「蕉園渉筆」(漢文)を読む(47)半左衛門善行
「蕉園涉筆(解読版)上」の表紙
2026.9.2
夕方、河村泰子先生のお通夜に行ってきた。御主人は金谷郷土史研の前会長で、「現在、自分があるのは河村先生のおかげです」と話した。
さて、今日、「蕉園渉筆(解読版)(上)」の冊子化が完成した。ブログで紹介したものの大部分が収まることになるが、冊子化までには、あちこち訂正を加えた。このあと、(中)、(下)と三冊で終わる。およそ3分の1くらい終わったことになる。
「蕉園渉筆」解読の続きを載せる。
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(原文)
半左衛門善行
波津邑、半左衛門家世里正、邑額三百余石、皆其所有也、民家僅三十戸、
無尺寸之田、寛政年、半左衛門留二百石余、分与於三十戸、由此民挙励農事、
為部下第一之富邑、歴三十年今戸数二百余家、男女九百余口云、
半左衛門死已数年、子繁左衛門亦能教諭邑民、甲申冬具父子及邑民之状、
聞于 太公、公大感行賞賜、各有差、以励各邑
(解読)
半左衛門善行
波津邑(むら)、半左衛門、家世(かせい)里正(庄屋)、邑(むら)額三百余石、
皆その所有なり。民家僅か三十戸、尺寸(せきすん)も無きの田、寛政年、半左衛門、
二百石余を留どめ、三十戸に分け与え、これにより、民挙(こぞ)って農事に励む。
部下(ぶか)として第一の富む邑(むら)、三十年を歴(へ)て、今、戸数二百余家、
男女九百余口(くち)と云う。半左衛門死に已(すで)に数年、子、繁左衛門、
また能(よ)く邑(村)民を教え諭(さと)す。甲申(文政七年)冬、父子具(そろ)って
邑(村)民の状(書状)に及び、太公に聞こえ、公、大いに感じ賞賜(しょうし)を行う。
各(おのおの)差あり、以って各(おのおの)邑を励(はげ)ます。
(語注)
※ 家世(かせい)➔ 代々続いてきた家柄。
※ 尺寸(せきすん)➔ ほんのわずかの長さや広さであること。
※ 部下(ぶか)➔ 支配、管轄下の地域の内部。部内。
※ 口(くち)➔ 人数。人口。
※ 賞賜(しょうし)➔ 功績などを賞して物を与えること。
(続く)
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