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【活動の記録】と【読了図書】8月18日~9月15日

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掛川図書館前のセンニチソウ (11日撮影) 名前に違わず 暑さに負けず咲き続ける   2025.9.15   この一と月では 、「証券会社取引終了」「竜巻」などが話題となった。     ************************************************    【活動の記録】 8月20日     午前中、散髪。           午後、金谷郷土史研究会  8月23日    午前、「 二宮金次郎漫遊記」講演会   於 掛川図書館         午後、駿遠の考古学と歴史受講。  8月25日     午前、A証券会社来宅。(顔の見える証券会社へ移行) 8月27日     午後、A証券会社来宅。   8月28日     午後、会社後輩K氏来宅。   8月29日     午前、A証券会社来宅。   9月01日    M証券会社取引終了。 9月02日   夜、金谷宿大学教授会。  9月05日     台風15号静岡県来襲。牧之原市竜巻大被害。         予定だった駿河古文書会は中止、次週へ。 9月 08日     午前、A証券会社来宅。   9月 09日     午後、T証券会社来宅。   9月10 日     榛原文化センターが、台風15号の竜巻被災者避難所となる。           まきのはら塾「古文書解読を楽しむ」講座は24日へ延期。  9月11 日     午前、A証券会社来宅。Sネット証券取引終了。           午後、掛川古文書講座出席。 9月12日     午後、駿河古文書会に出席。   【読了図書】 読書:「見番 吉原裏同心(三)」 佐伯泰英 著 読書:「老中 蘭方医・宇津木新吾」 小杉健治 著 読書:「 石礫 機捜...

自分古文書(7)「死の閃光」(2)

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  黄色の菊 (ネットから拝借)  こんな立派な黄菊だったろか  2025.9.14   今日はやや涼しさを感じた。「秋」は忘れてはいないようだ。  「死の閃光」を続けよう。 5回くらいまで掛かりそうかな。 *******************************************************    翌日の夕暮れ近く保夫は庭にしゃがんで黄菊を見ていた。黄菊は今を盛りとその完全な美を誇っている。  「保夫」と父の重々しい声が背後で聞こえた。振り返ると和服に着替え庭下駄を履いた父が立っていた。裏の家の天窓の硝子に反射した夕日の中で、父の赤銅色の顔が艶やかに光っていた。父は眩しそうに眼を細めて笑っている。父は六十にもなるのに未だに駅前の小さな会社に勤めていて、仕事がら毎日のように近辺の町村の営業所廻りをしていた。紫外線に曝されることの多い父の顔は農夫のように日焼けしていて健康そのものであった。  「どうだ、見事に咲いたろう。来年は黄色だけではなくて他の色のものも咲かせてやろう。」  保夫は黙って菊を見ていた。  「何とか言わんか、保夫。憂鬱そうな顔しよって。えっ、どうしたんだ。母さんが愚痴ってたぞ。」父は笑いを浮かべたまま言った。  保夫は自分に言って聞かせるように呟いた。  「憂鬱なんかじゃない。憂鬱なんかじゃ絶対にない。‥‥唯、 ‥‥‥ 」  「唯? 唯どうしたんだ。」  微笑の陰に隠れていた詰問するような表情が父の顔に現れた。  「唯どうしようもなく苛立たしいんだ。大きな流れにどんどん流されて行く自分が。その行き着く果てには死が大きく手を広げて待っている。それが見えているのに僕はどうしようもないのだ。」  父は静かに腕を組んで何かを追憶するような顔つきになった。  「お前も死について考えるような年頃になったか。儂も若い頃には良く考えて夜を明かしたものだ。当時は今と違って軍隊があったからその年頃には皆んなその壁に打ち当たった。しかしそんなことは考えても無駄なことだと儂は悟ったよ。どんなに恐れ逃げ惑おうとも死は確実にやって来るだろうし、どう意義付けてみたところで死が変わるわけのものでもあるまい。真剣に生き力一杯闘った結果としての死ならば、それはそ...

誰がこんな21世紀を想像したか(2) 酷暑、豪雨、竜巻

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池の鯉は 何を待つ、 暑くないのかい 掛川城公園にて(一昨日)  2025.9.13 この夏は長く、異常に暑かった。猛暑日(最高気温が35℃以上の日)が40日を越している地域もある。6月に始まり9月に入っても、まだ猛暑が治まらない。8月5日最高気温が41.8℃を記録したのは、群馬県伊勢崎市であった。日本の観測史上の最高気温である。その翌日には、静岡市駿河区で41.4℃を記録した。もちろん、静岡県の最高気温である。41℃は、標準的なお風呂の温度である。 もうミストサウナの領域である。 この間に、熱中症アラートが出ない日はないくらいであった。 思うに20世紀には熱中症という言葉すらなかった。代わりに日射病とよばれ、熱ではなく強い日差しに長く当たると発症する病であった。自宅に居ながら熱中症になるのは、日射病の時代にはなかったことである。出かける時、車に付いた外気温度計を見るのが習慣になっていた。その目視した気温の最高は38℃だった。国道を走っていて、トンネルに入るとわずかにしろ、気温が下がるのが常識だと思っていたが、トンネルの中で表示が2度上がったには驚かされた。 酷暑の夏、雨はなかなか降らなかったが、振り出すと、すぐにびっくりするような大雨になり、中小の河川、水路はたちまちあふれて洪水になる。線状降水帯という聞きなれない言葉をいったい何度聞いたことだろう。 大した台風でもないのに、やってくると、日本では経験したことのない竜巻が多発して、近頃あった台風15号の牧之原市細江のように、未だかってないような大きな被害が出る。日本の町や家屋は、台風への備えはしていても、竜巻には備えが全くないから、被害が甚大になるわけである。 いったい日本の気候はどうなってしまったのだろう。大気中のCO₂ 増加による影響にしては度を越していると思う。CO₂ も原因の一つだと思うが、大切な要因がなにか抜けているのではないか。気象学者の面々もまだその要因に気付いていないのではなかろうか。 自分が歩き四国遍路を二度経験した「四国お遍路まんだら」の頃は、今から十数年前で、21世紀にはなっていたが、日本の気候は安定していて、今のような暑さを感じることもなく、 線状降水帯などという言葉もなくて、最後までスムースに歩けたと記憶している。今から思うと幸せな時代だったと思う。   いったい、誰がこ...

自分古文書(7)「死の閃光」(1)

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  掛川城公園の弁天様(昨日撮影)  木陰、池の中、背後には小滝も見える 涼しそうなのだが、この厚着では熱かろう  2025.9.12   午後、駿河古文書会で静岡へ行く。先週台風で延期になったものである。 *****************************************************************  「奇壁」から一年後、大学二年の時に書いた小説である。テーマは、「キューバ危機」の頃、若者が感じた妄想である。妄想で終わったが、実は危機一髪のところまで事態は進んでいたを、我々は後に知ることになる。   死の閃光  秋になった。爽やかな高天に筆で軽く掃いたようなすじ雲の流れる日本晴れの日が続き、周囲の山々はのんびりと衣替えを始めた。今年も保夫の父自慢の菊が見事な大輪をつけた。狭い庭には黄一色の菊花が満ち溢れて、芳香が部屋の中まで漂ってくる。保夫はそれを美しいと思った。しかし同時にその絢爛さの背後に人為のはかなさも感じていた。  〈あの貧相な葉っぱはどうだ。ひょろひょろの茎は細竹の支柱で辛くも立っているにすぎないし、あの繊細豪華な花びらだって渦巻型の針金に身を持たせてやっと姿を保っておれるのじゃないか。〉  そこにはもはや自然の逞しさは見出せなかった。造花の美が不滅のはかなさとするならば、この菊の絢爛は差し詰め完成のはかなさといってよいだろう。  新聞は行楽地の人出を報じていたし、高校の同級生は半月後に迫った修学旅行に浮足立っていた。しかし保夫はとても秋を享楽する気にはなれなかった。下校すると、たまに庭に降りて菊にじっと見入るほかは、ほとんど自分の部屋に閉じ籠っていた。そうかといって勉強に勤しむ気配は更々無かった。唯机に向かい頬杖を突いて漠然と障子の桟に視線を遣ったり、寝転がってぼんやりと眼の焦点を虚空に彷徨わせたりしているだけであった。  「保夫!」母が階段の下から呼んだ。「保夫!降りて来なさい。」  〈保夫君、呑気な母さんのお呼びですよ。はいはい只今参上仕ります。〉  「うぉーい」保夫は唸りながら起き上がると大きく欠伸した。  階下へ降りると母が言った。  「家に許り閉じ籠っていないで、少しは外に出て散歩でもして来たらどうなの。」 ...

人口減少問題を考える(3)成果第一主義が人口減に追い打ちを

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金次郎さん、この酷暑に何思う 掛川中央図書館前で  2025.9.11   午後、掛川古文書講座に出席。今日の古文書は、江戸時代、江戸参府の途中、掛川で亡くなった、オランダ商館のキャピタンについての文書で、大変珍しいものであった。キャピタンが葬られた天然寺の和尚が、キャピタンの永代供養について、参府途中のオランダ商館とのやり取りを記したものである。文字がかなり我流で解読が難しい課題であった。 ******************************************************   「人口減少問題を考える」を続けよう。  企業が、成果第一主義になった結果、若者の給料は一部の者を除いて、年々の昇給はなくなった。物価が安定していたから、若者たちの反応はなかったが、10年、20年と経っても、給料が上がらないでは、住宅の手当てもままならず、いつまでも親のすねを齧っている若者も多かった。幸い年功序列時代の親は、資産もある程度形成できて、 年金もそれなりに受けていたから 、すねの齧り出はあった。結果、結婚も出来ない、子供も持てないという若者たちが珍しくなくなった。 事実、結婚して生計を立てるためには、一人の給料では賄えず、夫婦共稼ぎが必須となっている。稼ぎ手が一人ではとても生活を維持できないから、結婚しても、子供を作るにはためらいが出て、まして複数の子供を持つなど、とても出来ることではなく思われた。 一方、年功序列で給料が上がる可能性がなくなった若者たちは、 就職氷河期だったこともあるが、 拘束を嫌い、臨時社員となって自由を選ぶようになった。また、 あるいは 企業側もその方が安上がりと、正規社員を取らなくなった。 誰もひたひたと忍び寄る人口減の社会に、気が付かない振りをしていた。ようやくこの頃、人口減の結果、求人難の社会になっていることを否応なく認識することになる。しかしそうなってから騒いでも遅いのである。一度減り始めた人口を求人難を問題視し、回復を図ろうとしても、最低でも20年掛かることを自覚しているのであろうか。 最近、円安が進んで、日本人は自分たちの給料水準が、先進国のみならず、いくつかの新興国にも抜かれていることに気付いて愕然とした。今、海外から日本へ観光客が殺到しているのも、円安のみならず、人件費の安い日本は...

榛原文化センターが、竜巻罹災者の避難所に

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金谷土人形の展示(金谷公民館”みんくる”)  2025.9.10   9月5日(金)、静岡県に来襲した台風15号、台風といっても小規模のもので、雨台風だろうと高を括っていた。極暑、雨不足が9月になっても続いている状況では、少々の雨は望む所だと思っていた。実際に当所では一時雨が降っただけで、台風は時速55キロメートルのスピードで通り過ぎて行った。 ところが、牧之原を中心に、竜巻(後日、気象庁で「竜巻」と認定された)と思われる突風が何度も襲い、大被害を蒙っていることを知った。  日曜日に、榛原文化センターから電話があり、10日(水)に予定していた、まきのはら塾の「古文書解読を楽しむ」講座が、文化センターが罹災者の避難所になって、休館になったので、会場を移して貰いたいという。12日(金)までは休館になるが、相良総合センター”い~ら”に移すことも可能だと聞く。 これは大変な事態だと思った。会場を相良へ移すと、受講者の交通手段が変わってしまうので、これは延期しかないと思った。次週の水曜日は金谷郷土史研究会の予定が入っているので、二週間後の24日の予約を取った。2週間あれば、榛原町内も少しは落ち着くだろうと思った。  まずは、受講者の皆さんに連絡をと思い電話をする。三日目の今朝、11人の受講者中、8人には連絡が取れた。停電で大変な目にあった人はいたが、皆さん、自宅は大きな被害がなかったと聞く。まずは一安心である。まだ連絡の取れない3人の方には、 10日(水)に は間に合わないかも知れないが、変更のハガキを出して置こうと思う。

誰がこんな21世紀を想像したか(1) 戦争

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   戦災を受けたウクライナ (ネットより写真拝借) 建物が全壊しないだけに痛々しい  2025.9.9   21世紀がこんな世紀になってしまうとは、誰が想像したであろうか。  21世紀を迎えたのは自分が54歳の時だった。20世紀は世界大戦が2度もあり、戦争の世紀との印象はあるが、太平洋戦争が終った翌年に生まれた自分には、直接的な戦争体験はなく暮らしてきた。つまり、日本では半世紀以上戦争はなかったことになる。今考えてみると、これは大変 稀有なことで、近現代史においては奇跡に近かったと思う。   21世紀の終わりごろ、ベルリンの壁が崩壊(1989)、ソビエト連邦崩壊(1991)に続くロシアの民主化によって、一時、東西冷戦もこれで終わりを告げると、皆んな喜び、期待したはずであった。 しかし、21世紀の今は、独裁国家が増え、覇権主義が世界を席巻して、民主主義はもう古いと言わんばかりである。ロシア、中国、北朝鮮と、民主主義を否定する国々はともかく、民主主義の旗頭であったはずのアメリカが、トランプ大統領となって、大きく覇権主義に舵を切ったように感じる。トランプ大統領はアメリカの慣例や国際貢献などを無視し、国内法すらないがしろにして、これで大統領8年の制限を撤廃するようなことになれば、アメリカも独裁国家になり果ててしまうであろう。 ロシアのウクライナへのやり口は、核兵器を背後の盾として、推し進めている。核がなければ、ロシアは欧州諸国にたちどころに叩かれて、敗北しているはずである。欧州諸国もロシアの核を恐れて、手が出せないでいる。中国や北朝鮮がそれから学んでしまうと、日本も恐ろしいことになる。  トランプ大統領が擁護する、イスラエルのパレスチナに対するやり口は、まるでホロコーストの再現のように見える。イスラエル国民はネタニヤフ首相を支持しているのだろうか。すべてを知っていて支持しているとすれば、ヒットラーがユダヤ人を抹殺しようとした動機がそのあたりに見えるような気がするが。おそらく厳しく報道規制されているのであろう。  先の大戦後、それまで植民地であったような新興国に、先進国は民主主義を金科玉条に、政治体制を敷こうとしてきた。しかし大切なことを忘れていなかったか。民主主義の成功のためには、民衆...