「古文書に親しむ」の河村泰子先生の訃報
2026.8.31
今朝、静岡新聞の訃報欄で、河村泰子先生の訃報を知った。享年89歳。
20年前、河村先生の金谷宿大学「古文書に親しむ」講座を受講させて頂いたのが、自分の古文書解読の最初だった。(この時のことを、その日のブログに書いている。最後に、その日の「かさぶた日録」を再録した。)
あの頃、先生は70代に入ったかどうか、自分は60代の初めで、まだ少し勤めを続けていた。
この時は一講座だけで、経験者も初心者も一緒であった。その後、何年か経って「初心者」コースも始められた。
受講してから8年経って、先生から、突然に「自分は2講座は無理になったので、経験者コースは、あなたあとやって」と云われた。当時、何でも頼まれたらNOと言わないことに決めていたので、あとさき考えずに「わかりました」と受けていた。
それから10年と少し経つが、人に教える立場になって、それが如何に大変な事かを思い知ることになる。何といっても受講者の誰よりも、講師が勉強しなければならないことに、気づいたのは後になってからであった。自分が今あるのは、あの時の先生の「あなたあとやって」の言葉だったと思う。
その4年後には、初心者コースも自分が受けて、先生は引退された。
先生が古文書に触れたのは、嫁いだ先に残された古文書を見たのが最初だったという。ただ何が書いてあるのか、ほとんど読めない。そこから、独学で古文書の勉強をしたと聞いた。そして金谷宿大学に講座を持つようになったという。
永い間有り難うございました。ご冥福をお祈りします。合掌。
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2008-06-21 ブログ「かさぶた日録」より、最初の受講の様子
午後、金谷宿大学の「古文書に親しむ」という講座に出席した。毎月一回、年間10回の講座である。講習費用年4,000円を支払った。会社の先輩のMM氏がいて挨拶をした。講師は金谷在住の河村泰子氏。この講座では実際の古文書を皆んなで読み解いていくことを続けている。たくさんの人の目で見て行くと、判読できない文字が分かることもあるという。今年は新入生も入っていただいたが、特別に入門編というものもない。実戦の中で覚えて行くしかないようだ。
ただ、古文書を読み解く上での早見表の役割として、暦年表(年号と西暦の対照表)、変体仮名一覧表、返って読む字など(慣用漢字の読み方)の三つの表を頂いた。そして今日はウォーミングアップとして、漢字混じりの和歌4首と往来手形を教材として頂き、読み解きが始まった。とてもウォーミングアップどころの騒ぎではなく、いきなり難しいところへ飛び込んでしまった。
読み解いてもらった内容を復習の意味で書いておこう。
【和歌4首】
けはひ坂といふ所にて
遊女のけはひは坂の名となりてひとまつ風の声のみぞきく
鎌倉にて
かりそけて殿つくりする人もなし木草あれゆく鎌倉の里
土肥椙山にて
ほど遠く土肥の椙山過し世の面影みえて鳩の飛かふ
うつぼ木も今はあとなくくちはてて名のみ残れる土肥の椙山
「けはひ坂」は、遊女虎御前の伝説にちなみ、東海道の大磯に実際にある坂である。「けはひ」は化粧のこと。「かりそけて」は刈り除いてという意味。「殿つくり」は御殿を造ること。「椙」は「杉」の異体字でスギのこと。
変体仮名がたくさん使われて判読を難しくしている。しかしそれをある程度覚えれば読む手がかりは出来そうである。
【往来手形】
往来手形の一札
一 此の同行三人共に西国四国上方の神社仏閣参詣の為往来致し候 若し此の者共の内万一病死等仕り候はば御慈悲の為その所の御作法を以って御取置下さるべく候 念の為よって往来件(くだん)の如し
一 国々御関所相違無く御通し下さるべく候 さて又行き暮れの一宿も願い上げ奉り候 以上
文化三寅春二月
駿河丸子在有渡郡廣野村
禅宗大徳寺
御関所御番の衆中
御寺院方丈様方
所々御名主中
これが往来手形の一般的な形式らしい。書状の形の古文書は候文で語尾に「候(そうろう)」が付く。これは様々な形式で書かれ、簡略化が進み、点一つで候と読ます場合もあるから難しい。また漢文のように返って読む字がたくさん出てくるのでややこしい。ここでも、為(ため)、以(をもって)、可(べし)、被(らる)、如(ごとし)が出てきた。また「等」を「ホ」と省略して書いたりするから注意を要する。筆の文字で、かなり個性的に、言い方を変えればいいかげんに書いているため判読が難しい場合がある。
講義の一部分しかここには書けなかったが、第1回目で、こんなにも色々新しい知識を得た。参加者はお年寄りばかりだが、驚くほど真剣に取り組んでいた。
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