探し出した。バスは駅で5人乗り、終点までにさら に9人乗っただけであった。それらの人々は従業員なのか、殆どがマリンパ ークとシーパラダイスで降りて行った。 8:06  木負農協バ...

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(41)

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近所の道端のバラ 2026.7.18 午前、午後と金谷宿大学「古文書に親しむ」の初心者、経験者の2講座を実施した。解読版「上越秋山紀行(鈴木牧之著)」を受講者の皆さんに配った。今日はその(上)、(下)は来月に配布する。中々の重量で、運ぶに苦労した。 明日、明後日は出かけるので、「かさぶた残日録」を休む。 静岡県海岸ウォーク、十八 日目を続ける。 ***********************************************************************   11:50  静浦 (10,737) 土地の名は馬込、海岸を静浦海岸という。海岸からすぐの所 に瓜島という小さな島がありそれを防波堤でつないで漁港が造られていた。 続く獅子ヶ浜の防潮堤沿いに食堂を探すうちに、昼のサイレンが鳴った。 12:15  江の浦 (13,587) 大久保の鼻をぐるりと回った所が江の浦で、この入江を江 浦湾という。この辺りから先は観光地らしく落ち着きのない集落が途切れる ことなく続いていく。主要道沿いの歩道は歩く楽しみは少ない。 12:40 ~ 13:00 ラーメン丸味家 (15,856)  琮璉短いトンネルを抜けて、多比の集落 に入る。山側に多比神社を見てすぐの所にあったラーメン屋で味噌ラーメン を食べた。次の集落へのトンネルには歩道が無かった。海岸は進入禁止にな った岩場で通れそうにない。車がひっきりなしに通るトンネルを急ぎ足に抜 けて振り返ると山側にもう一本、自転車と歩行者専用のトンネルがあった。 13:11  狩野川放水路『口の橋』 (17,023) 狩野川は伊豆半島の真ん中を北へ流れ、 東西を山にガードされて、沼津でようやく駿河湾に出口を見つけている。そ の地形から、狩野川台風では大洪水をもたらし多くの人々の命を奪った。狩 野川放水路はその大洪水を教訓に、伊豆半島の根っ子で狩野川を短絡させて 江浦湾に放水するべく、水路を掘り山を穿って造られた。ここで3本のトン ネルで放水されている。・ 13:44  内浦重寺 (20,258) 静岡県栽培漁業センターの前を通った後、内浦重寺の集 落へ入る。眼前の淡島には淡島マリンパークがあり、海をまたぐロープウェ イで繋がっている。入場口の桜はすでに満開を越えて散り始めていた。この 所寒くて桜の開...

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(40)

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近所の道端のカンナ   2026.7.17 一日、明日の金谷宿大学「古文書に親しむ」2講座の準備で、忙しい。夕方まで掛かって準備は終えた。夜は、バレーボールと野球、あっちを見たりこっちを見たりと、これまた忙しい。男子バレーボールネーションリーグは日本は何と11戦勝。ネーションリーグで11連勝は初めてのことだという。野球は巨人の坂本がサヨナラホームランで終わった。出場機会はわずかなのに、今期2度目のサヨナラホームランである。何か持っている。 静岡県海岸ウォーク、十八 日目に入る。 *********************************************************************** 静岡県海岸ウォーク18 後半(伊豆編)開始早々牛臥山で迷う 沼津-牛臥山-御用邸公園-江の浦-内浦-長井崎-木負 平成6年4月3日(日)快晴 7:38 自宅(万歩計 0) 前回の海岸歩きから随分期間が空いた。一段落にしてし まったのが悪かったのか。ともあれ今日から後半の開始である。 7:48  金谷駅 璉先日竜爪山でお爺さんが下山中に孫を見失い、大捜索となる事件が 発生した。結局、沢に転落し死亡して発見された。電車の窓から竜爪山を眺 める内に、そのお爺さんの気持になって一首読んだ。 幼な孫 失いし山の 谷筋を 一人狂いて 捜しさまよう 8:47  興津駅 乗換た電車はハイキング姿の乗客でいっぱいだった。話を漏れ聞く に『東海道ウォークラリー』と気付いた。大庭さんから誘いのあったイベン トである。富士川駅でどっと下車した。 吉原辺りでも富士は霞んでうっすらと見えるだけであった。 9:30   沼津駅 (470) 沼津港行の伊豆箱根バスは駅正面のバス停ゾーンにあった。 ほとんどが伊豆半島東海岸に行く船に乗り継ぐ人たちなのだろう。バスの切 符と船の切符を同時に売る係員がいて乗り継ぎを確認している。ぼくの場合 は港までだからと断る。バスは待つ程もなく出た。 9:49   沼津港 (470) 魚市場を通り過ぎ狩野川河口へ出て遡上する。今日はうらう らと暖かく、ジャンバーが邪魔になりそうだ。 10:05   港大橋 (2,185)  橋を渡って対岸へ、高い防潮堤の内側を河口へ歩いた。 ...

自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(39)

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  「振り返ると富士山も風に雲が吹き飛ばされて全容を表しは じめていた。 右手前の愛鷹連峰を露払いに堂々の土俵入りである。」 2026.7.16 昨夜は暑くて昨夜は眠れなかった。といっても、朝方はぐっすり寝ていたのだが。冷房のない寝所は29度台だった。これでは扇風機を回しても涼しくならない。クーラーのある部屋に引っ越せばよいのだが。今日は少し隣の部屋から冷気をいただくとか、工夫をしてみよう。 静岡県海岸ウォーク、十七 日目を続ける。 *********************************************************************** 12:32  高橋川 (15,076) しばらく砂浜を歩いたが、安物のシューズはそれほど履い た訳でもないのに底が割れて危うくなっていた。割れ目に砂や小砂利が挟ま るのか、足の裏に異物感覚があった。歩きにくいので、ハマエンドウの紫の 花を見たのを最後に防潮堤上の道路に上がった。風がだんだん強くなって、 海が白波を立てるようになって来た。 12:41  原駅海側 (15,691) 海岸は前方で大きく弧を描いて、その尽きるあたりが沼 津の千本浜海岸である。風が強まるとともに対岸の伊豆半島の山並がはっき りと見えてきた。振り返ると富士山も風に雲が吹き飛ばされて全容を表しは じめていた。右手前の愛鷹連峰を露払いに堂々の土俵入りである。前回から 少し雪が降ったのか頂上近くはうっすらと白く見えた。 13:55  新中上川 (23,573) 珍しく防潮堤を歩く人があり、後ろから二人の若者が追 い掛けて来る。妙な対抗意識が出て歩く足に力が籠もって来た。追いつきそ うでなかなか追い抜いて行かない。横風が強くなって行く手を阻む。辛い歩 きになってきた。追い越させるべく、海側の一段低い通路に降りて、海岸の 松の陰で風を避けながら歩いた。若いカップルにカメラのシャッターを頼ま れたりしたが、上下の道が合流してみると、2人組はすぐ背後に迫っていな がら、まだ先には行っていなかった。背後の二人を意識に置きながら懸命に 歩いて、力尽きる形で休憩をとった。二人をやり過ごしながら激しく咳き込 んでしまった。やや激しい運動の後がどうも喘息には悪いようだ。 14:03   千本浜公園 (24,453) 浜...