自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(43)

故郷豊岡市出石町の辰鼓樓(しんころう)

2026.7.22

帰郷した昼、出石へ寄り、出石そばを食べた。帰郷の旅の話はまた。

朝から「蕉国涉筆」を読む。「甘草」「相良領主」少し長くて中々骨がある。

静岡県海岸ウォーク、十九日目を続ける。

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10:36  大瀬 (18,501) 
左右へ10回近く曲がる海岸沿いの道路を歩いて、大瀬の集落に入った。が、何ということか。入る車の量でおよそ予想はしていたが、そこはダイバーで溢れかえっていた。駿河湾の大瀬崎沖は水の透明度が高くてダイビングに適しているためダイバー初心者のメッカとなっているのだ。海岸はまるで狭い陸地に上がったアザラシの群れのようなダイバーに埋め尽くされていた。

10:48  大瀬神社(19,613)
我が物顔のダイバーを縫うようにして、形見の狭い思いをしながら大瀬神社に至る。急な石段を登った上に細かい彫刻の施された立派な社殿があった。右手には富士山、駿河湾から太平洋が見えた。

11:00~11:14 大瀬崎灯台(20,331)
大瀬崎に立ち入るには入場料が 100円掛かった。この小さな半島には昭和7年に天然記念物に指定されたビャクシンがある。ビャクシンは子供の頃、近くの公園に植わっていて、登って遊んだことのある木である。もともと日当たりの良い所を好むため山林や森の中には育ち難い木といわれ、この海岸端の日当たりの良い所だから成長した。この小さな森に三百三十本以上のビャクシンがあるといわれ、そのうち捩じれたような幹の、樹齢が千年を越すものが百三十本もあるという。さきほどダイバーが群れていた辺りにも大きなビャクシンがあり、ウェットスーツを掛けて乾かすのに使われていた。

大正天皇行幸記念碑もあった。また明治時代に戸田から起こった山林火災に消失した巨大ビャクシンの根が今も焼け焦げを残していた。その木は二千年以上の巨木であったという。現在の最大木は御神木になっている『夫婦びゃくしん』で周囲7m、樹齢千五百年以上だという。確かに2本のビャクシンが一体化したようにも見える。

大瀬崎灯台のそばの、大きな角の取れた石が堆積した海岸へ出て、富士山と駿河湾を見ながら持参の握り飯とゆで卵を食べた。長閑な海でゆっくり昼寝でもして行きたいような海岸であったが、先が気になって早々に立つ。
この森の中には淡水の池がある。『大瀬の神池』というがそんな海辺近くで波も越えて来ることもあるところなのに、常に淡水が湧き出て潮の気もなく、鮒や鯉が住んでいるのは不思議であるとして、伊豆七不思議に数えられている。

11:28 西伊豆歩道(21,428)
またダイバーの中を縫って帰るのかと、気を重くして戻りかけたところに道しるべが見えた。『西伊豆歩道-井田へ5km』とある。迷うことなく西伊豆歩道を登る。

11:52  西伊豆歩道出口(23,316)
一度林道へ出て、さらに遊歩道を登りあずまやで休憩を取って少し登ると、たどる予定であった県道に出た。これで大瀬の集落に戻り、車道を遠回りして登っていく手間が省けた。随分近道をした気分になった。

11:57 戸田村村境 (23,813) 
戸田村に入って地図には無い新しく出来た井田トンネルを避けて旧道を行く。トンネルの出口で旧道から元の道に戻って暫く行くと、追い越した乗用車が少し先で止まって「いいですか」と聞いてきた。乗せなくて良いかと聞いて来たわけだが、「今日は歩いているので、ありがとう」と、断りと止まってくれた礼をいう。世の中には人のことを黙っておれない親切な人もいるのだと思う。日本もまだまだ捨てたものではない。

(海岸ウォーク、十九日目続く)

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