自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(40)

近所の道端のカンナ

 2026.7.17

一日、明日の金谷宿大学「古文書に親しむ」2講座の準備で、忙しい。夕方まで掛かって準備は終えた。夜は、バレーボールと野球、あっちを見たりこっちを見たりと、これまた忙しい。男子バレーボールネーションリーグは日本は何と11戦勝。ネーションリーグで11連勝は初めてのことだという。野球は巨人の坂本がサヨナラホームランで終わった。出場機会はわずかなのに、今期2度目のサヨナラホームランである。何か持っている。

静岡県海岸ウォーク、十八日目に入る。

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静岡県海岸ウォーク18

後半(伊豆編)開始早々牛臥山で迷う

沼津-牛臥山-御用邸公園-江の浦-内浦-長井崎-木負

平成6年4月3日(日)快晴

7:38 自宅(万歩計 0)
前回の海岸歩きから随分期間が空いた。一段落にしてしまったのが悪かったのか。ともあれ今日から後半の開始である。

7:48 金谷駅
璉先日竜爪山でお爺さんが下山中に孫を見失い、大捜索となる事件が発生した。結局、沢に転落し死亡して発見された。電車の窓から竜爪山を眺める内に、そのお爺さんの気持になって一首読んだ。

幼な孫 失いし山の 谷筋を 一人狂いて 捜しさまよう

8:47 興津駅
乗換た電車はハイキング姿の乗客でいっぱいだった。話を漏れ聞くに『東海道ウォークラリー』と気付いた。大庭さんから誘いのあったイベントである。富士川駅でどっと下車した。吉原辺りでも富士は霞んでうっすらと見えるだけであった。

9:30  沼津駅 (470)
沼津港行の伊豆箱根バスは駅正面のバス停ゾーンにあった。ほとんどが伊豆半島東海岸に行く船に乗り継ぐ人たちなのだろう。バスの切符と船の切符を同時に売る係員がいて乗り継ぎを確認している。ぼくの場合は港までだからと断る。バスは待つ程もなく出た。

9:49  沼津港 (470)
魚市場を通り過ぎ狩野川河口へ出て遡上する。今日はうらうらと暖かく、ジャンバーが邪魔になりそうだ。

10:05  港大橋(2,185) 
橋を渡って対岸へ、高い防潮堤の内側を河口へ歩いた。

10:18  不動尊(3,729) 
河口に小さな山があり、不動尊や八幡神社があった。出た海岸が我入道海岸である。ウインドサーフィンの若者たちで海岸が占領されている。南東端に牛臥山があり、その手前に芹沢光治良の句碑と、少し離れてひっそりと文学碑があった。句碑の方は自然石に刻んだもので、文学碑はコンクリートで造形されたものだった。

ふるさとや 弧絶のわれを いだきあぐ   光治良

幼かりし日われ/父母にわかれ貧しく/この浜辺に立ちて海の音/  

風の声をききてはるかなる/とつくにを想えり  光治良

句碑の方は最近建てたものらしく、句も最晩年の作品のようだ。

10:40  牛臥山三角点(5,328)
牛臥山の海側は断崖であった。迂回考えて近づいたところ、登り道らしきものがあって登り出してしまった。藪を掻き分けて急斜面を登って行くと三角点に到達した。地図の 50.5 mのポイントである。そこからは狩野川を中心にした沼津の街が一望に出来た。背景には富士山がうっすらと見える。さらに尾根伝いに踏み後をたどった。所々から崖の下に波打ち際が見えた。また小さな入江に誰が住むのか一軒家が見えた。

11:14 神社(6,901) 
尾根道の足下に小さな社を見た後、道無き尾根を藪をこぎながら、最東端と思われる所まで来てはたと困った。行く手が急斜面でとても降りられない。結局社まで戻った。どこかに参道があるはずだと推理したのだが、下山路がどうしても見つからない。登って来た道を引き返すしかないかと諦め掛けた時、尾根を少し戻った所で参道を見つけた。下ると大きい社があり、後は石段で下へ降りられた。

11:25 御用邸記念公園 
海岸に鉄柵で囲われた沼津御用邸記念公園があった。中には松林と芝生の広大な土地に木立に隠れて幾つかの建物がある。現在は御用邸には使われておらず、記念公園として一般に公開されている。この4月からさらに幾つかの建物と由緒ある調度品類が公開されている。公園と砂浜の間の遊歩道を歩いた。公園内には散策する人が多く、警備のため機動隊員が二人一組で巡回していた。

(海岸ウォーク、十八日目、つづく)

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