自分古文書(19)静岡県海岸ウォーク(31)

三保の松原「羽衣の松」

2026.6.27

台風8号、7号と、連続して静岡県沖を通過したので、実施できるかどうか心配したが、何とか、雨もきつくならずに、午後、金谷郷土史研の講演会を実施した。講師は当研究会顧問の曽根辰雄先生である。聴講者は20数名であった。

静岡県海岸ウォーク、十四日目を続ける。

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10:32  久能山入口 (9,538)
久能山の切り立った山をこれだけ長い時間眺めるのは勿論初めてである。裾を桜の花でぼかし、中腹にはもう新芽の萌黄色を纏っている。この山を見ると、ここへ東照宮を造営した真意が有事の砦だったことが一目で判る。下からは近寄ることさえ許さず、上からは敵の様子が手に取るように見える。駿河湾の向こうに伊豆半島が霞んで見えた。

11:25  駒越自転車道ジョギングコース(14,900)
車の繁く行き交う道路が海から離れて行って静かになった。道端に5弁の青紫色の花が群生していた。丸い葉で花は3センチ位あった。帰ってから野草図鑑で調べたが名前は判らなかった。あるいは栽培植物だったのかもしれない。

11:30 テトラポット終点(15,407)
今日は砂浜がほとんどなく、ずっと自転車道を歩いて来たが、砂浜が段々広くなって、山のように積まれていたテトラポットがここで無くなった。道端にはハマエンドウが花盛りである。浜でパラグライダーの練習をしている人があった。背にファンを背負っている。エンジンをかけたり止めたりしていたが、どういう風に飛び立とうとするのであろうか。

11:46  東海大学(海洋)(17,195)
松林の中に学舎やグラウンドが見える。このあたりから三保の松原が始まり、やがて自転車道は内陸に入ってしまった。仕方なく松林の中を歩く。

11:58 羽衣の松 (18,382) 
林を出た所に『羽衣の碑』があった。エレーヌという女性が日本文化に触れ、日本で能を学んで『羽衣』の公演までしたが、30数才の若さで亡くなった。その女性を記念して碑を造ったとあった。碑のそばの『滝みやげもの店』の野外テーブルでうどんをたべる。

12:13 鎌ヶ崎遊歩道(18,633)
『羽衣の松』の前は観光客で一杯だった。あえて近寄らず、松林の中の鎌ヶ崎遊歩道に入る。『絶景地』の表示があり、松越しに見る駿河湾の眺めが良かった。しかし今日はあいにく雲が湧いて、富士山や伊豆半島は見ることが出来なかった。

12:20 名勝三保の松原・鎌ヶ崎 (19,337) 
『名勝三保の松原』『名勝鎌ヶ崎』と彫り込まれた石柱が立っている所から松林を出て砂浜に下りた。しばらく振りの歩きに足の裏が痛くなり始めていたので、足に優しい砂浜をしばらく歩こうと思った。

12:47  吹合ノ岬(三保灯台) (22,171) 
砂浜の前方歩く男がいる。海辺を波打ち際と平行に、歩く目的だけのために歩く人を初めて見た。向こうも意識しているようだ。浜が左へ緩くカーブを描き始める付近で、追いつきそうになった。そこでここを地図にある『吹合ノ岬』と思い定めていっぷくした。この辺りの浜は随分広くなり、遙か内側に引っ込んで三保灯台が立っている。昔はそこまで波が打ち寄せていたことを示すテトラポットが灯台の根元をガードするように置かれている。とするとこの広い浜は意外と最近に出来たものかもしれない。

13:15 真崎 (25,011) 
左手に『三保飛行場』がある。浜より少し高いため、滑走路は見えないがセスナ機が飛び立った。空はすっかり雲に覆われてしまう。雨が気になる天気になった。浜には手漕ぎボートが幾艘も並んでいる。すぐ沖の防波堤辺りに手漕ぎボートが二艘出ていて、貨物船が警笛を鳴らして通り過ぎる。三保の先端は真崎といい小さな灯台がある。

(海岸ウォーク、十四日目、つづく)

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