「蕉園渉筆」(漢文)を読む(82)易妻
番生寺大井神社脇に残る、用水路に渡した石の橋
大代川にある小さな堰
2026.10.10
午後、「静岡の考古学と歴史」講座へ出席した。
講座の後、江戸時代初めに出来た、大井川からの用水を、大代川を横ぎって番生寺村へ引き入れる、用水路跡を見に行こうと、Nさんに誘われた。上の写真、一枚目は大代川を横切った用水路の、番生寺側の堤根本にある出口である。二枚目はその水路が番生寺の大井神社脇を通ったところにあった石の橋である。但し、今は水路は橋の下にはない。三枚目は、大代川をみると、この水路を守るように、小さな堰があるのが判る。後は反対側の上流部の用水路の様子であるが、それはまた後日確認するが、ほぼ様子は判っている。
「蕉園渉筆」解読の続きを載せる。
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(原文)
易妻
赤壌匠人豊吉与同邑農民銀太妻、通、知之、竊謂匠人曰、子有男二人、
我有二女而無男子、不如子妻将一男来、我妻将一女往、二家待長、相婚、
豈不善乎、竟并妻而交易
(解読)
易妻
赤壌(赤土)匠人(しょうじん)豊吉と同邑(むら)農民銀太妻、通じ、これを知る。
竊(ひそか)に謂(い)う、匠人曰く、子(こ)、男二人有り。我(銀太妻)二女ありて
男子無し。子を、妻(銀太妻)へ将(はた)一男来て、我妻(銀太妻)から、将(はた)
一女往(ゆ)くように不如(した方がよい)。二家長く待ち、相婚(そうこん)、豈(あに)
善ろしからずや。竟(つい)に并(とも)に妻にして交易(こうえき)す。
(語注)
※ 赤壌(あかつち)➔ 牧之原の地名「赤土」
※ 匠人(しょうじん)➔ 職人。大工。たくみ。
※ 竊謂(せつい)➔ 密かに云う。内緒ばなし。
※ 我(われ)➔ 銀太妻。
※ 将(はた)➔ はたまた。さらにまた。
※ 不如~(ふじょ)➔ ~した方がよい。
※ 相婚(そうこん)➔ 互いに婚姻を結ぶ。結婚する。
※ 交易(こうえき)➔ 互いに交換すること。
(続く)



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