「蕉園渉筆」(漢文)を読む(71)本間春城

裏の畑のニラの花

2026.9.27

昨日午後、なんとか金谷郷土史研の講義、2時間を終えた。「課題」が自分には少し「過大」であったか。

「蕉園渉筆」解読の続きを載せる。今日の課題は難しい。

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(原文)

本間春城

按部之日憩於下平川医人本間春城家、壁上粘精里翁七絶、書甚佳、其詩原上鳴騶、

散晩闇、行窩市近酒堪賖、山雲也会打垂法、不見芙蓉見断霞、打垂法不通、

主人質於予、余亦不詳、問之東都諸友、白藤報書云、郡康節有打垂吟、程子和之、

打俗語無意、思垂法蓋垂戻世人之謂也、是精里倍林祭酒於野邨君玉宅、時所作、

其日白藤亦倍坐、当時質問也、君玉家於牛門内復原、原上字亦於是明了

(解読)

本間春城

按部(あんぶ)の日、下平川の医人(医者)本間春城家に憩(いこ)う。

壁上に精里翁(せいりおう)の七絶(しちぜつ)を粘(は)る。

書、甚だ佳(よ)し。その詩(漢詩)、

  原上鳴騶散晩闇   原上に鳴騶(いななき)、晩闇(ばんあん)に散る。

  行窩市近酒堪賖   行窩(仮寓)、市(いち)に近く、酒、賖(おぎの)りて

            堪(たのし)む。

  山雲也会打垂法   山雲(さんうん)また会いて、垂法(すいほう)を打つ。

  不見芙蓉見断霞   見えざる芙蓉(富士)、霞を断ちて見る。

「打垂法」通じず、主人、予に質(ただ)す。余また詳(つまびらか)ならず。

これを東都諸友に問う。白藤報書(ほうしょ)に云う。郡康節、「打垂吟」有り。

程子(ていし)これに和し、俗語を無意(むい)に打つ。垂法(手本)を思い、蓋(がい)して

垂(手本)に戻る、世人の謂(いわ)れなり。

これ精里、野邨(野村)君玉宅において、林祭に倍(陪)し、酒の所作(しょさ)の時、

その日、白藤また倍(陪)坐し、当時質問なり。君玉家、牛門(ぎゅうもん)内

復原において、「原(復原)上」の字、またこれ明了(めいりょう)。

(語注)
※ 按部(あんぶ)➔ 見廻り。
※ 精里翁(せいりおう)➔ 江戸後期の儒学者。肥前の人。名は樸。字は淳風。陽明学・朱子 学を学び、藩校を経て昌平坂学問所教授となる。柴野栗山・尾藤二洲とともに、寛政の三助と称された。
※ 七絶(しちぜつ)➔ 「七言絶句」の略。漢詩体の一つ。一句七言で四句からなる近体詩。
※ 鳴騶(いななき)➔ 「騶」は、乗馬用の馬。
※ 晩闇(ばんあん)➔ 夜の暗やみ。
※ 行窩(こうか)➔ 仮寓。移動中に一時的に身を寄せる安適な住処。
※ 賖る(おぎのる)➔ 代価を借りて、物を買う。掛けで買う。
※ 山雲(さんうん)➔ 山にかかる雲。
※ 垂法(すいほう)➔ 手本。
※ 報書(ほうしょ)➔ 知らせるための手紙。また、返書。
※ 郡康節 ➔ 正しくは邵康節(しょうこうせつ)(邵雍)のこと。北宋の学者。共城(河南省)の人。神秘的宇宙観・自然哲学を説き、朱熹らに影響を与えた。
※ 打垂吟(だすいぎん)➔ お手本の吟(詩、歌)。
※ 程子(ていし)➔ 中国宋代の儒学者、程顥(ていこう)、程頤(ていい)兄弟の尊称。
※ 無意に(むい)➔ 無意識に。
※ 精里(せいり)➔ 精里翁(前述)
※ 野村君玉(のむらくんぎょく)➔ 野村篁園(のむらこうえん)、江戸時代後期の儒者、漢詩人。名は直温(なおあつ)、字は君玉、通称は兵蔵。
※ 所作(しょさ)➔ ふるまい。身ぶり。しぐさ。
※ 陪坐(ばいざ)➔ 付き随い同席。
※ 牛門(ぎゅうもん)➔ 江戸の牛込のこと。
※ 明了(めいりょう)➔ あきらか。

(続く)

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