「蕉園渉筆」(漢文)を読む(72)平田寺文書
その実をじっくり見るのは初めてである
2026.9.28
雨続きである。止みそうでなかなかさっぱりした晴れは続かない。専ら室内で古文書解読か、アジア大会の観戦の毎日である。
「蕉園渉筆」解読の続きを載せる。
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(原文)
平田寺文書
余嚮観平田寺所蔵、孝謙帝天平感宝詔書、寄諸友書中及此事云、
詔尾橘豊成名、書尤佳、蓋名所自筆也、白藤報曰、
豊成横萩右太臣而中将姫之父。此時未聞有橘姓也、蓋別人矣、
是藤原豊成誤筆橘豊成也、他諸友無報、独白藤詰之、可謂益友矣
(解読)
平田寺文書
余嚮(さき)、平田(へいでん)寺所蔵、孝謙帝、天平感宝詔書(しょうしょ)を観る。
諸友への書中に寄せて、この事云うに及ぶ。詔尾(しょうび)、橘豊成の名、
書もっとも佳(よ)し。蓋(けだ)し、名自筆(じひつ)の所なり。
白藤、報(しら)せて曰く、豊成、横萩右太(大)臣にして中将姫の父。
この時、未だ橘(たちばな)姓に有ったとは聞かざるなり。蓋し別人なり。
これ藤原豊成、橘豊成と誤筆なり。他の諸友、報せなし。
独り白藤これを詰(つ)める。可謂(いわゆる)益友(えきゆう)なり。
(語注)
※ 嚮(さき)➔ 以前。
※ 詔書(しょうしょ)➔ 律令制で、天皇の詔(みことのり)を記した文書。
※ 詔尾(しょうび)➔ みことのりの終り。
※ 横萩(よこはぎ)右大臣 ➔ 豊成は、別名「横佩(萩)大臣(よこはぎのおとど)」と呼ばれた。
※ 益友(えきゆう)➔ 交わってためになる友人。
(続く)
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