自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(24)
郵便局、図書館と寄った後、公民館の金谷宿大学担当のTさんを訪ねる。金谷宿大学総会に、同窓会で帰郷していたので、出席できなかったことを伝えたあと、本部負担金を払ってないことを思い出し、準備してあるので、明日持参すると話した。自宅に帰って、遠くではないのだから、今日届けてしまおうと、再度出かけた。どうせ同じ行動なら、何も明日に伸ばす理由はない。
金谷郷土史研が来週だと思っていたが、N氏に確認したら、明日であった。講演担当を受けてあるので、一日がかりで準備をした。いずれ古文書の話題なのだが、ちょっと面白い話に出来そうである。
静岡県海岸ウォーク、十二日目に入る。
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静岡県海岸ウォーク12
野鳥園に鳥影は少なく鳥の絵ばかりが目立つ
勝間田川➔吉田港➔大井川河口➔大井川港➔栃山川➔小川港
平成5年2月20日(土)晴れ、風無く暖かし
7:38 自宅(万歩計 0)
この冬は2種類のインフルエンザが猛威をふるい、家でも会社でも一通り風邪を引いて休んだ。僕は冷水かぶりが効いたのか、1月16日の3連休の中日に、風邪気味で半日寝込んだだけで、1日も休まずにきた。今日は有給休暇消化のため休みをとる。花粉症も始まってはいるが、逆療法で歩きに出よう。次回には大崩海岸を越えなければならないため、今日は何としても焼津まで頑張ろうと思う。
この冬は2種類のインフルエンザが猛威をふるい、家でも会社でも一通り風邪を引いて休んだ。僕は冷水かぶりが効いたのか、1月16日の3連休の中日に、風邪気味で半日寝込んだだけで、1日も休まずにきた。今日は有給休暇消化のため休みをとる。花粉症も始まってはいるが、逆療法で歩きに出よう。次回には大崩海岸を越えなければならないため、今日は何としても焼津まで頑張ろうと思う。
7:49 金谷駅(295)
駅まで女房に送って貰い、切符を買おうとしている所へ電車が来て、待ち時間無しで跳び乗る。
駅まで女房に送って貰い、切符を買おうとしている所へ電車が来て、待ち時間無しで跳び乗る。
7:55 島田駅
キオスクでフィルムを買い、静鉄バス案内所で榛原行のバスを聞くと今出る所だから急げという。道路を渡るとバスが動き始めた。慌てて合図をして止め乗り込んだ。蓬莱橋と谷口橋の間に新しい橋を建設中であった。
キオスクでフィルムを買い、静鉄バス案内所で榛原行のバスを聞くと今出る所だから急げという。道路を渡るとバスが動き始めた。慌てて合図をして止め乗り込んだ。蓬莱橋と谷口橋の間に新しい橋を建設中であった。
8:45 榛原町バスセンター(695)
終点の榛原町バスセンターは、国道 150号線近くにあった。
終点の榛原町バスセンターは、国道 150号線近くにあった。
8:56 勝間田川橋 (1,735)
橋のたもとの公衆電話で会社へ有休の連絡をする。
橋のたもとの公衆電話で会社へ有休の連絡をする。
9:05 勝間田川河口東端 (2,768)
引き潮の砂浜を歩く。絨毯の上を歩くように、気持ち良く歩ける。潮のあとが白い糸状の縞模様を作っていた。
引き潮の砂浜を歩く。絨毯の上を歩くように、気持ち良く歩ける。潮のあとが白い糸状の縞模様を作っていた。
9:33 坂口谷川河口西端 (5,753)
トラックで塵を運んで海岸で燃す農家の夫婦がいた。ビニール等も燃すらしく黒い煙が上がっている。辺りには燃え滓が散らばっていて、こうして海辺を汚す人が本当に多い。
トラックで塵を運んで海岸で燃す農家の夫婦がいた。ビニール等も燃すらしく黒い煙が上がっている。辺りには燃え滓が散らばっていて、こうして海辺を汚す人が本当に多い。
9:52 寄子橋 (7,680)
川沿いの自転車道を1km程遡って、寄子橋(S61.3完成) を渡る。ここで榛原町から吉田町に入った。ところが地図を見ると、東岸の川沿いに榛原町の区域があり、舗装道路がその堺で見事に切れていた。
川沿いの自転車道を1km程遡って、寄子橋(S61.3完成) を渡る。ここで榛原町から吉田町に入った。ところが地図を見ると、東岸の川沿いに榛原町の区域があり、舗装道路がその堺で見事に切れていた。
9:33 坂口谷川河口東端 (9,613)
また海辺に出た。波打ち際に砂利が山となって歩き辛いため、防潮堤と砂利の山の間の低地を歩く。『住吉海岸』の標識があった。水溜まりが増え歩き辛くなってきたので、防潮堤に上がる。下の海側には錆だらけのトタン張りの作業工場が何棟か続いていた。シラスを茹でて干したりするのであろう。防潮堤の内側には松林/住宅や工場/松林とサンドイッチになって続いていた。吉田港近くでは松の木に正月の松飾りが巻き付けてあるのを幾つも見た。この地方独特の松飾り処分方法なのだろうか。
また海辺に出た。波打ち際に砂利が山となって歩き辛いため、防潮堤と砂利の山の間の低地を歩く。『住吉海岸』の標識があった。水溜まりが増え歩き辛くなってきたので、防潮堤に上がる。下の海側には錆だらけのトタン張りの作業工場が何棟か続いていた。シラスを茹でて干したりするのであろう。防潮堤の内側には松林/住宅や工場/松林とサンドイッチになって続いていた。吉田港近くでは松の木に正月の松飾りが巻き付けてあるのを幾つも見た。この地方独特の松飾り処分方法なのだろうか。
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