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「蕉園渉筆」(漢文)を読む(73)信書

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  脇の水路の土手で 早くもススキが穂を出していた 雨続きだけれども 季節は確実に進んでいるようだ 2026.9.30 昨日、定期受診で、夫婦でS医院へ行く。インフルエンザの流行が早まっていると 聞いているので、いつから予防注射が受けられるかと聴けば、まだ始まりで本格的流行には時間があると云い、10月半ば頃からと言う。去年も接種したので、次回11月の時に、接種を受けられるように予約してきた。インフルエンザには、今まで罹ったという、記憶も自覚も無いのだが、念の為である。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 信書 都下諸友所贈答書、相約以同紙長短均者、積為策子、 閑時灯火覧之、恰如相晤於一堂、亦旅況之一韵(韻)事也、 老杜句、家書抵万金、故人之書亦然、固題以抵万金 (解読) 信書 都下 (江戸表) 諸友、贈る 答書 (とうしょ) 、同紙長短、均 (なら) したものを以って 相 約 (やく) し 、 策子 (冊子) として積む。 閑時 (かんじ) 灯火にこれを覧 (み) る。 恰 (あたか) も一堂において相晤 (うちとけ) るが如し。 また 旅況 (りょきょう) の 一 韵 (韻) 事なり。 老杜 (ろうと) 句、 家書 (かしょ) 万金 (まんきん) に抵 (あた) る。 故人 (こじん) の書、 また然り。 固 (もと) より 万金 に抵 (あた) るを以って題 (しる) す。 (語注) ※ 答書(とうしょ)➔ 問い合わせに対する返答の書状。 ※ 策子(さっし)➔ 冊子。綴じ本(巻本に対して)。 ※ 旅況(りょきょう)➔ 旅のありさま。旅行中の状況。 ※ 韵(いん)➔ 「韻」に異体字。おもむき。ようす。風流。 ※ 老杜(ろうと)➔ 中国盛唐の詩人、杜甫の異称。晩唐の詩人、杜牧を小杜というのに対していう。 ※ 家書(かしょ)➔ 自分の家の蔵書。 ※ 万金(まんきん)➔ 多額の金銭。千金。 ※ 故人(こじん)➔ 古くからの友人。昔の友達。旧友。 (続く)

I氏開発の梨の新品種「富慈緑」

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高校の同級生、I氏開発の梨の新品種「富慈緑」 2026.9.29 明石在住の、高校の同級生I氏から手紙が来た。電話に出ないからと、手紙をくれたのだが、申し訳ない、スマホには自分で登録した以外の電話には出ないことにしている。もともと自分のスマホは、自分が掛ける時、専用と決めている。だから、普通、電話は家電話で受けている。随分身勝手な使い方と思うが、この年になって、新しいことが煩わしくなっているからである。それはさておき、スマホに出ないので、手紙が来た。 I氏は高校教諭から農業高校の校長まで勤め上げた方で、専門は「農業・園芸」、高校退職後、梨の新品種の開発に手掛けられ、 新品種「富慈緑」 を開発された。 梨には「青梨」と「赤梨」があり、故郷では梨といえば、「青梨」の「二十世紀」のことであったが、当地へ来て店頭を見ると、すべて「赤梨」であった。 「赤梨」の方が 「青梨」よりも糖度が高いから、 「二十世紀」は世紀の終わりとともに、見られなくなった。 しかし、青梨の青みがかった透き通るような黄色い肌、僅かな酸味とみずみずしさは、 懐かしい故郷の味である。その 「青梨」の 新品種「富慈緑」 は実に美しい黄緑色で、甘みと酸味が絶妙のバランスだという。 実は、そういう自分もまだ食べたことがない。「確か出来たら送るよ」と言ってくれたような気がするが。食べてみたいものである。

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(72)平田寺文書

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庭のホソバヒイラギナンテンの実 もう何十年も庭に在りながら その実をじっくり見るのは初めてである   2026.9.28 雨続きである。止みそうでなかなかさっぱりした晴れは続かない。専ら室内で古文書解読か、アジア大会の観戦の毎日である。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 平田寺文書 余嚮観平田寺所蔵、孝謙帝天平感宝詔書、寄諸友書中及此事云、 詔尾橘豊成名、書尤佳、蓋名所自筆也、白藤報曰、 豊成横萩右太臣而中将姫之父。此時未聞有橘姓也、 蓋別人矣、 是藤原豊成誤筆橘豊成也、他諸友無報、 独白藤詰之、可謂益友矣 (解読) 平田寺文書 余 嚮 (さき) 、平田 (へいでん) 寺所蔵、孝謙帝、天平感宝 詔書 (しょうしょ) を観る。 諸友への書中に寄せて、 この事云うに及ぶ。 詔尾 (しょうび) 、橘豊成の名、 書もっとも佳 (よ) し。蓋 (けだ) し、名自筆 (じひつ) の所なり。 白藤、報 (しら) せて曰く、豊成、 横萩右太 (大) 臣 にして中将姫の父。 この時、未だ橘 (たちばな) 姓に有ったとは聞かざるなり。蓋し別人なり。 これ藤原豊成、橘豊成と誤筆なり。他の諸友、報せなし。 独り白藤これを詰 (つ) める。可謂 (いわゆる) 益友 (えきゆう) なり。 (語注) ※ 嚮(さき)➔ 以前。 ※ 詔書(しょうしょ)➔ 律令制で、天皇の詔(みことのり)を記した文書。 ※ 詔尾(しょうび)➔ みことのりの終り。 ※ 横萩(よこはぎ)右大臣 ➔ 豊成は、別名「横佩(萩)大臣(よこはぎのおとど)」と呼ばれた。 ※ 益友(えきゆう)➔ 交わってためになる友人。 (続く)

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(71)本間春城

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裏の畑のニラの花 2026.9.27 昨日午後、なんとか 金谷郷土史研の講義、2時間を終えた。「課題」が自分には 少し 「過大」であったか。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。今日の課題は難しい。 *********************************************************************** (原文) 本間春城 按部之日憩於下平川医人本間春城家、壁上粘精里翁七絶、 書甚佳、其詩原上鳴騶、 散晩闇、行窩市近酒堪賖、 山雲也会打垂法、不見芙蓉見断霞、打垂法不通、 主人質於予、 余亦不詳、問之東都諸友、白藤報書云、郡康節有打垂吟、 程子和之、 打俗語無意、思垂法蓋垂戻世人之謂也 、 是精里倍林祭酒於野邨君玉宅、時所作、 其日白藤亦倍坐、 当時質問也、君玉家於牛門内復原、原上字亦於是明了 (解読) 本間春城 按部 (あんぶ) の日、下平川の医人 (医者) 本間春城家に憩 (いこ) う。 壁上に 精里翁 (せいりおう) の 七絶 (しちぜつ) を粘 (は) る。 書、甚だ佳 (よ) し。その詩 (漢詩) 、    原上鳴騶散晩闇    原 上に 鳴 騶 (いななき) 、 晩闇 (ばんあん) に散る。    行窩市近酒堪賖     行窩 (仮寓) 、市 (いち) に近く、酒、 賖 (おぎの) りて             堪 (たのし) む。    山雲也会 打垂法     山雲 (さんうん) また会いて、 垂法 (すいほう) を打つ。    不見芙蓉見断霞    見えざる芙蓉 (富士) 、霞を断ちて見る。 「打 垂法 」通じず、主人、予に質 (ただ) す。余また詳 (つまびらか) ならず。 これを東都諸友に問う。白藤 報書 (ほうしょ) に云う。 郡康節 、「 打垂吟 」有り。 程子 (ていし) これに和し、俗語を 無意 (むい) に打つ。垂法 (手本) を思い、蓋 (がい) して 垂 (手本) に戻る、世人の謂 (いわ) れなり。 これ 精里 、 野邨 (野村) 君玉 宅において、 林祭に倍 (陪) し、酒の所作 (しょさ) の時、 その日、白藤また 倍 (陪) 坐 し、 当時質問なり。君玉家、 牛門 (ぎゅうもん) 内 復原において、「原 (復原) 上」の字、またこれ 明了 (めいりょう) 。 (語注) ※ 按部(あんぶ)➔...

「マイ巨木」 牛尾、熊野神社の大クス

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「マイ巨木」 牛尾、熊野神社の大クス 2026.9.26   一昨日、久しぶりに牛尾山の「熊野神社の大クス」に会ってきた。この大クスは 「マイ巨木」 である。 40年近く前、昭和の終り頃、環境庁により、全国巨樹巨木調査が行われ、巨樹巨木が静かなブームとなった。当時、巨木に興味を持ち、あちこちの巨木を見て回った。そして、静岡県でも樹種さまざまな巨木153本を選んで、「静岡県の巨木」として紹介された。その資料を元に 「静岡県の巨木」152本を巡った。一本足らないのは、三島の女子高校にあった桜の巨樹が、女子高校の構内では、と気が引けて、見逃してしまったからである。 往時、その記録を「巨木巡礼」と銘打って、ホームページで紹介していた。今ではもう見られないと思っていたが、今 「巨木巡礼」 と検索すると、そのホームページがそのまま見ることが出来た。これは驚きである。(試してみて下さい) その巨樹巨木ブームの中で、自分の住まう地域で、巨木を一本撰んで 「マイ巨木」 を決めようというキャンペーンがあった。その巨木の所有が誰であろうと、誰に迷惑かけるわけでもない。自分の心の内で決めて、時々は逢いに行く。それだけのことであるが、自分はその巨木に、 牛尾、熊野神社の大クス を選んだ。あれから40年近く、いまも 熊野神社の大クスは健在で、往時の勢いを保っている。 往時は無指定の巨木だったが、今は島田市の天然記念物に指定されている。往時は先細りのような巨木だったが、大枝を落としながらも、幹全体の太さを、随 分増しているように見えた。

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(70)頼朝真蹟/筆草

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  筆草 弘法麦 2026.9.25 明日はいよいよ金谷郷土史研の講義を実施する。上手い講義にはならないかもしれないが、何とか楽しめる講義にはしたいと思う。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 頼朝真蹟 橋本駅所謂浜名左右、昔源右府与梶原景時唱酬之処、 地有蔵右府真蹟者、 伝云以筆草所書也、此間有五味某者、 近時摸刻貺好事者、 附以筆草一紙豈不一韻事耶 (解読) 頼朝真蹟 橋本駅、所謂 (いわゆる) 浜名 左右 (そう) 、昔 源右府 (げんうふ) と梶原景時、 唱酬 (しょうしゅう) の処、 地 (そのち) に右府 (うふ) の 真蹟 (しんせき) を 蔵 (ぞう) す者有り。 伝に云う、 筆草 (ふでくさ) を以って書する所なり。 この間に五味某 (なにがし) 有 (な) る者、近時 摸刻 (もこく) 、好事者に貺 (たま) う。 附 (つけた) り、筆草 (ふでくさ) を以って一紙、 豈 (あに) 一韻 (いちいん) ならざる事 か 。 (語注) ※ 左右(そう)➔ そば。かたわら。 ※ 源右府(げんうふ)➔ 源頼朝。 ※ 唱酬(しょうしゅう)➔ 互いに詩歌・文章を作って、やりとりすること。 ※ 真蹟(しんせき)➔ 真筆。 ※ 筆草(ふでくさ)➔ カヤツリグサ科の多年草。コウボウムギの別称。(次項参照) ※ 摸刻(もこく)➔ 元になるものとそっくりに彫刻すること。 ※ 豈~か(あに)➔ あとに推量を表す語を伴って、反語表現を作る。 どうして~か。 ※ 一韻(いちいん)➔ 一つのおもむき。 (原文) 筆草 筆草和名其名不一、一曰弘法麦、一曰鬼尭韭、一曰海米、漢名蒒草、一名天然穀、 一名指侫草、一名禹余糧、於波津海浜見之、砂磧中多産焉、葉似菖蒲而小、 実酷如麦、 茎下有細毛、至秋末而枯、采而引之、茎自毛際中断、毛即為筆頭、 根為管、 天然筆清雅可愛也、但可草書、不勝真行之用也 (解読) 筆草 筆草 (ふでくさ) 、和名その名不一つならず。一に曰く弘法麦 (こうぼうむぎ) 。 一に曰く浜麦 (はまむぎ) 。一に曰く鬼堯韮 ( きぎょう にら) 。一に曰く海米 (うみごめ) 。 漢名、蒒草 (...

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(69)牧之原

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牧之原大茶園 明治になって、牧之原は大茶園に開発され た 2026.9.24 牛尾の大井川堤脇に、グランドゴルフ場があって、その敷地の角に、近くにあった地蔵石像などが集められている。その中に、白衣観音像が一体ある。白衣観音はすべての観音様の母のような存在で、いわばキリスト教のマリア様のような存在だと聞いた。牛尾のお寺に白衣観音を祀ったお寺があると聞いていた。その案内の像らしいのだが、それがどのお寺だったか。確認のため、今朝、車で行ってみた。しかし、分からずに帰ってきた。金谷郷土史研の講義の中で、それに触れようと思ったのだが、今回は断念する。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 牧之原 牧原一名布引、周囲十数里、赤土或磽确、不宜樹藝、 為無用之地、 近時民往々闢圃作蘿葡、稍佳、旱地穿井漑之、 二三年来又作占城米不応、 其糯者能応、圃稍々増益、可謂見事矣 (解読) 牧之原 牧原 (牧之原) 、 一名布引 (ぬのびき) 、周囲十数里、赤土或いは 磽确 (こうかく) 、 樹藝 (じゅげい) に宜 (よろ) しからず。 無用の地として、近時、民 (たみ) 往々 (おうおう) 闢圃 (へきほ) し、 蘿葡 (すずしろ) を作る。稍 (やや) 佳 (よ) し。 旱地 (ひでりち) に井を 穿 (うが) ち、これを漑 (そそ) ぐ。二、三年来、また 占城 (チャンパ) 米 (まい) を作るが 応じず。 その糯 (もち) は能 (よ) く応 (こた) える。圃 (はたけ) 稍々 (やや) 増益、 見事 (みごと) と謂 (い) うべし。 (語注) ※ 磽确(こうかく)➔ 小石などが多く、地味がやせた土地。 ※ 樹藝(れい)➔ 作物や草木を植えつけること。種芸。 ※ 闢圃(へきほ)➔ 園圃をひらく。開墾する。 ※ 蘿葡(すずしろ)➔ だいこん。 ※ 占城米(チャンパまい)➔ インドシナ半島の占城(チャンパ)原産の稲。干害、塩害に強く、やせた田で育つ、早稲米。 ※ 糯(もち)➔ 糯米(もちごめ)。これは占城米の糯品種を言うのだろう。 (続く)

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(68)県令/卜風雨

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  「東海道五十三次・十一年間の古道を考査する」 金谷コミュニティ委員会広報部編 2026.9.23 土曜日の金谷郷土史研の講義の中で、「東海道五十三次・十一年間の古道を考査する」という金谷コミュニティ委員会広報部で公開している資料を使わせていただくべく、竹下のSさんを訪ねる。了解をいただいた後、今度の講義の進め方などを話し、幾つか不明の点を確認した。何とか、恰好が付きそうである。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 県令 自遠州移封之年、県令至余合八人、独山下為之助、 以厳莅下、以直処己、 民畏而懐徳、坐見移官、 去後十年、民至今称之、余以問于太公、 客歳為司農卿、兼郡将 (解読) 県令 遠州移封の年より、 県令 (けんれい) 、余に至り、合わせ八人。独り山下為之助、 厳しく下へ莅 (のぞ) むを以って、 直処 己 (まさしくおのれ自身) に、 民 (たみ) 畏 (おそれ) て 徳を懐 (おも) う。 坐して官を移すを見る 。 去後 (きょご) 十年、民、今に至りこれを 称 (たた) える。 余、太公に問うを以って、 客歳 (かくさい) 、 司農卿 (しのうけい) 、 兼 (けん) 、 郡将 (ぐんしょう) に為 (な) す。 (語注) ※ 県令(けんれい)➔ 郡司の唐名。「郡司」は、郡を単位として地域的支配を行う郡代官。 ※ 直処(ただか)➔ その人自身。まさしく、その人自身 ※ 坐して官を移すを見る ➔ 人事・官職の異動が目の前で行われるのを見届けること。 ※ 去後(きょご)➔ それより以後。 ※ 客歳(かくさい)➔ 去年。昨年。 ※ 司農卿(しのうけい)➔ 宮内卿(くないきよう)の唐名。 ※ 郡将(ぐんしょう)➔ 郡の長。郡の領主。 (原文) 卜風雨 海国之民預能風雨晦明、遠頻于於海所言尤有験者、 駿之芙蓉在近、山峰雲気相証故也 (解読) 卜風雨 海国の民、能 (よ) き 風雨晦明 (ふううかいめい) に預かる。遠 (遠州) は頻 (しき) りに 海所 (海辺) にて言われる。尤も 験者 (けんざ) 有り。 駿 (駿州) は芙蓉 (富士山) 近くに 在り。山峰 (さんぽう) の 雲気 ...

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(67)庁事

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庭のサルスベリ 白花が勢いを取り戻して 再び紅白競演 2026.9.22 台風25号は関東で、大分被害が出ているようだ。水害と土砂崩れ、繰り返しの災害に、大変な夏であった。 土曜日の金谷郷土史研の講義、どうにか纏まりそうだ。要は「逸脱」である。自分の得意分野へ話を導けば、何とかなりそうである。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 庁事 庁事自古率以辰入、以未退、余随要省事、以辰入、以午退、 然一事無闕漏、従吏得暇、皆大喜、欲令之就学也、 但退後民有告而出者、余与主簿、一人出庁事、不再労民也 (解読) 庁事 庁事 (ちょうじ) 、古 (いにし) えより、辰 (辰の刻) を以って入り、未 (未の刻) を以って 退 (ひ) くの 率 (りつ) 。 余 (よ) 、要 (必要) に随い事を省 (はぶ) く。辰を以って入り、 午 (午の刻) を以って退く。 然し、一事も 闕漏 (けつろう) 無く。 従吏 (じゅうり) 暇 (ひま) を得、皆な大喜び。 これ就学を せしむを欲す なり。但し、退 (ひ) き後、 民 (たみ) 告げて出る者有れば、 余 (よ) と 主簿 、一人出庁の事、再び労 (つと) める 民 (従吏) はなきなり。 (語注) ※ 庁事(ちょうじ)➔ 役所の仕事。 ※ 率(りつ)➔ さだめ。きまり。 ※ 闕漏(けつろう)➔ 必要な事物が欠け落ちていること。もれ。おち。 ※ 従吏(じゅうり)➔ 下役人。 ※ せしむを欲す ➔ ~ させたいと思う。 ※ 主簿(しゅぼ)➔ 帳簿をつかさどる人。 (続く)

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(66)坂井山崩

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台風25号は東へ反れて行き 上陸は免れたようだ  当地も大きな被害もなく過ぎた 2026.9.21 台風25号も過ぎた。心配していた、名古屋のアジア大会も予定通り進んでいるようだ。昔は災害は前触れなくやってきた。今日の 「 蕉園渉筆」のテーマの山崩れは何が原因だったのだろう。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 坂井山崩 癸未秋、大風雨坂井邑民夜半山崩、大石壊屋、土砂埋没、 梁木傾墜、傷脚、 驚醒匍匐潜梁隙赴母寝所、破屋抱出、 去出二子、妻乳初生児、圧於屋下、 不能救出、 急呼隣人、 鑿土砂二丈許、而及之、児死妻蘇、余以状聞于太公、 急馳伝有周急之恵、褒其先老母 (解読) 坂井山崩 癸 (みずのと) 未 (ひつじ) (文政6年、1823) 秋、大風雨、坂井邑 (むら) 民 (民家) 、 夜半 (やはん) 山崩れ、 大石、屋 (家屋) を壊す。土砂に埋没 (まいぼつ) 、 梁木 (りょうぼく) 傾き墜 (お) つ。 脚を傷め、驚き醒 (めざ) め、 匍匐 (ほふく) して 梁 (はり) の隙 (すき) を潜 (くぐ) り、母の寝所に赴 (おもむ) き、 破屋 (はおく) から 抱 (かか) え出る。二子は出で去り、妻と 乳初生児 (にゅうしょせいじ) 、 屋下 (おくか) に圧せられ、 救出能わず。急いで隣人を呼び、土砂を二丈許り 鑿 (うが) ち、而 (しか) してこれに及ぶ。 児 (ややこ) 死に、妻蘇 (よみが) える。 余 (よ) 、状 (書状) を以って太公に聞く。 急ぎ馳 (は) せ伝 (つた) え、 周急 (しゅうきゅう) の 恵み有り。それ、老母を先んずるを褒 (ほ) むる。 (語注) ※ 梁木(りょうぼく)➔ 棟とうちちがえに柱の上に渡して屋根を支える材木。 ※ 匍匐(ほふく)➔ 腹ばいになって、手と足ではうこと。 ※ 乳初生児(にゅうしょせいじ)➔ 生まれたばかりの乳児。新生児。 ※ 屋下(おくか)➔ 屋根の下。 ※ 周急(しゅうきゅう)➔ 危急を救うこと。 (続く)

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(65)甘蔗

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砂糖キビから砂糖を絞り出す(昔の沖縄の風景) 相良でも同様の風景があったのだろうか 2026.9.20 今月の山を越し、(すべての講座を終えた)今日は一日、半睡状態で過ごした。テレビは点いているが、ほとんど見てはいなかった。ただこんな風にだらだら過ごすのは今日だけにする。 土曜日は金谷郷土史研の講義を頼まれている。「竹下村誌稿」の「沿革」編について、二時間というが、何を話そうか。そもそも、 「竹下村誌稿」は郷土資料であって、 誌稿は、何も主張していない。だからなかなか扱いにくい材料である。 今週はこの課題を前に、苦労しそうである。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 甘蔗 官庭試甘蔗八九茎、其受風揺曳甚可愛、及十月嘱製造家、 為自糖、得二斤許、 余不培不養、不盈十茎而其利如斯、 宜哉民之利而作也、有一絶曰、 長葉柔茎舞戦風、 不培不養漸生叢、誰知如雪如霜物、出個青々翠々中 (解読) 甘蔗 官庭 (かんてい) 、 甘蔗 (かんしょ) 八、九茎 (くき) を試 (こころみ) る。 それ風を受け 揺曳 (ようえい) 、甚だ可愛 (かわ) い。 十月に及び、製造家に嘱 (たの) み、自 (みずか) ら糖と為す。 二斤 (にきん) 許りを得 る。 余 (よ) 、培 (つちか) わず養 わず。十茎に盈 (み) たずして、その利、斯 (か) くの如 し。 宜 (よろ) しきかな、民の利、而 (しこう) して作るなり。 一絶 (いちぜつ) 有り、曰く、   長葉柔茎舞戦風    長葉柔らかく、茎、戦 (そよ) ぐ風に舞う。   不培不養漸生叢    培 (つちか) わず養わず、漸 (だんだん) 生 (お) い叢 (しげ) る。   誰知如雪如霜物    誰が知る、雪の如き、霜の如き物、   出個青々翠々中    個 (その) 青々 (せいせい) 翠々 (すいすい) 中より出ずるを。 (語注) ※ 官庭(かんてい)➔ 役所の庭。 ※ 甘蔗(かんしょ)➔ さとうきび。 ※ 揺曳(ようえい)➔ ゆらゆらとゆれてなびくこと。 ※ 二斤(にきん)➔ 一二〇〇グラム。(一斤は六〇〇グラム) ※ 一絶(いちぜつ)➔ 一つの 絶句 。 ...

「蕉園渉筆」(漢文)を読む(64)紙鳶/川崎花山

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  相良凧 2026.9.19 午前、初心者、午後、経験者と、金谷宿大学「古文書に親しむ」2講座を実施した。この頃は、漸く気を楽に講座が進められる余裕が生まれたような気がする。 ただ、2講座の日は、疲れが倍に感じるのは歳のせいか。 「 蕉園渉筆」解読の続きを載せる。 *********************************************************************** (原文) 紙鳶 遠州弄紙鳶、始於十二月至五月六日而止、形与都下紙鳶殊矣、 図画分際尽裁去露骨、々如篭、飾以錦天鵝絨類、相良稍質、 掛川甚文、一紙鳶価用数金云 (解読) 紙鳶 遠州、紙鳶(しえん)を弄(もてあそ)ぶ。十二月に始め、五月六日に至り止む。 形、都下 紙鳶 (たこ) と殊 (こと) にする。図画 分際 (ぶんざい) を尽し、 裁去 (さいきょ) し、 骨を露 (あらわ) にする。骨、篭 (かご) のごとく、錦 (にしき) 、天鵝絨 (ビロード) 類を 以って飾り、 相良稍 (やや) 質 (しつ) 、掛川甚だ 文 (あや) 、一と紙鳶 (たこ) の価 (か) 、 数金 (両) を用うと云う。 (語注) ※ 紙鳶(しえん)➔ 凧(たこ)のこと。 ※  分際(ぶんざい)➔ それぞれに応じた程度。ほど。 ※ 裁去(さいきょ)➔ 裁ち切って除く。 ※ 質(しつ)➔ 飾り気がない。 ※ 文(あや)➔ いろどり。美しさ。見事さ。 (原文) 川崎花山 今茲乙酉二月川崎後山一民先花時栽桜三五種、 十数日之際不期而植者遠近数百人、 山之後背桜凡千七百株、 桃百余株、至三月尽華、余往観焉、自遠眺之成雲成霞、 稍上花益艶、香益喫(潔)、花間隔大海、豆之諸山青如染、 駿之富嶽雪嶺挺然于其巓与花相映発、又帆影隠見於林表、 奇不可言、実壮観也 (解読) 川崎花山 今茲 (ここ) 、乙酉 (きのととり) 二月 (文政8年、1825) 、川崎後山、一民 (民家) 先、花時、 桜三、五種栽 (う) え、 十数日の際 (あいだ) 、期せずして、植える者、遠近数百人。 山の 後背 (こうはい) 、桜凡 (およ) そ千七百株、 桃百余株。三月に至り尽 (ことごと) く 華 (はな) 。余、観 (み) に往く。遠くよりこれを眺むに 雲になり霞になり、 稍 (やや) 上の花、益 (...