吉田町のT古書店へ行く
2026.10.19
朝、昨日連絡しておいた、吉田町のT古書店へ行く。T氏は歳の差40数歳の、古文書を通じた若い友人である。年に一、二度会って、古文書について、色々情報交換をしている。いつも10時ごろ訪れるのだが、話が長くなってお昼を越えてしまうので、今日は30分ほど早く訪れた。
古書店とは言え、T氏が最も興味を持っているのは古文書で、仕事の中で触れた古文書を情報として、論文にまとめることを目標として、日々活動していると聞いている。ただ、古文書を理解して、情報が交換できる人は、T氏の周りにも中々いないから、自分が行くと、かっこうの聞き手になって、話が次々に出て止まらないようだ。
今日の話題は、最初は、上流の大井川の瀬替えで、影響をもろに受ける大井川河口に近い村々の様子について、論文にまとめたいと聞いていたが、その話の続編で、この地域を管理しいた何人かの代官の情報が、この地域の動きを考えるに大変重要であると聞く。河口方面から見た大井川の瀬替えが天正18年というのは、やはり無理があるようだという。個別の村々の様子や、代官の動きなど、たくさんの固有名詞をもとに聞いたのだが、その話はT氏が書かれる論文を見てからにしよう。
二つ目は、焼津の主立つ農家から、田中藩の武士へ嫁いで、一男を得た後、その武士の亭主に若くして死に別れた女性の手紙の話であった。まだ幼い息子が家督を継いだが、まもなく明治になり、静岡の各藩は千葉県に移された。主人をうしない、幼い息子を抱えて、遠い千葉へ移住して、周りは見知らぬ人ばかりの、城も何もない地で、大苦労する女性が、唯一頼れるのは実家で、出した手紙が10数通、手に入ったと、きっちり整理されたものを見せて頂いた。
千葉へ移住した各藩の事情が、こういう形で残されたものは大変珍しいと思う。自分の講座でぜひ読んでみたいなあと思っていたところ、そっくり貸して貰えることになった。早速コピーを取って返そうと思う。
三つ目は、知り合いの古書店から、屏風がたくさん手に入り、その表に張られた書画などは剥がして掛け軸などにして利用するが、残りの屏風は処分するばかりになっていた。欲しいなら持って帰ってよいと云われ、その内張りに張られている古文書目当てでもらってきたところ、京都の名の知れた儒学者の父親が、医者、兼、悉皆屋を営んでいて、その関連古文書が内張りにに使われ、それを剥がして古文書の形に戻す作業を、今やっていると聞く。気の遠くなるような作業であるが、剥がしながら、いろいろなことがほの見えて、楽しいようであった。
※ 悉皆屋(しっかいや) ➡ 江戸時代、大坂で染め物・洗い張りなどの注文を取り、京都の専門店に取り次ぐことを業とした者。転じて、染め物や洗い張りを職業とする人。
そろそろ終わらないと昼になると、話を終えて時間を見ると、もう午後1時近くなっていた。なんと3時間半も話し込んでいたのである。


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